25:ありがとう

畑を耕していた手を止め、立ち上がりぐっと背伸びをする。長時間中腰の体制で疲れた腰をいたわるよう叩き、額に滲む汗を拭って、ふぅ、と一息。
自身の足元から数メートル先まで視界に広がるのは、耕し途中の畑。勝手口の裏側に広がるここは、春に種を植え夏に野菜を収穫する竈門家の食の生命線の一部。
体力作りも兼ねた、耕すという労働は、体力皆無の未来人にとってはかなりキツイものがあるけれど、「お野菜すごくおいしいんだよ!」キラキラした瞳で話す皆の笑顔を思い出せば、力も自然と湧き出てくる。

それでも疲れた身体に癒しを求めるように、視線を斜め下に向ける。視線の先には、手作りの柵で囲まれた小さな花壇。地面にささる木の札には『皆の花畑』と書かれている。
この間、隣町の商店街くじで当てた、「咲いてからのお楽しみ」と書かれた袋に入っていた花の種を、竈門家の皆で植えたのだ。
何が咲くかな?どんな花かな?と皆で想像しながら水やりをするのが最近の楽しみの一つとなっている。明日明後日には、そろそろ芽が顔を出す頃だろうか。

「桜さん」

食事の準備をしているはずの禰豆子ちゃんに呼ばれ、花壇を背に振り返る。

「どしたの?なにか手伝う?」
「手、出して下さい」
「手?ちょっと待ってね」

土埃まみれの手を、首にかけていたタオルで擦り汚れを落とす。
綺麗になった手の平に落とされたのは、花柄の可愛らしい巾着だった。

「これ、どうしたの?かわいい花柄だね」
「衝羽根朝顔っていうんです。生地はお兄ちゃんにも一緒に選んでもらったんです」
「へーツクバネアサガオ?初めて聞いた」

巾着を裏返して見てみると、桃色に近い赤い色の太陽に、赤と緑のグラデーションの蔦の葉が巻き付く刺繍が施されていた。
これは、前に私が禰豆子ちゃんに、提案してみた、やつではないか。

「この模様…。もしかしてこの巾着、禰豆子ちゃんが作ったの?」

裏側の刺繍を見せながら確認すれば、禰豆子ちゃんはこくりと頷く。

「わー!やっぱり!上手だね、凄いね」

売り物の用な出来映えの巾着。心から感心して頭を撫でまわしたい衝動に駆られるが、グッと我慢する。綺麗に手を洗い流してからじゃないとね。代わりに身体を飛び跳ねるように揺らし、感情を表現する。

「本当にすごいよ!もうプロの域!完璧!もう禰豆子ちゃん凄すぎ!裁縫だけじゃなくて、料理も上手いし、かわいいし、性格いいし、お嫁さんに欲しいくらい素晴らしいよ!」
「ふふ、桜さん褒めすぎです」

禰豆子ちゃんは口元に手を当てお淑やかに微笑み、続けて話す。

「私は、桜さんのお嫁さんにはなれませんけど、桜さんが竈門家に、嫁入り、ならできますよ」
「え?禰豆子ちゃんがお婿さん?………それもいいかも」

イケメン禰豆子ちゃんならぬ、イケメンねずお君を想像してみて、ポッと色づく頬を両手で押さえる。イケメンねずお君絶対にモテそう。

「そういう意味じゃないですけど……、まあ今はいいです」

気持ちを切り替えるかのよう、ふうとため息を吐いた後、巾着を持つ私の両手を、小さな手で覆うように握ってくる。

「?」
「巾着あげます」
「え、…私にくれるの?」
「はい。もらってくれますか?」

いつかお礼したいなって思ってたんです。と笑う禰豆子ちゃん。私にお礼?と、目で確認すれば禰豆子ちゃんは微笑みながら頷いた。

(そんなお礼なんて…。私の方がお礼をしたいくらいなのに)

まだ私、何も恩返し出来てない。お礼をもらえる程何かをした覚えもない。それに、この間炭治郎君と話してたよね?着物ボロボロで新しい着物だって欲しいはずなのに、「私の着物より下の子達にご飯食べさせてよ」って。この巾着だって、自分の着物を買うお金の一部にしておけばいいのに。
なのに、自分より私を想って、私の為に作ってくれた。

その事実に、胸が締め付けら、身体中が幸せで埋めつくされた。

「ありがとう。すごく、すごく嬉しいよ…。一生大事にするね」


巾着も、禰豆子ちゃんがくれた感情も、大事にするよ。
両手で握る巾着をさらに大事に握りしめ笑いかけた。私の幸せが伝わるように、と。





























「て、本当に咲いてるーーー!!!??」

「ぎゃぁあ!!!なに?!なにっ!?」

突然の叫び声に身体がびくりと跳び跳ねる。大音量の発生源を辿れば、禰豆子ちゃんの後ろ方向にある、少し離れた勝手口に炭治郎君が立っていた。私と禰豆子ちゃんを見ながら……というより、私たちを飛び超えた先の方を見て、溢れんばかりの驚きの感情を示している。
どうしたの?!と慌てて後ろを振り向けば、つい先程までには何もなかったはずの花壇に、沢山のスズランが咲き乱れていた。



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