129:偲び見上げた空は、灯台下暗し

弟子として迎え入れてもらった恩義に報いる為にも、家事全般を引き受けながら、一日6〜8時間以上の修業。合間に炭治郎君と禰豆子ちゃんの情報を集めを行っていれば、あっという間に三カ月以上の月日が経過していた。



過去のお弟子さん達に比べるとペースは遅いみたいだけど、修業の方は順調に進んでいる。
最初の1〜2カ月目は、基礎体力の向上と竹刀を用いた素振りを行い、3カ月目からは鬼への対抗手段となる、全集中の呼吸を教わり始めた。

全集中の呼吸とは、一度に大量の酸素を血中に取り込む事で筋肉を強化させ、瞬間的に身体能力を大幅に上昇させる特殊な呼吸術の事。この呼吸を用いれば走る速度も跳躍力も握力も何倍、何十倍にも跳ね上がり、この状態で流派に従った剣戟で戦うのが、鬼殺の剣士の基本であり、奥義でもある。この流派は数多くあり、その中でも桑島さんが教えるのは、五大流派の一つである、雷の呼吸。

まだ、全集中の呼吸を始めたばかりなので、雷の呼吸は定義しか教わっていないのだけれど、桑島さんには最初にはっきりと言われた。「桜には、雷の呼吸は向いていない」と。

雷の呼吸は、呼吸による力を脚に結集させ、稲妻の如き速さの斬撃を繰り出す神速の型であり、数ある流派の中でも最も速度を重視した技が多くなっている。

なによりも、雷光のような俊足、力の意識を脚へと集中させる事が重要であるのだけれど、私の動きの癖を見ていると、素早さの一撃必中よりは、力任せに幾重もの攻撃を繰り出す傾向が強い。力や意識の配分が腕…というより左腕に全て集中している。振りが大きくなりやすく、最小限の動きがやや苦手。器用ではあるけれど、集中力が乱れると狙いがはずれやすい。

こういった面から、雷の呼吸は向いていないという事らしい。

おそらく、生来の運動音痴に加え、運動やスポーツとは無縁だった状態から、鬼から奪った左腕の剛腕のみを頼りにしてきたのが原因だと思われた。桑島さんの元に来るまでに何度か鬼に出会ったけれど、どれもが力任せに大木を振り回すだけだったし、旅の途中でも、良かれと思って岩なんかを砕いたりする訓練をしていた。
例えるなら、技術も知識もない子供が、急に身に余る力を得て、正しい力の使い方を知らずに無闇矢鱈に使用し続け、悪癖が抜けなくなってしまった状態。

まあ、色々と壁はあるけれど、全集中の呼吸の鍛錬を始めたばかりなので、悲観するにはまだ早い。暫くの間は全集中の呼吸をマスターする事に専念し、左腕に頼り切りの攻撃スタイルから、身体全体を使った基礎的な攻撃スタイルを身に着ける事に、重点を置いていく。例え、雷の呼吸が取得出来なかったとしても、全集中の呼吸をものに出来れば戦闘力は確実に上がるし、鬼に近づき隙を生むことが出来れば、(死に方がグロテスクだから、本音を言えばなるべく使いたくはないけど…)この右手の《殺す力》で、倒せる確率も格段に上がるだろう。それに呼吸の剣技も、自己流にアレンジして新しい流派を作り出す人もいるらしいから、もしかしたら私にも、その可能性があるかもしれない。

先は長いけれど、桑島さんのお陰で前より確実に強くなれている。









それと、懸念していた獪岳さんとは、意外にもなんとかなっている。
ここに来たばかりの事よりは態度は軟化しているし、獪岳さんから話しかけてくる事は殆どないけれど、話しかけても無視はされなくなったし、二月程前からは返事も返してくれるようになった。

月日を重ねるごとに増えた会話のやり取りや、共に過ごした生活の中で、獪岳さんという人物が大分定まってきた。

獪岳さんは見た目は不良っぽいのに、勤勉かつ、とてつもない努力家。桑島さんの弟子になったのは、私とたった三カ月しか違わないのに、私があと1年しても追いつけない程の実力を持っていて、雷の呼吸も既に一つ取得している。普段の態度は悪いけど、訓練中は真面目で自主練も欠かさない。桑島さんが、歴代の中でも自慢の弟子だと賞賛するのも、よく理解出来た。

自分本位で傲慢だと思えてしまう部分もあるけれど、それはきっと裏を返せば、自分という芯がしっかりとあって、向上心を持って物事に取り組む事が出来る、とも言える。それは獪岳さんが強くなれる理由の一つでもあるのだろう。そういった側面も含めて獪岳さんという人間なのだと思う。…ただ、馬鹿にするような目で、私の事を「ザコ」と呼ぶのはやめて欲しいけど。


修業も三人での暮らしも順調だけれど、唯一進展がないのが、炭治郎君と禰豆子ちゃんの行方だ。桑島さんが、お館様や元水柱の方ーー鱗滝左近次さんと言うらしいーー、お弟子さん達に情報提供の手紙を2度も出してくれたのにも関わらず、返信は一度もない。何日か休みを頂いて、東八代郡近辺で情報を集めたり、藤の家紋の家の方にもお手伝いして頂いたけれど、情報は何一つなく…。ここまで行方知れずだと、二人の身に何かあったのではと焦りと心配に支配され、全てを投げ出してでも探しに行きたい想いが募る一方だ。特に今日という日は、その想いが強くなる。なぜなら……






「桜、儂は先に伝馬(てんま)の所に行っておるぞ」

物思いに耽っていた思考が、一緒に町へ来ていた桑島さんの声で現実に引き戻された。隣を見れば、桑島さんが分かれ道の前に立ち、先へと進もうとしている。

考え事をしている間に、随分と進んでいたらしい。

「あ、はい。私も皆へのお花を買ったら、すぐそちらに向かいますね」
「ゆっくりでよいからの」
「ありがとうございます」

桑島さんに頭を下げた後、私は桑島さんとは逆側の方向に歩き出した。
ここから少し歩いた先に、物腰の柔らかいお婆さんが営む、小さなお花屋さんがある。小さなお店の中には色んな種類の生花が所狭しと並んでいて、三人入れば身動きが出来ない程に狭い。けど乱雑としているわけではなく、正しい知識の元管理された花達は瑞々しく輝いて、美しい自然を感じられるように飾られているお蔭か、お店全体が芸術作品のようにも見えてくる。初めてこのお花屋さんを見た時は、思わず「ジ〇リアニメに出てきそう…」と呟いてしまった程。

前のように花が咲かせたら、皆への想いを込めた花を用意出来たのだけれど、……もう私には枯らすことしか出来ないから…。だから、せめて皆の好きだった花を沢山買って、…届けてあげたい。

「もう………、…一年かぁ…」

ため息を漏らしながら、空を静かに見上げた。


今日は、炭治郎君と禰豆子ちゃんと生き別れてから一年。そして、あの地獄の日から一年。そして、

「…………皆、会いたいよ」


今日、1914年12月10日は、竈門家皆の命日の日でもある。



※大正コソコソ噂話※
桜の現在の攻撃スタイルを見ると、『桑島さんがみた事のある呼吸の中では』、風と岩の呼吸が相性いいんじゃないかと言っていました。


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