125:十(とを)
桑島さんは、鬼やそして鬼殺隊について知る限り全ての事を教えてくれた。
人喰い鬼は、元々私達と同じ人である。およそ1000年前に生まれた原初の鬼、鬼舞辻無惨の血が体内に入り込むと、人は人喰い鬼へと変貌する。鬼にされた者は理性を失くし人を喰らう化け物となり、家族や友でも躊躇なく食料とする。人を喰らえば喰らう程強くなるらしく、中には血鬼術と呼ばれる、妖術のようなものを使う鬼も出てくる。
一度鬼になった者を治す術はなく、救済は「死」のみ。しかし、鬼は強靭な肉体を持ち、身体を切断されようが、頭部をつぶされようとも僅かな時間で回復してしまう。不死身とも言える鬼を倒す術は日の光か、鬼殺隊が持つ日輪刀で首を切る、この二つしかない。
鬼殺隊は、人喰い鬼から人々を守るため、そして全ての元凶である鬼舞辻無惨を倒すべく、日夜任務に励んでいる。
桑島慈悟郎さんは、柱という鬼殺隊の中でも特別な地位に就いていたけれど、鬼との戦闘で右足を失ったのをきっかけに引退し、今は鬼殺隊の剣士を育てる、育手をしている。
桑島さんに鬼のお話を聞いて最初に思ったことは、人喰い鬼って、鬼というより西洋のヴァンパイア…吸血鬼に近いな、だった。
私は、そもそも「鬼」という言葉に踊らされていたんだと思う。私が想像する鬼とは、日本に昔から伝わるイメージ像の、重い金棒を軽々と持ち上げ、頭に角が生えた、身体が赤かったり青かったりする地獄にいる化け物、もしくは妖怪。未来の創作物なんかにも、敵のモンスターとして描かれていたりする。それを基盤に考えていたから、人食い鬼の正体をより不鮮明にさせていたんだ。
人喰い鬼は、人を食料とする、不死身に近い、血を媒介に仲間を増やす、日光と特別な刀のみで倒す事が出来る。
吸血鬼は、人の血を食料とする、不死身に近い、血を吸い仲間を増やす、日光と銀の銃弾で倒す事が出来る。
きっと人食い鬼は、昔の日本に当てはめる言葉が、鬼しかなかったから鬼と呼ばれるようになったんだ。そして、その呼び名はそのまま定着した。
きっと人喰い鬼が西洋に渡れば、その時は人々に、ヴァンパイアと呼ばれているかもしれない。
(というより、昔の日本は、得体のしれない恐怖や対象に、鬼の漢字を使っていたんだろうな。悪鬼とか、餓鬼とか。吸血鬼も血を吸う鬼って書くし)
呼び名が鬼だけであって、中身は全く別物。鬼とは象徴のような言葉。そう捉えた方が分かりやすい。ようやく鬼という情報を整理出来た気がした。
「ですが、本当に鬼を人に戻す術はないのですか?」
鬼について一番当たって欲しくなかった予想の、鬼は元は人であった。が、想像以上のダメージとなって胸に突き刺さり、おもわず桑島さんに質問するけど、ないと断言されてしまう。
竈門家から出て遭遇した輸血の時の鬼、花子ちゃんという鬼、先ほどのトロールのような鬼、そして私が殺してしまった剛腕の鬼、カマキリ鬼も、元々は善良な人で無理矢理鬼にされたと思うと、鬼に対する憐れみと、自分は人殺しという良心の呵責に苛まれた。
「鬼になってしまった人の救済が死だけ、なんて。なんだか…可哀想です…ね」
けれど同時に、本当に他に方法はないのだろうかという疑問と、これから被害にあう人を救えたという安心に似た想いと、鬼になってしまったら死しかなかったのだから、私が鬼を殺してしまったのは必要な事だったと言い聞かせる自分もいた。
「…ふっ」
私が鬼に対しての憐れみを言った直後、鼻で笑われた音を耳が拾った。
音の先の獪岳さんは、食べ終えた桃の種を窓の外に投げ飛ばした後、私を蔑むように見て言った。
「鬼になっちまえば、元の人間なんて関係ないんだよ」
「……ですけど、人喰い鬼は、鬼舞辻無惨という鬼に、無理矢理鬼にされたって事ですよね…。意識がない内に自らの手で大切な人を殺してしまうかもなんて、もし私だったら……、…あ」
なんだか怖い雰囲気の獪岳さんに怖気付きながらも言葉を返す中で、私はある事に気付き、パズルのピースが合わさりつつあるのを感じた。そして、それは次の獪岳さんの言葉で、強烈な感情を伴って完成する。
「大切な人を鬼に殺されたんだろ?なら、その鬼も可哀想って、許すのかよ。随分とお優しいなぁ」
「……!!」
「綺麗ごと並べる弱い人間が一番気持ち悪りぃんだよ」
「これ、獪岳!」
「師匠もそう思いませんか?こいつすぐ死ぬ部類のバカですよ。だからさっきも」
「…………殺します」
下げていた目線を上げ、獪岳さんを力強く射抜く。
「…あ?」
「…赦すわけ、ないじゃないですか。竈門家の皆を殺した鬼が元は善良な人間だったとしても、誰かの大切な人であっても、あいつだけは地獄の底まで追いかけて殺します」
私がここまでこれた原動力の一つが、あの鬼に対する復讐心だから。
「それと、鬼にされた鬼も殺します」
「…んだよ急に…気色わり。さっきと言ってる事真逆だろ」
呆気にとられる獪岳さんに、小さく微笑んだ。
「だって、さっきの獪岳さんの言葉で決意しましたから」
言い方はきつかったけれど、獪岳さんのお蔭で気付けたのは本当だったので、小さくお礼を伝えれば、嫌味だと捉えたのか、獪岳さんは不愉快だと言わんばかりに顔を逸らした。
「私、決めました……。一人でも多く救える為に……、」
今完成したばかりの決意を、自身で丁寧に確認するように言葉として、口に出す。
「私のように大切な人を失ってしまう人を防ぐ為に、…は、もちろんですけど」
私は、ずっと悩んできたんだ。
生き返ってから竈門家を出て、炭治郎君と禰豆子ちゃんを探す中、何度も鬼と遭遇してきた。そしてその過程で、死ぬと相手の力を奪って生き返る力に手に入れた事に気付くも、それが私をひどく苦しめた。
死ねば相手の力を奪って強くなれる。そうすれば炭治郎君と禰豆子ちゃんを守れる、あの鬼を殺せるようになる。けど、死ぬのが恐いし痛いから死にたくない。
元人間の鬼を殺すのは、人殺しのようで罪悪感が降り積もる。だけど殺さないと、どこかにいる炭治郎君と禰豆子ちゃんが傷付けられるかもしれないし、竈門家のような被害を新たに生む事になる。
理性と本能、殺意と同情、逃げと正義感、生と死の狭間で、悩み続けた。
あと一歩で出そうな答えに導いたのは、獪岳さんの言葉だった。元の人間は関係ない。断言した獪岳さんの言葉に、もし自分が鬼にされたらと想像してみた。もし私が鬼にされて、気付かぬ内に炭治郎君や竈門家の皆、しのぶちゃん、蜜璃ちゃんを殺そうとしたら?殺してしまったら?……人間に戻れないのなら、私は、私を殺して欲しいと思うに違いないと。だから、
「鬼になってしまった人が、大切な人をその手にかけてしまう前に、罪を重ねてしまう前に、私は鬼を殺します」
それが、鬼されてしまった可哀想な人に対する、唯一の救いであるなら。
だけど、どんな御託を並べようとも、竈門家の皆を殺したあいつだけは別だ。例え、あいつの大切な人が殺さないでくれと懇願しても、元は善良な人間であっても、人に戻れる方法が見つかったとしても、私はあいつを赦さない。どんなに罪を重ねようと、あいつを苦しめた後、地獄に落とす。境遇は同じなのに、こっちは駄目でこっちはいいなんて矛盾していると、指をさされるだろうけど、その矛盾も批判も抱えよう。きっと私の今の原動力は思った以上にあいつへの復讐心が強いのだろう。
(けど、私はもう死にたくない。……死にたくないの)
本能的な死の恐れや、痛みに対する恐怖もあるけど、それ以上にこの力(死んで生き返る)を使ったら、駄目というか…。なんだか取返しのつかない事になる気がしてならない。心の奥底で誰かが使うなと必死に訴えかけてくるような…。言いようのない不思議な感覚。
だから、私は、今私に出来る最大限の方法をとる。
「………、桑島さん、…お願いがあります」
すでに奪った剛腕と右手の鬼殺しの力は無敵のように思えたけど、さっきのトロールの鬼のように力負けする事もこの先出てくるだろう。だから、別の方法で強くなりたい。
「私を桑島さんの弟子にしてください」