143:虚で作られた、贖罪へと独り歩く

熱くも寒くもない、心地よい気温。木々のざわめき、そして野鳥の声。自然の癒しの音楽とそよ風を浴びながら、ゆっくりと歩いていく。太陽の光を浴びて木々や植物は輝き生命力に溢れ、日常の朝を彩る。なんて眩しい朝だ。

…だと言うのに、私に照り付ける太陽の光は私の罪を暴いて焼き殺そうとし、野鳥の声は非難の声に聞こえ騒音となる。そよ風が吹いて、赤黒く変色した着物をなびかせた。…なんて眩しい朝だ。








生きながらに喰われるという事は、この世で最も残酷な拷問だと思う。
鬼の花子ちゃんに最初に食べられたのは、口。その次は、耳、手、足、肩、胸、そしてようやくお腹に噛みつかれ、出血多量で息絶えた。途中、あまりの苦痛に、のたうち回り藻掻き、何度も抵抗してしまった。
生き返った直後も尾を引いた、想像を絶する痛み。私のせいで鬼に殺された人達が、何倍もの苦しみを味わえと言っているようにしか思えなかった。黒い彼岸花のせいで、痛みを何倍にも感じるようになったのは、この時の為だったのか、上手く出来ているなと、独り笑いをしてしまったほど。これをあと最低でも33回繰り返さないといけない。乾いた笑くらいでるというものだ。



「善逸くん、ちょっと揺れるからね」

背中の善逸くんに小さく声をかけるも反応はない。
まだ意識の回復しない善逸くんを気遣いながら、もう一度背負い直し、落とさないように左腕に力を入れ、頭上を見上げた。
4m上に見えるのは、家へと続く近道の山道。着地場所を定め、脚に力を入れれば、重力を感じさせない程に軽やかに飛び上がった。そして音も無く着地し、またゆっくりと歩き始める。

鬼の花子ちゃんから、奪ったこの跳躍力。移動には便利だけれど、攻撃には到底使えるものではなかった。なぜなら、蹴りつける力と速力、風圧で破壊する力は奪えなかったから。
どうやら、私が死んで奪える力は、たった一つだけらしい。


「………あんなに苦しんだのに…」










家に着き、善逸くんの治療をしてから布団に寝かせ、そして四通の手紙を書いた。
伝馬さんへ、一郎さんを救えなかった事の謝罪の手紙。獪岳くんへの心配と報告の手紙。桑島さんと善逸くんへは、感謝、それと謝罪の手紙。


手紙を机に置いてから、ふと善逸くんを見ると、苦悶の表情を浮かべていた。悪夢でも見ているのだろうか。傷に触れないように、頭を優しく撫でれば少しだけ表情が和らいだ。


「………ねぇ。……善逸くん…。……きいて」

反応はない。

「全部、私のせいだったの…。私が…幸せを壊してた」

寝ているからこそ、声に出した本音だった。

「なのに、そんな事も知らずに、死にたくないって悠長に笑って過ごして…。皆のために、炭治郎君と禰豆子ちゃんのために、復讐するんだって言っちゃって……。馬鹿だよね私…。今までやってた事、全部……無駄だったのかな」

未来のワタシが教えた真実は、私の心に暗い淀みを生んだ。今は全ての物事をマイナスでしか考えれず、同じことが延々と脳内を回り続ける。
あの時こうすれば良かった。あの時もっと話していればよかった。あの時言葉の意味を深く考えていれば良かった。あの時自分を言い訳にしないで、立ち向かえばよかった。
そしたら、そしたら…。竈門家の皆は生きてて、炭治郎も禰豆子ちゃんも鬼に追われる事なく、20人以上の被害を出す事もなかったのに。いくつのも、もしもが頭に溢れ、後悔で心臓が締め付けれられ、涙を堪えた溜息が震えた。

「………だから私にはもう、未来のワタシが導いてくれた道しかない」

善逸くんの頭から手を放して、静かに立ち上がった。

「……善逸くん。…今まで、ありがとう。……元気でね」











あの後、未来のワタシに何度呼びかけても返事はなかった。未来のワタシがいなければ、また選択を間違えて、今度は、この二人が殺されてしまうきっかけを作ってしまうかもしれない。だから、私は今日、ここを出て行く。

荷物をまとめ家の外へと出て、家の周辺を見渡しながら過去に想いを馳せ、懐かしむように思い出を目の奥に焼き付けた。

「………桑島さん最低なお別れですみません。必ず、全てが終わったら、お礼と謝罪にきます」

頭を下げてから、一年近く過ごした家を後にした。


見慣れた山道は心境の変化のせいか、冥の茨道のように見えた。歩きながら首元に下げていたバラの首飾りを取り出すと、太陽の光を浴びて輝き、行先を淡く照らした。

「炭治郎君、禰豆子ちゃん…」

私はこれから贖罪をしていかなければならない。だから、もう逃げるつもりはない。けれど、これから進む茨道を思うと、少しだけ、一瞬だけ、本当に一瞬だけ…、……死んで楽になりたいと思ってしまった。
それを唯一引き留める存在は、炭治郎君と禰豆子ちゃん。二人は鬼に怯え隠れ暮らしているけれど、まだ生きている。未来のワタシが言ったように、私の行動次第では二人を助けれる。例え拒絶されようとも、二人は私の生きる理由。私が私でいられる理由。



「炭治郎君、禰豆子ちゃん…待ってて。シアワセな未来の為に、私、頑張るから…」





※大正コソコソ噂話※
143話を持って、明鏡止水と復讐ノ章を終わります。このお話以降、真実編のコエの真実か、2章の続きにある0〜-10話をお読み頂いてから3章へとお進みください。(どちらも同じ話です)

明鏡止水とは、邪念が無く静かに落ち着いて澄みきった心の状態のたとえ。「明鏡」は一点の曇りもない鏡のこと。「止水」は止まって、静かにたたえている水のこと。ここでは、桜が立ち止まり、曇りのない鏡を見ながら、贖罪のことだけを静かに考えている様子を表しています。
復讐とは、自分や親しい人に対して酷い行いをした人物にやり返すこと。ここでは、竈門家の皆を殺した鬼(鬼舞辻無惨)に対する復讐を意味しています。

108話の大正コソコソ噂話にも書きましたが、
ユメシュorユメヌシのイメージソング「彷徨いの冥〜天〜」は、桜ではなく、未来のワタシのイメージソングになります。曲いいから普通にオススメ。

そして同じく108話に書きましたが、この連載には大きなテーマが2つあります。その内の一つが、「生と死」です。
桜は未来に帰りたいから「自ら死を選びました」が1章で本当に死にそうになった時に炭治郎に助けられ、強く「生きたい」と思いました。そして2章では「死ねば強くなるけど、死にたくない」と、自分の弱さを受け止め、自身との感情に折り合いをつけ前へと進みましたが、未来のワタシにより「死ななきゃいけない」に変化していきました。真実編の彼岸花の真実-2話がこれを指しています。


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