114:子が親になるように、立場は変わる

善逸くんから貰った2代目のアマドコロとヤドリギが枯れ始めたとある日。ノックと同時に名前を呼ばれ、扉を開ければ、目尻をだらしなく緩ませた善逸くんが可愛いらしい花束を抱えていた。

「桜ちゃ〜ん!」
「善逸くんおかえりなさい。…また花持ってきてくれたんだね」
「嬉しい?幸せ?はっ!結婚したくなった?!」
「ならないよ。……お花は嬉しいけど……」

渡された花を抱えて部屋を見渡すと、机の上や窓際、床等そこら中に、宿のご主人さんから貰った廃棄瓶や割れたコップに挿された沢山の花が部屋を明るく彩っている。
野花が半数以上だったけれど、抱える花束も含めお店でしか買えないような花も多数あった。

「ちょっと…買いすぎのような…?」

最近なんとなく感じていた疑問。1年近く花に関わってきて知った花の相場と、最近嫌と言うほど理解した労働と賃金の釣り合わなさを考えると、部屋にある花の量は決して安いとは言えない金額になる。それにお花だけじゃなくて、お土産だと言ってお菓子なんかも持ってくるので、それを含めて計算すると。

「まさかと思うけど…」

疑問が核心へと変わるのを感じながら、善逸くんに確認する。

「呉服屋さんで働いたお金…殆ど私のために使ってる……?」
「桜ちゃんのためなら、いくらでも欲しいものあげちゃうよっ!」

善逸くんはそう言いながらキリッとキメ顔でウインクをし親指を立てた。遠回しな肯定に、焦りのあまり片言になりながら善逸くんの肩を掴む。

「おかねだいじ!わたししってる!気持ちだけでじゅうぶんだから!ありがとう!もう大丈夫だよ!!」

必死な想いを込めたというのに、肝心の善逸くんは鼻の穴を広げて髪を逆立てながら興奮していた。

「女の子に肩さわられてるぅうう!」
「……………」
「無言で、そのなんとも言えない引き顔がやめてぇ?!傷ついちゃうから俺、傷ついちゃうからぁ!」
「…………」
「何か言ってーーー!!!!」

無言でそっと手を離した。












気持ちは充分にもらったからお土産や花は、今後自分の為に使ってくれたら嬉しいと、説得するように話せば、分かったような分かっていないような微妙な反応だった。善逸くんのこの貢癖が女性に騙される要因の一つではと思いながら、口にすることはせずに、そのまま晩ごはんを一緒にした。


「そうだ、善逸くん。炭治郎君と禰豆子ちゃんって名前聞いた事ある?」
「たんじろうくん?ねずこちゃん?」

そういえば善逸くんには聞いた事なかったなと質問すれば、正面に座った善逸くんは顎に手を当て首を深く傾げしばらく考えていた。けれど、記憶の中に二人の名前はなかったのか「どんなやつ?」と続けて言った。

「前軽く話した、探してる二人の事なんだけど」
「あー!」
「二人は兄妹でね。竈門炭治郎君がお兄ちゃんで13歳、竈門禰豆子ちゃんが妹で12歳。……特徴は、えっと……。あ、そうだ。これ見て」

炭治郎君に誕生日プレゼントとして本来渡すはずだった、竈門家全員を描いた和紙を取り出して指をさす。

「この緑と黒の市松模様の羽織の子が炭治郎君で、隣の可愛い子が禰豆子ちゃんだよ」
「禰豆子ちゃん可愛い!!!」
「でしょ?町一番の美人って評判なんだから」

デレデレと絵を見る善逸くんに、ハッとして声を上げる。

「お嫁さんにはあげないからね!」

禰豆子ちゃんのお婿さんになるには、私と炭治郎君を倒してからね!と暗に含ませて強気な口調で言えば、善逸くんはどこぞの奥様みたいに口に手をあて驚いた様子を見せた。

「はっ!!………これが嫉妬?」
「違います」
「最近、辛辣さに冷たさが拍車かかってる気がするんですけどぉぉ?!」
「て…、話がすぐに脱線しちゃうんだから。どう?善逸くんの記憶にある?」
「ん〜……。禰豆子ちゃんみたいに可愛い子ならそう忘れるはずがないからな〜」
「そっか…。ありがとう…」

もし二人を見かけることがあればすぐに教えて欲しい。そう伝え、思いつく限りの二人の特徴を話している内に、だんだん竈門家に居た頃の楽しさや安らぎを思い出して、心が温まり自然と笑みが浮かんでいた。小さな宝箱から一つ一つ丁寧に取り出した光を、善逸くんに「ほらあたたかい光でしょ?」と自慢するように思い出を語った。


「〜って言う事があってね。炭治郎君はねお日さまみたいに優しくて、長男でしっかり者で〜〜」
「へーーーーーー」
「禰豆子ちゃんはね、可愛いくて裁縫が」
「それでそれで?!」

炭治郎君の時は興味なさそうな伏せ目でご飯を食べながら聞き流している風だったのに、禰豆子ちゃんの話になると前のめり姿勢で食い気味に相槌を打つ善逸くん。彼らしい差がありすぎた態度に少しだけ笑ってしまった。



「炭治郎君と禰豆子ちゃん家族は、私を助けてくれて、居場所を与えてくれたんだ…」
「居場所…」
「うん…。私は、家族みたいに思ってる」

詳しい事は伏せ、最後に二人をとても大切に思っていると伝えると、善逸くんは「なんで探してるの?」と少しだけ寂しそうに笑った。

「ちょっと事情があって、離れ離れになっちゃって」
「お互いに探してるならすぐにみつかりそうだけど?」
「色々あって炭治郎君と禰豆子ちゃんは私が……死んじゃったと思ってるの。連絡手段もないし、どこに行ったのかも検討がつかない状態で…」
「途方もない話だね」

日本中歩き回ってでも再会できれば良いけれど、運やタイミングが悪ければ、再びめぐり合えないまま生涯を終えるかもしれない。それを自身に置き換えて想像したのか善逸くんは「俺なら途中で挫けちゃいそう」と苦い顔をした。
私は空になった食器と箸を置いて、善逸くんを見て「それでも」と続けて言った。

「私は諦めることだけはしないよ」


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