12:未来

嘘のない綺麗な匂いでわかった。彼女の口からは真実しか語られていないと。それは匂いだけでなく、重なり合った力強い瞳からも感じ取れた。

正直、女性の髪の短さや栄養失調等から、理不尽な扱いを受けてきた捨て子か、放浪者の類いではないかと思っていたが、まさか《未来から来た》とは。
その言葉の壮大さに、俺含め家族の皆が呆然となった。2205年、300年後、未来の日本。未知の言葉に、ただすぐに反応出来なかっただけなのだが、彼女は疑われたと思ったのか、「しょ、証拠ならあります!」と、鞄から薄い懐中時計…と似た物を取り出した。
皆で女性を囲むようにその手元をのぞき込む。


「これはケータイと言って、空中にホログラムが表示されて、立体電話・動画、ショッピング、体験型バーチャルゲーム、お財布、音声認識メモ、翻訳機能なんかがあって。さらに最新のAIが入っていて、色々ナビゲーションしてくれるんです!」
「ホログラム?」
「動画?」
「ショッピング?」
「体験型バーチャルゲーム?」
「音声認識?」
「えーあい?」
「なびげーちょん?」

頭の中どころか部屋中が?マークで埋め尽くされた。

「え、え、えーと…。昔風に言うと…。まずホログラムは、空中に虚像、、うーんテレビを映し出すことっていえばわかるかな?」
「テレビってなに?」
「えぇ!大正時代ってテレビなかったっけ?!……洋服とかデザイン、町並みばかりじゃなくて歴史をもっと博物館で勉強しておくんだった…。そもそも300年前の生活ってどうなってるの…?電話は?さすがに移動手段は馬とかじゃなかったよね。……うん、車の初期みたいなのを博物館でみた気がする…」

テレビとやらがないことに予想以上の驚きを見せ、何かをぶつぶつと呟いていたが、皆の視線を感じたのかハッとしたように続きを話し出す。

「と、とにかく、空中に絵を映し出して触れたりします。遠くの人と話したり、今のこの瞬間の映像を録画、えー記録できて後から見れたり、困った時になんでも答えてくれる人工知能…お話できる透明の人形?がいるの。ゲームはすごくリアル……うーーん、めちゃめちゃ面白いごっこ遊びのことだよ!」
「ふーん、よくわかんないけど、どうやって使うんだ?」
「ゲームって遊びなの?花子やってみたいー!」
「空中の絵みてみたい!」
「あ、ごめんなさい、今充電切れてて使えないの…」

竹雄と花子、茂の要望にごめんなさいとしょぼんりする女性と、ええー!と残念がる弟妹達。 

「そうだよね…、実動できないなら証拠にならないよね…。じゃあ、これならどう?」

別に証拠は求めていないのだが、確かにこのままでは、唯の薄い懐中時計のようにしか見えない。
女性は鞄から数点新たな物を取り出して一つ一つ説明しだす。

「この髪ゴムについているきらきらの石は宇宙石で作られていて、重さを全く感じないの。これは塗ったら一瞬で潤って、あかぎれやささくれまで直してくれるお花のハンドクリームです。こっちは想像した色に変化する口紅リップクリームですっごく便利なの!女子高生はみんな持ってるよ!これは特殊なナノテクノロジーで作られた一回とかしただけで髪モデルさんみたいなサラツヤになれる櫛!忙しい朝の必需品です!こちらの鏡はなんと!肌年齢を測定してくれて、肌が荒れてると必要な栄養素や化粧水の種類を瞬時に教えてくれる優れものです!」

説明している内に、気分が乗ってきたのか遣り手の商人のように語りだす女性。
どうぞ手に取って試してみて下さいと、母さんにハンドクリーム、禰豆子に口紅、花子に櫛を手渡した。

「まぁ、いい香り…とても落ち着くわ。それに手が……こんなに綺麗に」
「お姉ちゃんお化粧似合うよ!すごくかわいいよ!」
「花子の髪すごくサラサラ!すごい!」

母さん達が楽しそうに笑い合っている。
あかぎれで悩んでいた母さんの手が家事を知らない良家の女性のように。お金がなく年頃の楽しみをさせてやれなかった妹二人が顔を桃色に染め、おしゃれに喜ぶ姿に胸に込み上げてくるものがあった。


「差し上げますので使ってください。あと、この鏡もどうぞ」
「いいんですか?」
「ほんのお礼の一部です。喜んでもらえたなら私も幸せです」
「嬉しいわ、ありがとう」
「ありがとうございます」
「ありがとう、綺麗なおねえちゃん!」

「ずりー!俺にもなんかくれ!」
「いいなー!ぼくもー!!」
「んっ!んっ!」

ほくほく姿の母さんたちを羨ましく思ったのか竹雄と茂が騒ぎだす。六太までもが両手を突き出しちょうだいの仕草をとっている。

「こ、こら。催促しちゃダメだろう?」

慌てて弟たちを嗜めるが、女性は気にしないでくださいと笑う。

「いいですよ。でも男の子が喜ぶようなものではないけど、どうぞ」

竹雄には変わったさわり心地の鞄、茂には温度調節の出来るハンカチと柔らかいティッシュ。六太にはきらきら光る宇宙石。そして俺には兎の冬毛より柔らかなタオル。笑い合って物を見せ合う家族の姿に喜びを感じるが、女性の手元にはケータイ一つしか残っていなかった。俺の視線の意図に気付いたのか、女性は綺麗に微笑む。

「炭治郎君や皆にしてもらった事に比べると、何もしていないに等しいから」
「でも…」
「私にはこれ、ケータイさえあればもう大丈夫。今は使えないけど、これには向こうでの沢山の思い出が詰まっている、今の、私の命のようなもの。私はもう二度と生きることをあきらめない。これと身一つでもなんとかなる。なんとかする。絶対に生きて帰るの、未来に」

強い人なんだろうな、とその笑顔に惹きつけられた。ケータイを大事そうに胸にギュッと握りしめる姿は、生命力が強く輝くみたいにきらきらとしている。


「………というかケータイの中には写真や動画だけじゃなくて、皆の連絡先や身分証明書に財布、銀行とかのありとあらゆる個人情報、教科書、授業のノートとか入ってるから、物理的な意味で命みたいなもの……なくしたらいろんな意味でヤバイ。いや本当に」

そう言って身体を震わせた女性。
……なんだか深刻だという匂いは伝わってきた。





※大正コソコソ噂話※
1939年(昭和14年)にNHKがテレビの公開実験を行ったが、その後は戦争で中止され、正式なテレビが放送が始まった年は1953年(昭和28年)。
ちなみにラジオ放送が始まった年は1925年(大正14年)だそうです。


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