27:すずらん
「ーーーーがお婿さん?………ーーーいいー…」
聞こえてきた声に立ち止まり、勝手口から顔をだすと、裏の畑で禰豆子と桜さんが向かい合っているのが見えた。会話の内容までは、はっきりと聞こえなかったが、楽しそうな光景に自然と緩む目尻と上がる口角。
ふと、遠目から見えた桜さんの手にある禰豆子手作りの巾着が目に映り、数日前の記憶が思い出される。
「お兄ちゃん、こっちとこっち、どっちがいいと思う?」
二つの生地を目の前にだす禰豆子に、顎に手を当て、うむむと考えこむ。
一つは、天竺葵だと言う花柄に、桃色の生地。
もう一つは、衝羽根朝顔だと言う花柄に、赤色の生地。
桜さんに贈り物をしたいからと、禰豆子が炭や山菜等を売って少しずつ貯めていた家族一食分程の小さなお金で買うそうだ。
「んーーこっち、かな」
くん、と匂いをかぐ。女性の流行り廃りやお洒落はよく分からないが、なんとなく桜さんはこっちっぽい匂いがするなと思ったからだ。
俺の答えに、禰豆子は満足そうに笑い頷く。
「うん、やっぱりこっちだよね」
ありがとう買ってくるね、と禰豆子は上機嫌に店の中へと戻っていった。
「お兄ちゃん見て、おかしな所ない?大丈夫?」
心配気に禰豆子から手渡されたそれは、先日購入した生地が巾着へと変化したもの。巾着の裏側には、禰豆子自身が考えた刺繍が施されている。いつだか、禰豆子の裁縫技術を見た桜さんに、「ブランドのようにオリジナルのマークを付けて売ってみてはどうですか、絶対に売れますよ。売れるコツはブランド化と付加価値ですよ」と商人顔で熱弁されたらしい。感化されたのか、まんざらでもなかったのか、禰豆子は、贈り物としてブランドの第一号を作りあげた。
巾着を何度も確認してから、禰豆子に返す。縫い目は均等でほつれ一つない見事な出来栄えに、さすが禰豆子だと誇らしくなった。
「桜さんなら、絶対に喜ぶよ」
二人を見ながらぼんやりと想起していると、優しい春の風が吹き、辺りの匂いが一瞬で甘く染まる。
「―――、一生大事―――」
思わず、それに目が釘付けになる。大切そうに言葉を紡いだ桜さんは、花が咲いたようにふんわりと笑った。
その笑顔が、すずらんのようで可愛いなと思った。桜さんの背後に幻のすずらんが見える程に、笑顔から目が離せなくなった。……そう、まるで本物のすずらんのような……幻が見える程に。……花の甘い匂いまで感じるぐらいに、本物のすずらんの…よう、に……。……いや、本当に咲いてるみたい、だ、…な……。………、………。
「…………」
両手で目を擦った後、確かめるように目を凝らし何度も確認する。そして、すぅぅと息を吸い込み、思い切り吐き出す。
「て、本当に咲いてるーーー!!!??」
先ほどまでは何もなかったはずの花壇に、沢山のすずらんが咲き乱れていた。