11:ヤサシイカマドケ

それから涙をボロボロと零しながら泣き出した私を炭治郎君が慌てて慰めてくれた。その慰め方が小さな子供をあやすように大袈裟で、ちょっとだけ面白かった。



一頻りに泣き続け、ようやく落ち着いた所で炭治郎君は家族を紹介してくれた。

炭治郎君が長男で、天使のような美少女の禰豆子ちゃんが長女。ツンデレっぽい男の子の竹雄くんは次男。明るく元気な花子ちゃんは次女。わんぱく甘えん坊な雰囲気の茂くんは三男。よちよち歩きの六太くんは四男。そして美人ママの葵枝さんは、六人の子持ちには見えないくらいに若々しかった。

この時強く印象に残ったのは、家族を紹介している時の炭治郎君の表情。自慢の家族ですと語る顔は幸せそのもの。きっと炭治郎君の幸せは、家族の幸せなのだろう。いや、それは炭治郎君だけじゃなくて、皆お互いに想い合っているのが雰囲気だけでよく分かった。




それから、私が倒れてからの話もしてくれた。
あの町の宿で治療を受けていた私は、どこの誰かも分からない、いつ目覚めかも分からない重傷者。そのまま宿で治療をさせてあげたかったけど、宿代を払い続けるお金はない。けれど放って見捨てる事も出来ない。
そこで、優しくて責任感のある炭治郎君は、「なら家に連れて帰ちゃおう!」と帰宅。家族に事情を話し「それは大変だ!面倒みてあげよう!」と了承を得て、看病スタート!
傷薬を塗り包帯を変え、身体を拭き、薬や流動食を食べさせたりと至れり尽くせりのフルコース!……だいぶコミカルに表現したけど、竈門家の皆さんいい人すぎない?大丈夫?私が悪いやつだったら危なかったよ。特殊詐欺に気を付けてね…。なんて、ちょっと冗談じみた突っ込みを頭の隅で考えながら、今できる最大限の土下座をする。


「本当にありがとうございます。この御恩は忘れません。助けて頂いたご恩は必ず返します。治療費も全額返します。本当に…本当にありがとうございます」
「まぁ。そんなに畏まらないで下さいな。傷に障りますよ」
「俺は、人として当たり前の事をしただけです。困った時はお互い様、です」

葵枝さんに続き、炭治郎君はそう言うけれど、もし私が炭治郎君の立場ならどうしていただろうか。
人が倒れていたら救急車は呼ぶ。けどその後は警察や救急隊に任せてさようならだ。いくら第一発見者だからと言って、面倒や治療費は絶対に払わない。友達への話のネタにして、びっくりした、大丈夫かな、可哀想で終わり。所詮他人事。だから、炭治郎君や竈門家の対応が異常なくらいの優しさに溢れているのがよく理解出来た。


ちらりと今いる部屋を見渡す。傷んだ木製の壁や床は所々修理した後が見られるし、皆の着物も綺麗にしてはいるけれど、ほつれや破れを何度も修復した跡がある。…裕福でないのは確かなのだろう。

「すぐにでもお金は返します。……と言いたい所なんですが、今何も持っていなくて…この身一つしかありません…。…けど!絶対に返します!どこかで仕事を探して働いて、必ず返します!なのでお願いします!もう少しだけ待っていて下さいませんか?」
「お金の事は心配しないでください。どうしてもというなら待ちますよ。いつまでも」

気にしないで。でもどうしてもというなら貴女の気持ちを尊重して、気長に待っているわね。
そう伝わる葵枝さんの微笑み。

「おうちないの?かわいちょうだね…よちよち」
「お礼の代わりに、いっぱい遊んでよー!」

よしよしと頭を撫でるくれる六太くんに、茂くんと花子ちゃんは遊んでくれたらそれでいーよと笑顔。皆の純粋な優しさに触れ、涙腺の弱くなった目にまた涙が溜まる。

涙がこぼれ落ちないように拭っていると、炭治郎君が急に、そうだ!と言って、箪笥の引き出しから見慣れた物を取り出し、私に差し出した。

「私の鞄!どうしてここに?」

鞄の存在をすっかり忘れていた。
あの時は余裕が無かったから、手に持っていたのか、どこに置いたのか、いつから持っていなかったのか、それさえ思い出せない。

「匂いでわかりました。この鞄から貴女の匂いがしたので」
「に、匂い?」
「俺は鼻が効くんです」

真面目な顔で炭治郎君は指で鼻をさした。

「そ、そうなんだ?」

え?本当に?と思ったけれど、昔の人は機械に頼らず生活していたから、五感が超人的に鋭かったのかも知れない。と無理矢理自分自身を納得させた。
さらに、炭治郎君は真面目な顔を続けて言った。

「匂いで辿った時に、鞄があった場所以降貴女の匂いが辿れなかった。貴女を知る人は誰一人としていない。髪も男性の様に短く、傷以外の栄養失調に脱水‥」

炭治郎君は心配気な表情を含ませ、慎重に口を開く。

「……事情を聞いても?」

あぁ。なんて、なんて……優しいのだろう。炭治郎君は興味本位なんかじゃなくて、本当に心配して言ってくれているのが伝わってきて、胸が温かいのに苦しくなった。

「話したくなければ無理をしないでくださいね」

禰豆子ちゃんの問いに首を静かに横にふった。

信じてくれなくても、変わった目で見られても、私はこの人達に、嘘、をつきたくない。誠意をもって接したい。助けてくれた恩を嘘やごまかしで返したくない。
心を決めて話そう。

「………すみません、今は西暦何年ですか?明治ですか?大正ですか?」
「今は大正元年だよー!あとちょっとで大正2年!」
「西暦は、1912年だった…か?」

花子ちゃんが元気にはーいと手をあげ、竹雄くんが記憶を探るように答える。

「……1912年」

やはり遥か昔の、大正時代だったんだね。

「……今から話すことに…、…何一つ嘘はありません」

もしかしたら拒絶されるかも。今すぐに出ていけと言われるかも…。そんな想像を打ち消すように頭を左右に降ってから、両手をギュッと握りしめる。



「私は、この時代に帰る場所も家族もいません。なぜなら」




強く前を向くと、炭治郎君と視線が重なり合った。















「私は、今から約300年後の未来。2205年の日本から来たからです」



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