138:決定打は、霹靂一閃
「っ!こんな物に、袖通せるかよ!!」
「獪岳くん!」
獪岳くんは、桑島さんから貰った羽織を投げ捨てると、外へと駆けだしていった。ぬかるんだ地面で汚れた羽織を拾い、急いで後を追う。
「私、追いかけます!」
「俺も行く!」
同じ羽織を手にした善逸くんが追いかけてきたので、振り返って叫ぶ。
「善逸くんは家にいて!」
きっと今は、善逸くんと桑島さんが話しかけても逆効果だと思うから。
「桜すまん」
善逸くんの後ろにいた桑島さんの瞳は悲し気に揺らいでいた。初めて見る桑島さんのその表情に、胸を抉られたような感覚になりながら、このままでいいはずがないと、足に力を込めて走りだした。
獪岳くんは、桑島さんに借りていた刀で、周辺の桃の木を切り倒しながら暴れていた。収穫前の桃が地面に落ちて潰され、周辺をより甘い匂いで満たしていく。
獪岳くんは一通り暴れ終わった後、肩で呼吸しながら私に背を向けた状態で、怒りのまま叫んだ。
「なにが、二人で共同の後継者だっ!ふざけるな!!」
「…獪岳くん」
桑島さんから善逸くんと獪岳くんに渡したお揃いの羽織を握りしめながらゆっくりと近づくと、獪岳くんは振り返って鬼の形相で憎しみを吐き出した。
「おいザコ教えろっ!師匠はあのカスだけに、特別に何か教えてたんだろっ?!」
善逸くんが、壱ノ型を取得してから、口癖のようにずっと言っている台詞。
壱ノ型の取得は善逸くんの努力の賜物なのに、獪岳くんは頑なに信じようとしなかった。
「桑島さんは二人に平等に教えてたよ。善逸くんが壱ノ型を取得出来たのは、善逸くんが沢山努力したからだよ。獪岳くんだって見てたでしょ?善逸くんが頑張ってたの」
私の答えも、何度も獪岳くんに伝えているはずの台詞。けど、やっぱり、獪岳くんは納得はしなかった。
「師匠がカスを依怙贔屓してたに違いない!じゃなきゃ、カスが雷の呼吸を取得できるはずがないだろうがっ!!」
「依怙贔屓なんてしてないよ。桑島さんは獪岳くんの事も」
「いつもべそべそと泣いて、何の矜持も根性もない。少しの事で騒ぎ立てて、師匠と俺の修業の時間を奪って…!!師匠も無視をすればいいのに、カスばかりに構って、甘えを許す!これを依怙贔屓と言わずして何になる!師匠も師匠だ!!!」
三人を傍から見てた私からすれば、桑島さんは、善逸くんも獪岳くんも分け隔てなく接して、弟子以上に家族のように大切にした。
確かに桑島さんは、善逸くんの事を「手のかかる子程可愛いもんじゃ」と言っていたけれど、それは善逸くんの事だけじゃなくて、獪岳くんにも言える事だ。
「努力している俺とあんなカスが同等なわけがないっ!俺は、認められて当然の人間だ。なのに、なぜあんなカスと一緒に共同で後継者として扱われなきゃならないんだっ!!」
獪岳くんは身勝手すぎる事を叫びながら、衝動のまま刀を地面に突き刺した。
「なぜ、俺を特別扱いしない!!」
刀は、地面に落ちていた桃に突き刺さり、果汁が血飛沫のように飛び散る。
怒りや不満を超えて、憎悪までに発展してしまっているのが、手に取るように分かった。そしてその対象は、善逸くんだけでなく桑島さんも含まれてしまっている。
「獪岳くんはさ…」
ギリギリな均衡を保っていた憎悪の種が、壱ノ型とお揃いの羽織、共同の後継者という引き金で芽生え、一気に成長してしまった。これ以上、増悪を育ててはいけないと、身を削る思いで、本音をぶつけた。
「善逸くんに嫉妬してるんだね」
一気に距離を詰められ、胸倉掴まれる。
「なにが言いたい」
「自分が唯一取得できない型だったから、悔しいんでしょ。格下だと思った弟弟子に追い越されたのが悔しいんでしょ」
きっと、善逸くんが取得したのが壱ノ型でなければ、獪岳くんはここまで荒れなかったかもしれない。
「桑島さんは依怙贔屓なんてしてない。善逸くんが壱ノ型を覚えられたのは、純粋に善逸くんの努力なんだよ」
「……るせぇ」
「獪岳くんはだた、善逸くんに嫉妬してるだけ。他人を認める事が出来ない獪岳くんがただ、駄々をこねてる状況だけって事なの分からないの?」
「…黙れよザコがっ!!」
「っ!!」
獪岳くんに左頬を殴られ、勢いで地面に倒れ込んでしまう。けれど、獪岳くんから視線を逸らさずに、倒れ込んだ体制のまま話し続けた。
「獪岳くんは、今、善逸くんの側面しか見えてないんだよ。確かに、善逸くんは泣き虫で逃げてばっかりで自分に甘い所があるけど、自己を顧みて反省できる強さがある。他人を認めて受ける温かさがある。泣いて困ってあげる人を助けようとする優しさがある。だから、善逸くんの側面だけを見て判断しないで。自分の一部だけで全体を判断してほしくないのは、獪岳くんだってそうでしょ」
「………」
「獪岳くんは、すぐに手が出て暴力的だし、言葉も悪い。傲慢で自分勝手な所もあるけど、それは獪岳くんの一部でしかないし、そこも含めて獪岳くんだと思ってる。それに獪岳くんは、直向きで努力家で、やると決めたら最後まで筋を通して頑張れる強さがあるし、芯がしっかりとあるから言動にブレがない。素敵な所が沢山あるから、私も善逸くんも、獪岳くんを尊敬してるんだよ」
獪岳くんは私に馬乗りして胸倉を掴み、顔同士がぶつかりそうな距離で怒鳴った。
「………お前に俺の気持ちの何が分かる!!!雷の呼吸の型を一つも取得できてないザコに何言われようが、何も響かねぇんだよ!」
確かに私は、今も雷の呼吸を一つも取得できていない。それどころか、全集中の呼吸さえもごく僅かな時間しか使用できない私は、本当に雑魚と言えるだろう。獪岳くんが、私に今まで普通に接してくれていたのは、私に嫉妬する程の才能がなかったからなんだと思う。だけど、格下である事には変わりなくて。その格下に色々説教染みた事を言われるのは、プライドを傷つけられているみたいで、気に喰わないのだろう。
きっと今は、聞く耳を貸してくれないだろうけど、このまま獪岳くんを放置したら取返しのつかない事になりそうな気がしてならない。
「…わかった。今は、私の話は信じなくてもいいから、桑島さんの話だけはこの後帰ったらしっかりと聞いてあげて」
「カスばかり贔屓してる師匠に何を聞けっていうんだ!!師匠はもう俺を見ていない!俺を特別に扱わない師匠はいらねぇ!」
「桑島さんが今日までくれたもの全てを否定するの?桑島さんに弟子入りして1年間、貰った恩や愛情、ずっと感じていたでしょ?自分が肌身と心で感じてきたものは嘘ではないってわかるでしょ?」
「カスは壱ノ型がっ!!」
「桑島さんからの愛情が型だというなら、雷の呼吸を5つも取得できたのが、絆の証だと思わない?」
「……」
胸倉を掴む手の力が緩み、呼吸が楽になる。
「桑島さんが、二人を共同の後継者にって考えたのは、獪岳くんと善逸くんが、お互いにないものを持っている正反対の二人だから、支え合ってくれたらもっと強くなれると思ったからなんだよ」
獪岳くんの右手を、両手であたためるように握りながら、ゆっくりと語り掛ける。
「獪岳くんの自分を認める事が出来る強さ、ただ直向きに努力する持続力。善逸くんの他人を受け入れる優しさ、逃げる事は恥と思わない柔軟な思考。それを持ってる二人が一緒なら最強じゃない?」
桑島さんも、善逸くんも、私も、獪岳くんの事、凄いってちゃんと思っているよ。その気持ちが伝わるように、心を込めた。
「桑島さんは、獪岳くんも善逸くんも家族のように大切に思ってる。もちろん私も、善逸くんも、獪岳くんの事好きだよ。だから…お願い。この事忘れずにずっと覚えていて」
獪岳くんは、私の手を振り払って立ち上がった。
「……お前に俺の気持ちがわかるもんか……。俺がどんなに……」
勢いを失くした獪岳くんは、それ以降何も言わなくなった。空を見れば、どんよりとした雨雲が空を覆い始めている。手に持っていた、泥だらけになってしまった羽織を、獪岳くんに握らせた。
「また、…雨ふりそうだよ。濡れない内に、帰ろう?…そして、家に帰ったら桑島さんとしっかり話をしてね」
その後、獪岳くんと桑島さんは話合っていたけど、獪岳くんの態度が元に戻る事も、お揃いの羽織に袖をとおす事も、6月25日に行われた最終選別で生き残って鬼殺隊になって家を出て行くまで、…みる事はなかった。
※大正コソコソ噂話※
桜ではなく、桑島さんを取り合った三角関係のようなものですね。夢小説なのに…。
当連載では鬼殺隊になるための最終選別は年に2回あるます。6月25日と12月25日です。もちろん捏造設定です。