115:その熱意を他に生かしてみてはどうでしょうか
「え?移動する?」
「うん、この近辺は探しきったし、明日他の所行こうかなって」
少ない荷物をまとめながら話せば、善逸くんは摘んできてくれた4代目のアマドコロとヤドリギを床に落として、大袈裟に叫んだ。
「次はどこに行くの?!俺も一緒に行く!!」
「何言ってるの?駄目だよ。善逸くんは借金返済中で離れられないでしょ?」
「ねぇ?!どこ?!どこ?!!」
善逸くんは私の着物の裾に縋り付きながら、お得意の顔芸で何度もしつこく確認してきた。別に隠すつもりも黙って行くつもりもなかったし、荷造りが終わった後にお茶でもしながら話そうと思っていたのだけれど、この様子だと話すまでずっと喚いていそうだと察し、荷造りを一旦中止して、鞄の底から地図を取り出した。
「ここ、だよ」
人差し指が示した場所は、八王子市内だけれど、ここからそれなりに距離のある地域。
善逸くんは私から地図を奪う様に取り、顔に張り付いてしまいそうな近さで地図を凝視している。
「八王子市内だけど、結構遠くなっちゃうんだよね。でも絶対に会いに来るからね」
その時は美味しいご飯でも一緒に食べようねと言いながら、床に落ちたアマドコロとヤドリギを拾い、枯れてしまった3代目と交換する。
「お花ありがとう。……善逸くん?」
地図を持ち固まったまま反応がないので、不思議に思って呼びかければ、善逸くんは地図を勢いよく机に叩きつけ、私を見て目を輝かせ叫んだ。
「いける!!」
へ?
「いける!」その言葉の意味を理解したのはその数日後。
事前に紹介して貰っていた、新しい拠点となる安宿に荷を下ろしたその日の夜。日が暮れたばかりだけれど今日は早めに寝ようと布団を敷いた直後、控えめなノック音が部屋に響いた。不思議に思いながらも戸を開ければ、そこにはいつものように野花を持って笑う善逸くんが立っていた。
「ひぃぃいっ!…え、……ぜ、善逸くん?」
「来ちゃった!」
頬をだらしなく緩ませる善逸くんは、額にじんわりと汗をかいている。4月も中旬に差し掛かり、日中は暖かい日も多くなってきた。けれど、夜はまだ肌寒く歩いた程度では汗はかかないはず。
「来ちゃったって…。…もしかして………走ってここまで来たの?あの距離を?」
満面の笑みで頷く善逸くんの執念に呆気にとられてしまった。だって、前の宿から歩いてここまで4時間以上はかかるんだよ?バスや鉄道を使えば別だけれど…。
過去の善逸くんの話から、女性全般に対してある種の執着を感じたし、どんな女性に対しても好意を示す態度を間近で見ていて、私に付きまとうのも、その内の一つで特別な事ではないだろうと思っていたけれど……。ここまでくると、過去の付き合ってきた女性と同じ様な好意に近いものを抱かれているのではと、自意識過剰ながらにも思ってしまう。
「これからも、桜ちゃんに会いにくるよ☆」
そういってギャク調の決め顔をした善逸くんに、何て言葉を返そうか迷っていると、本日二度目のノック音が聞こえた。咄嗟にどうぞと言うと、宿屋の娘さんが戸を開けお辞儀をした。
「お客様失礼します。お伝えし忘れてしまったのですが、お風呂は」
宿屋の娘さんは、蜜璃ちゃん以上の胸と包容力のある笑顔が母性を感じさせる20代後半の女性で、名前を百合さんと言う。まだ結婚はされていないらしく、将来のお相手を探している最中ですと、会話したのはつい先ほどの事。
百合さんは話の途中で善逸くんの存在に気付いたらしく、同性から見てもドキリとしてしまう笑顔で会釈をした。
百合さんの笑顔を真正面から浴びた善逸くんは、顔を赤くして叫んだ。
「俺の事が好き?!って意味?!」
「絶対に違うよ」
「桜ちゃん嫉妬してるの?!」
「絶対に違うよ」
やはり私の自意識過剰だな。と思い直し、善逸くんには無理しないでね。とだけ伝えた。