20:カコ

背中と首の傷を一通り診察した医者の嵯峨山さんは、うむと頷いて聴診器を下げた。

「完治じゃ。もう走り回っても問題ないじゃろうよ」
「ありがとうございます!」

春の兆しを感じ始めた三月終わり、ようやく傷が完治しました。と、同時に待ちに待った就職活動、開始です!





竈門家の皆に快気祝いをしてもらい、おかずが1品増えたプチ贅沢な晩御飯とゲーム大会をした昨晩。やる気を充分に充電できた私は今日、炭を売りに行く炭治郎君と共に隣町へと下りる。


「嵯峨山さんの所で働らかせてもらえたら良かったんだけどな…」

残念だなと呟けば、隣で共に準備をする炭治郎くんが慰めるように言った。

「嵯峨山じいさんもほぼ無償でやってるようなものですからね」

嵯峨山さんは医者としての腕は素晴らしく、国から働かないかと勧誘されるほど知識と技術を持っているそうだ。けれど嵯峨山さんはうまい誘い話を蹴り、身寄りのない子供や治療を必要としている貧困者のために、無償もしくは低額で治療をしていく道を選んだ。炭治郎君のお父さんも、嵯峨山さんにお世話になっていたそうだけど、もし普通の町医者だったら、何十倍もの金額がかかっていたらしい。
そのため、働かせてほしいとお願いしたけれど、人を雇う余裕もお金もないと断られてしまった。

「町に行けば他にもありますよ」
「うん、そうだよね。…そろそろ行こっか」
「はい」

炭治郎君は炭が一杯入った竹籠を背負い、私も少しでも多く売れるように、花子ちゃん用の小さな籠に炭を沢山詰め背負う。


「じゃあ、いってきまーす」
「きをつけてねー!」
「就活頑張って下さいねー!」

竈門家総出でお見送りをしてもらい、町に向かって山を下り始めた。















「自然いっぱい!」
「炭治郎君これ何の花かな?」
「空気がマイナスイオン!おいしい」
「あ!今の本物のリスじゃない?!」
「進んでも進んでも木ばかり!なにこれ面白い!」

山を下り始めたばかりですが、桜ただいま大興奮中です。
未来にも自然はあるのだけど、本物よりバーチャルの方が多い時代なので、こんなにも沢山の、歩いても歩いても木!木!木!合わせて森!!!って場所は初めてで。
竈門家周辺も自然でいっぱいだったけど、監視の鼻が鋭く家周辺から出たことがなかったので、改めての自然に見とれながら、炭治郎君に話かける。

「炭治郎君、上見て!あの木、実がなってるよ?食べれるのかな?」
「あれは、グミの木です。食べれますけど、今はまだ熟してないので渋くて食べれないです」
「いつ熟すの?」
「あと三、四か月くらいで食べれます」
「おいしい?」
「甘酸っぱくて美味しいです。母さんと茂の好物なんです」
「そうなの?じゃあ、熟したら葵枝さんと茂君にいっぱい取ってあげようね!」
「はい、きっと喜びます」

二人がグミの実を貰って笑顔になる想像をするだけで嬉しくなり、自然と笑みが浮かんだ。そんな私を見た炭治郎君も、柔らかに頬と目尻をゆるめた。









歩き初めてしばらくたった頃。「いい場所があります。ついて来て下さい」と、どやさ顔の炭治郎君に案内されるがまま山道を逸れ獣道を少し進むと、雄大な大自然のパノラマが顔を出した。

「わぁー……きれいだねぇ……」

思わず感嘆のため息が零れ落ちる。今まで木ばかりの山道だったけど、ここは少し開けた場所で、見渡せばどこまでも続く空と周りの山々、下を見下ろせばこれから行くであろう町が展望できた。

「家族の皆もこの場所が好きで、休憩場所としてよく使うんです」
「すごくきれい…」

バーチャルでは体感できない五感で感じる、生の自然。機械では作り出せない自然の色、春の匂い、少しだけ冷たいそよ風、鳥のさえずり、何度も深呼吸したくなる空気。今まで体験したことのない大自然に、泣きたくなるような感動を覚えた。

「今は春で青々と茂る森ですけど、梅雨の幻想、夏の蝉時雨、秋の紅葉、冬の静けさも自慢です!」

広大な背景をバックに、自分の住む山を自信満々に力強く紹介してくれる炭治郎君。自分の好きな物を共有して欲しいって気持ちが直に伝わってくる。

「季節によって見える表情が違うんだね。すっごく見たい!夏と秋と冬も、またここに一緒にこようね!炭治郎君」

炭治郎君が綺麗だと思うもの、私も感じたい。その想いを込めて視線を合わせて笑えば、炭治郎君は、少し間をあけて目を丸くした後、嬉しそうにほほ笑む。

「…はい!」

なに今の笑顔、尊い。
ずっとずっとここに居たくなる位に美しい景色を、炭治郎君と二人で並び、しばらく眺めていた。



※大正コソコソ噂話※
嵯峨山じいさんは、元は捨て子で、嵯峨山(千葉県にある山)に捨てられていたから、嵯峨山という名前になったそうな。ある日突然消えてしまった育ての親が薬師・医者だったらしく、行方探し&恩返しのつもりで医者になったら、才能があったらしくにょきにょきと能力を伸ばしていった。もらった名前をすごく大事にしているそうです。


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