128:うわっ…、私の体力、低すぎ…?

今朝から始まった本格的な修業。最初は私の基礎体力確認…いわば体力テストから行われた。
竈門家での生活やここ数カ月の旅で向上した自身の体力に自信満々だった私は、繰り出されるいくつかの課題に意気揚々と取り組んだ。
だって今の私の体力は2205年の未来基準からしたら、学校どころか地域一帯で一番優れていると言っても過言ではない程に成長していたから。
2~3時間は歩き続けれるし、走りも早くなったし、重い荷物を持てる筋力もついた。今の状態で未来に帰ったとしたら、ちょっとした有名人になっていただろう。

未来の家族や友達から称賛を浴びる想像をしながら自信満々に振り返ってみれば、そこには予想と違った桑島さんの表情。

(あれ…。すごく微妙そうな顔。………そういえば前に、炭治郎君があと何倍か頑張れば村娘レベルっていってた…。もしかして、私、まだ村娘レベル…なの…?)

そう思った私の憶測は正しかったようで、その後行われた体力テストの度に獪岳さんが、「その辺のガキでも50回はできる」「結果が10秒以上の奴なんてみたことない」「俺は49個いけた」等と注釈を毎回入れるので、否応なしにも現状を知ることとなった。






体力テストも残すところ後一つ。体力の限界も近く、ぐったりと地面に座り込んで休息を取っている横で、獪岳さんは蔑む目つきのまま愉快そうに口角を上げた。

「くそザコだな」

初めて向けられたはずの笑顔は言葉と共に凶器となり、心臓にグサリと突き刺さる。「俺が正しかったでしょう、師匠」と、それはそれは楽しそうな表情で顔の向きを変えた獪岳さんと共に視線をずらせば、気難しそうな表情で考え込む桑島さん。

「うっ……」

言葉なくとも、その表情だけで分かってしまった。
いかに私の体力が底辺なのかを突きつけれらた結果に、不甲斐なさから首ががくりと落ちた。地面に咲く小さな野花さえも、私を嘲笑っているように見えてしまう。

「……まるで、退化してしまった人類を目の当たりにしているようじゃ…」
「え?」

囁くような小さな声で何かを呟いた桑島さんに、質問されたのかと思い聞き直すも、気にする事ではないとはぐらかされてしまう。少し気になりはしたものの、最後の体力テストに備え、身体を休ませる事に専念した。

















「最後は腕力の確認じゃ」

疲れで震える身体にムチを打ち立ち上がり桑島さんに近付くと、使いふるされた竹刀を持たされた。そのまま、あれを見るんじゃと指さした先には、大木を削って出来たであろう人型のような塊があった。
大きさは2メートル以上で、私が両腕を回しても届かないくらいの胴回り。頭には、鬼のツノの代わりなのか取って付けたような三角形の木片が付いている。
近付くと、過去の修行によって出来た傷やへこみ、抉れが所々に見れた。

「鬼だと思って竹刀で攻撃してみるんじゃ」
「………鬼だと、思って…」

桑島さんの言葉を聞いて、私は、目の前の塊を無言でじっと見続けた。

「……………」

そして、渡された竹刀を地面に置いて、今度は自身の両手を見つめた後、塊にあの鬼の姿を投影させ、湧き出る憎悪を左手に込め、おもいっきり殴りつけた。
塊は殴った箇所を中心に二つに割れ、木片が周囲に飛び散った。二つに分かれた塊はバランスを失い、大きな音を立て地面に倒れ、土埃を散らす。

ちょっとだけスッキリした気持ちになっていると、しんとした空気を裂くように桑島さんが叫んだ。

「なっ?!!なんじゃ!!今のはっ!?」
「あ、ええと…私、左だけ力が強くて…」
「ありえん!身体の構造的にありえん!呼吸を使った様子もない!一体その左腕はどうなってるんじゃ?!」

桑島さんどころか、獪岳さんまで驚きを隠すことなく目を見開いている。
二人の様子に、あぁ…そういえば。と思い出す。この力の事まだ話していなかったな…と。忘れていたわけではなく、弟子にしてもらえて物事も順調に進み始めたのに、この力の事を話して、気味悪るがられ追い出されたら……と思うと、話すタイミングが中々掴めなかった。

けれど現状、弟子にしてもらってお世話になっている以上、話さないのは不義理だ。それに獪岳さんは兎も角、桑島さんなら受け止めてくれるはず。そう信じて、今が話し時だろうと決意を込めて口を開いた。

「えっと…。…この事について話したいので、桑島さん…今からお時間を」

《ハナスナ》

「え…」

その諭すような【コエ】は、突如として脳内に響き渡った。
急いで周辺を見渡すも、それらしき人物は見当たらない。桑島さんと獪岳さんは気付いている様子はなく、私にしか聞こえていないようだった。


《イマハ、ハナスナ》

どこかで聞いた事のあるような音色を持つ女性のコエが、また話すなという。
過去にも、何度か私に語り掛けてきたことのある、あのコエだ。

《タンジロウクントネズコチャンヲマモリタイナラ、イマハハナスナ》

「ど、どういう事なの…?」

炭治郎君と禰豆子ちゃんの名前が出てきた事に、動揺のあまり思わず声が出てしまう。

《ソレニ、アノチカラノコトヲハナシタラ、ココニイラレナクナル》

なんでそんな事が言えるの?話すとどうなるか知っているの?

《トキガキタラハナセバイイ。イマハ、ソノトキデハナイ》

今は駄目?ならいつならいいの?

《ダイジョウブ、ワタシヲ、ジンジナサイ》

私の疑問や問いかけに答えているのかいないのか、言葉だけを述べていくコエに戸惑いと不信感が募る。
なぜ私だけに声が聞こえるのか。理由を話してくれなければ何も分からない。一体貴女はダレなのか。その感情を感じとったのか、コエは子供を安心させるように言った。


《ワタシハ、ミライヲシルモノ》

未来…を知っている?なんの未来を知っていると言うの?

《イマハ、ハナセナイケレド、ワタシハ、タンジロウクント、ネズコチャンノ、ミカタ》

二人の味方……。

《タンジロウクントネズコチャンノタメニモ、ワタシヲ、シンジテ》

「桜?急にいったいどうしたんじゃ…?」
「あ、……」

桑島さんが、心配そうに話しかけてきて、夢から現実に引き戻されたような感覚に陥る。桑島さんの様子を気にしながら、何度か心の中であの【コエ】に話しかけるも返事はない。

「すみません……。大丈夫です。少し疲れがきたのか、ぼうっとしてたみたいです…」

力なく苦笑いをしながら誤魔化せば、桑島さんは私の不審な様子にそれ以上言及はしてこなかった。

「そうか。…それで、その左腕の事じゃが」

桑島さんのその言葉に、心臓が激しくかき乱された。
普通なら目に見えない者の、正体の分からない者の言葉を信じるなんて馬鹿げている。けれど、気付いたら勝手に言葉が飛び出していた。

「桑島さん!あの……、この力の事なんですが…。必ずいつかお話するので、心の準備が出来るまで…。…もう少しだけ時間をくださいませんか?」

桑島さんは考えこむ仕草で数秒間黙り込んだ後に、私の顔をじっと見つめた。鋭い目つきなのに、慈悲を詰め込んだような瞳が私を探っているようだった。
《今は話さない》という選択をしてしまった私は、後ろめたさと罪悪感から、動揺で顔が歪む。

「………」
「…………」
「……分かった。今は聞かないどこう」

思わずほっとして、肩の力が抜ける。

「すみません…、ありがとうございます」
「ただ、必要に駆られれば、話してもらう事もあると、頭の隅に入れて置いてくれ」
「はい。その時はもちろん。必ずいつかお話するとお約束します」
「よし、では初日の修業もこれで終了じゃ!」

桑島さんは場の雰囲気を変えるように、これから夕飯の準備じゃと明るく笑いながら、家へと歩いて行った。その後について行こうとした時に、ふと視線を感じ見上げれば、意外に近くに居た獪岳さんが私を睨みつけていた。
不信、疑惑、苛立ち、失望を混ぜた瞳の中に映る私は、揺れ動く心をそのまま表したような複雑な表情をしていた。

獪岳さんは、私を睨みながら地面の枯れた野花をわざとらしく踏みつけた。その無言の訴えに、私は、自分が本当に正しい選択をしたのか分からなくなった。
けれど話さないと決めたわけじゃない。今は、というだけ。裏切ったわけでもない。心の奥底で、誰かが何かを訴えるような感覚に目を背けながら、そう自分に言い聞かせる事しか出来なった。


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