33:なんて哀れな姿

炭治郎君達に行こうと提案した次の日から雨が降り始め、雨はその後四日間降り続けた。未来みたいに100%正確な一年間天気予報がないから時々不便を感じてしまうけど、これが本来の人の生き方なのだろうし、自然と共に生き日本の四季を楽しむって感じがして好きだなとも思った。


一昨日は曇り時々小雨、昨日が曇り。皆で作ったてるてる坊主の願いが届いたのか、今日は快晴。ぬかるんだ地面も程よく固まり、今日は絶好のピクニック日和。
私がお花を売って稼いだお金は、半分は治療費代として返済しつつ、半分は皆のご飯代にしている。美味しい物いっぱい食べて欲しいしね!
みんなで早起きして作った、前より少しだけ豪華になったお弁当を抱え、竈門家総出で《あの場所》へと出かける。



「わぁ…!」

木々の葉に滴る雨の雫が日の光を反射し、幻想的な景色を作り出す。朝焼けの風景も見たくなるここは、炭治郎君と初めて山を下りた時に教えてくれた、視線を上げると一面の青空、周りに気高き山々、見下ろすと町が見渡せる、竈門家の秘密の場所だという《あの場所》。

「本当に梅雨の景色もきれいだね炭治郎君!」

そうでしょうと誇らしげな炭治郎君と笑いあう。

「おなかすいたー!早くご飯食べようよ!」

茂くんが急かすように、地面に広げた敷物の上でぴょんぴょんと飛び跳ねている。竹雄くんは六太くんに草を見せながら何かを教え、禰豆子ちゃんと花子ちゃんが準備をしている。葵枝さんが広げているお弁当の中身の、炭治郎君のおにぎり、葵枝さんと禰豆子ちゃんの煮物、花子ちゃんの卵焼き、竹雄くんと茂くんが取ってきた山菜サラダに、私作のタラの芽の和え物と買ってきた金平糖入りカステラが、宝物のようにキラキラと輝いていて、なんだか平和だな、と穏やかな気持ちになった。













「炭治郎君!ちょっと、ちょっと」

お腹がいっぱいになって、みんながまったりしだした頃、炭治郎君をちょいちょいと手招きする。純粋無垢な顔で何ですか?と近づく炭治郎君の手をくいっと引っ張り、来た道を戻るように駆け出す。

「ちょっと二人で出掛けてきまーす!」
「えー!ずるーい!どこいくのー?!」

花子ちゃんの声に走りながら振り返り、むふふと笑いながら手を降る。

「ないしょー!」







「桜さんどうしたんですか?」

僅かに桃色に染まる炭治郎君に、にやりと笑う。

「へへ、さっき来るときに見えたんだよね〜。………あ!ほら、前言ってたグミの木!実が赤くなってるよ!食べれる?もう食べれるよね?」

来るときは、竈門家のご近所さん(といってもすごく離れてるけど)、山の麓に住む三郎さん…皆が三郎爺さんと呼ぶ番傘を作っている方の話をしていて皆気付かなかったみたいだけど、私はばっちりと確認していたのだ。
炭治郎君は背伸びをして、グミの実を取り匂いをかぐ。

「うん。…これなら、食べれます」
「葵枝さんと茂くんが大好きなんだよね!いっぱい取って帰って、驚かせよう!」
「…はい!」



狩りつくさない程度に収穫すれば、袋代わりにした炭治郎君の羽織は、1〜2日はおやつに困らそうな量の重みでずっしりとした。炭治郎君はその中から一番赤い実を一つとり、裾で軽く拭いてから手渡してくる。それを、パクりと口に含む。あめ玉のようにころころ転がしてからゆっくりかみ砕くと、口の中にじゅわりと甘みが広がった。味はサクランボのジャムに似ている気がする。美味しいよの意味を込めて何回か頷く。お礼にと一番上にあったグミの実を炭治郎君の口元に持っていけば、真っ赤な顔をして横にブンブンと激しくふり拒否を示した。
可愛い反応に顔をむふふとさせていると、炭治郎君の後ろ側、森の奥の方に色を見つけた。
花を咲かせる不思議な力を得てから、花に対して敏感になり、つい反応してしまう。

「炭治郎くん。あっちに初めてみるお花があるから、少し持って帰りたい。いい?」
「…手伝います」

赤い顔で縮こまり協力を申し出てくれた。







「これ何の花か知ってる?」
「禰豆子や母さんなら知ってるかもしれませんが、俺あんまり詳しくなくて」

やっぱり男の子だからか、一般的な花以外知らないみたい。そうだよね。ありがとう、と伝え引き続き花を探しに少し奥の方に進むと、子供の背丈程の岩と大きな木の間に一つの花をみつけた。ただ、枯れており、疲れ果てた人間のように首が項垂れていた。

「あ、瑠璃苣ですね」
「ルリジサ?知ってるの?」
「珍しい花です。青い染色に使われる花で、染め物屋のソメ婆さんにあげると凄く喜びます。……まぁ、これは枯れてるので使えませんが…」

一昨日まで雨が続いたのと、大きな木や岩が影を作り、日の光を浴びることが出来なくて枯れてしまったのだろう。
ふと、枯れた花でもまた花を咲かせる事が出来るのではないか思って、花を支えるように手を翳して幸せをイメージする。


けれど、花は咲かなかった。元には戻らなかった。
一度枯れてしまったモノを戻すことは出来ないのだろう。


「あ!いた!二人で何してるの?!」

花子ちゃんの声に振り向くと、竈門家の皆が山道から、こちら側を覗いていた。

結局皆ついてきちゃったんだね。せっかく驚かせようと思ったのに。サプライズ失敗、と諦めたように笑っている間に、炭治郎君が先に皆の元に行き、羽織を広げていた。

「ほら、グミの実だぞ」
「グミの実?やったー!はやく食べよう!」
「まぁ、沢山取ったのね」


やはり、葵枝さんと茂くんが一番喜んでいるようだった。私も和気あいあいと喜ぶ皆の元へ戻ろうと山道に足を踏み入れる。
しばらく日陰に居たせいか、日の光と喜び合う竈門家が二つの意味で眩しくて目を細めた。
そして、歩き出した足をふと止める。なんとなく、本当に意味はなかったのだけど、後ろを振り、あの枯れた一つの花を見た。


日の光が遮られた暗い場所で、雨に打たれ日光を浴びれずに枯れ、首の折れた花は、このまま朽ちていくだけ。なんだかとてもその姿が哀れに思えて、胸がザワリとした。


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