146:全員、情報パニック状態

「なっ!!!」

一瞬頭が真っ白になり固まるが、善逸の言葉が脳で処理され意味を成した途端、反射的に大きな声が出てしまう。大声に驚いた禰豆子が耳を塞ぎながら俺から離れた。
混乱と高ぶる感情、逸る気持ちで上手く回らない口を必死に動かし、善逸に掴み掛かる。

「ぜ、善逸がなんで桜さんを知ってるんだ!桜さんが亡くなる前に善逸とは会っていないはずだ!」
「おまっ!!!桜ちゃんが亡くなったとかふざけた事言うなよ!!不謹慎だろうが?!」

もし、俺達がまだ雲取山に居た頃に善逸に出会っていたなら桜さんは必ず俺達家族に善逸の話をしていただろう。けれど、桜さんから善逸や、善逸と似たような人物の話は聞いた事がない。それに俺達や桜さんの生活圏は雲取山、隣町、東の町の一部だけで、その殆どが顔見知りで成り立っている。その中で見慣れない顔があれば、必ず噂になるはずだ。

「桜さんとはいつ!どこで会ったんだ!」
「今から2年経つか経たないかくらい前だよ。夜明けに山で一人いるとこを見つけたんだ」
「二年前………冬か?!」
「冬は超えた…確か、3月とかそこらへんだったはず」

桜さんが亡くなったのは、今から2年以上前の12月10日か11日。それから3カ月以上後に、桜さんと善逸が出会うのはあり得ない。
けれど善逸はこの絵を見て、確かに桜さんだと言った。それに桜さんが話していたという、俺と禰豆子の名前。この絵が桜さんに似ていたとしても、桜と炭治郎、禰豆子の名前がかぶるなんて事がそうそうあるだろうか。

「善逸はなんでこの絵を見て、桜さんだと言ったんだ?!似てるだけじゃないのか?!」
「ちょ炭治郎!顔近いっての!」
「それに、桜さんが話していた俺と禰豆子ってどういう事なんだ?!」
「落ち着けよ!」
「どうなんだ善逸!」
「わかった答えるからさ!!少し離れろって!!」

肩をぐっと押され距離が離れる。はっとして善逸を見れば、困惑気味に戸惑った顔をしていた。善逸のその様子に取り乱し過ぎたと気付かされ、落ち着きを取り戻そうと一度深呼吸をするも、心臓は変わらず暴れだしそうな音のままだった。


「…すまない。それでどうなんだ」
「桜ちゃんは描かれていなかったけど、それ以外が全く同じ絵を見せてくれた事があった。それがきっかけで、全部繋がって思い出したんだ。……その絵を見ながら桜ちゃんが、自分を助けてくれて居場所をくれたって言う炭治郎と禰豆子ちゃんの事を話してくれた事があった」

その言葉が決定打だった。
善逸が話す桜さんは、俺の知る桜さんの事だと確信を得た。他人の空似などではない。だって『それ』を持っているのは、桜さん以外ありえないからだ。
この絵は俺の誕生日に貰った、桜さん自作の家族絵。桜さん曰く、桜さんが描かれた失敗作の家族絵は俺がもらい、桜さんが描かれていない家族絵は桜さんが持っている。

「この絵の桜ちゃんは髪も目も黒で描かれてるけど、絶対に桜ちゃん以外ありえない!」
「黒で描かれているけど…?」
「桜ちゃんは髪は白色だし、目も白?灰色?っぽい色だろ?」
「白?!………」

桜さんは確かに無惨に殺された。冷たくなった桜さんを墓に埋めたのは俺自身だから間違えるはずがない…。けれど、善逸の話を聞く限り桜さんは見た目は多少変わっているが、あの日以降に善逸と会って会話をしている。つまり。それが指し示す事は…

「まさか桜さんは、鬼に……?」
「………。桜ちゃんは、太陽の下歩いてたし、鬼の音もしなかった。ちゃんと理性のある、…人間だったよ」

善逸は何か思い当たる節でもあるのか、桜さんの鬼を否定した後に考える仕草をして黙り込んでしまう。

(……太陽の下を歩いていた?鬼の音がしない?一体どういう事なんだ)

禰豆子のように鬼になったのかと思ったけれど、それは違うという。花の力も含め未来人だから何か特別な力でもあるのだろうか。今の段階では情報が少なすぎて、何も分からない。でも、確実なのは、桜さんは…。

「桜さんは…生きている」

声に出した瞬間、言いようのない感情や想いが溢れ出て胸が締め付けられた。生まれて初めて感じる感情を表現出来る言葉を持ち合わせていなかったけれど、自然と流れたひとすじの涙が全てを物語っていた。

「…桜さん」

どんな存在でも、どんな姿になっていようともかまわない。桜さんに再び会えるなら、生きてくれているだけ、それだけでいい。もし、桜さんが何かしらの障害や困難を抱えているのなら、必ず桜さんを守る。《死にたくない》と生きることを願った桜さんを、今度こそ助ける。
……あぁ。それもそうなんだが、違う。俺が本当に言いたいことは…。思考がごちゃごちゃで上手く纏まらないが、俺はただ、ただ…。そう、ただ、俺が、桜さんに会いたいだけなんだ…!

その想いの丈は声量に変わる。

「善逸、桜さんは今どこにいるんだ!頼む教えてくれ!今すぐに会いたいんだ!」
「分からない…」
「分からない?」
「桜ちゃんは、今行方不明なんだよ。俺もずっと探してるんだ」
「行方不明……?!。……なら!最後にあったのはいつだ?!どこで?!」
「こっから結構離れてる、東八代郡。桜ちゃんと鬼殺隊になるために一緒に修行してたんだけどさ、去年の8月に鬼を倒してから、…どっかに行っちゃったんだよ」
「鬼殺隊?!!あんなにか弱い桜さんがか?!怪我はしてないのか?!」
「桜ちゃんがか弱い?……弱くはないだろ。物凄い怪力だったぜ」
「か、怪力?!茂に腕相撲で負けてた桜さんが?!」
「俺なんかより強かったし」
「…ちょっと待ってくれ。桜さんが鬼殺隊?怪力?善逸より強い?」

俺の知る桜さんと、善逸の話す情報の乖離が激しく混乱する。これは、桜さんになにかあったと悟った瞬間、横っ腹に衝撃が入り、手に持っていた家族絵が宙に舞った。

「勝負しろーーー!!」
「ぐはっあ!!い、伊之助!すまない、今は遊んでいる場合じゃないんだ!今、真剣な話をってあぁ……!その紙は大切に扱ってく「ん?!こいつ、真っ黒だけど、真っ白じゃねぇか!!」

伊之助は自身の顔面に落ちた家族絵を乱暴にのけた後、絵をじっと見てそう言って叫んだ。俺と善逸で真っ黒?真っ白?と疑問に思っていると、伊之助は、俺達に絵を見せるように掲げ、そして桜さんの部分を指して言った。

「俺を鬼と間違えやがった真っ白だ!」
「桜さんを知っているのか?!」
「桜ちゃん知ってるのかよっ?!」

俺と善逸の驚きが被さると、伊之助は事も無げな様子で言った。

「桜?花枯らす真っ白な女の事か?知ってるも何も、この間まで一緒だったぜ?」





※大正コソコソ噂話※
善逸は自己評価がとてつもなく低い&自覚ないので、桜は自分より強いと言っていますが、実際は善逸の方が圧倒的に強いです。


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