35:薬草を使った。HPが10回復した
つい数十年前までは花や草、植物の根や皮等を用いて傷薬や内服薬を作って治療するのが主流だったと葵枝さんは言った。
近代化が進んだ明治以降は、西洋医学が主流となり、化学物質を用いた薬や解剖学に基づいた手術等の治療が主体になったが、都会以外はまだ東洋医学が信じられていて、新しい考えや治療方法に拒絶を示す人も大勢いるらしい。
「薬草で傷が治るなんて、それなんてゲーム?」
薬草で傷が治った!って表現はRPGのバーチャルゲームとかで見たことがあるけど。本当に治療方法としてあったとは……。そういえば歴史の教科書にもそんな記載あったかも?
「桜さんの治療も半分は薬草ですよ」
「!!」
葵枝さんの衝撃発言に度肝を抜かれる。
「それでよく私治りましたね?!死にそうだったのに!!」
「嵯峨山さんは、特別なお医者様ですから…」
未来でも民間療法って言葉としてならきいたことがあるけど、細胞の変化からくる病気、脳の萎縮、ウイルス病原体等の様々な病気に対する特効薬が科学的に開発された時代から来た人間からすると、馴染みのない感覚だった。
「世の中って不思議……」
「ふふ。薬草より、桜さんの存在のほうがとっても不思議よ?」
「身も蓋もないです」
休憩がてらの雑談を終え、居間に広がる沢山のシランの根を切り離し青い袋に、花は白い袋に詰め、そして咲かせてまた袋に詰める、の繰り返し作業に戻る。
このシランは、嵯峨山さんや他のお医者さんに薬草として売ったり寄付したりする材料だ。シランの根を天日したものは、止血、排膿、消炎効果があり、切り傷、火傷、あかぎれなどに利用される…らしい。いまいち信じきれないけど…。
こうして、お花を薬草として売ればいいと助言をくれたのは禰豆子ちゃんだ。この間、嵯峨山さんにシランの傷薬を貰いに行ったこと、都合良く家の近くにシランが自生していたのを数日前に見たことから気づけたらしい。
「ふぁぁ〜……」
淡々と作業をしていると眠くなってきて、大きなあくびがでてしまう。生理的な涙が目尻に溜まり、意識がうつらうつらしてくる。
「少し横になって下さいな」
「ありがとうございます…。でももう少し、ふぁあ…。…頑張ります」
洗濯物をたたみ終えた葵枝さんが居間から出ていく。
梅雨も終盤に差し掛かり夏が近づく季節。寒くも熱くもない日差しの中、目がとろんとなる。
最近、幸せをイメージするのに時間が掛かるようになった。別に深刻な状態って訳ではなく、なんというか、何百回と同じことをしてイメージし慣れてくると、だんだん雑念が入り乱れてきて。
今日のおやつなんだろ。あれご飯炊いたっけ。今、急に虫が出てきたらどうしよう。ゴテゴテの洋菓子食べたい。家族に合いたいとか、色々、頭をよぎってしまい、慣れによる障害と言ったとこだろう。それに連続してやりすぎると、結構疲れも溜まる。
寝たら駄目と思いながらも、眠気と日差しの心地よさに負け、シランの種を握ったままつい寝てしまった。
お日さまの匂いがする。無意識に浮かんだ言葉と共に目を覚ます。
障子の張紙が、夕日で淡いオレンジに色づいていた。
「……やばっ!寝すぎちゃった!」
急いで起き上がると、背中から何かが落ちた。それは、緑と黒の市松模様の羽織だった。いつの間にか掛けてくれていたらしい。羽織をかけた本人の表情が容易に想像できて、ふわりと頬が緩む。
そしてもう1つ。
「んー……わんわ…ん」
やけに右側が熱いなと思ったら、私の着物の裾を握りながら、六太くんが一緒に寝ていた。
微笑ましさと萌えと癒しを合わせた笑顔でじっと見ていると、六太くんが、んーっと目をこすり、ぐずりだす。
「おはよう、一緒に寝ちゃったの?」
「んー…まだねむい…」
「夜寝れなくなっちゃうよ?起きてご飯一緒に食べよ?」
「………や」
と言ってぎゅっと抱き着いてきた。
「これはやばい」
思わず口から出たストレートな感情。それと同時に、握っていたシランの種がポンと花を咲かせた。
幸せはイメージしていないかったけれど、《幸せと感じるモノに直接触れあった事》で頭からつま先まで幸せに染まり、花が反応して自動で咲いたのだろう。
「………ほうほう、なるほど。なるほどね」