113:5人目の彼女さん

特に約束はしていないのだけれど、善逸くんはあれから毎日私の元を訪れた。

朝ふらりと訪れた善逸くんと一緒にご飯を食べた後、善逸くんは住み込み先の仕事場に向かい、その日暮らしの私は日銭を稼いだり、炭治郎君と禰豆子ちゃん、鬼狩り様、鬼についての情報を集め、帰路につく。夜になると、お土産を持って宿に来た善逸くんと晩御飯を共に頂く。善逸くんの奇声や戯れ言、女性好きな面に困惑する事はあれど、誰かと一緒に居れる事のあたたかさを再実感しながら、日々を過ごしていたのだけれど、ふと善逸くんは私に同情して、引くに引けなくなっているのではと思い、遠慮する気持ちから「毎日来なくても大丈夫だよ。もし負担だったら、もう来なくて大丈夫だからね。いままでありがとう」的なニュアンスで伝えれば、泣きつかれ、………それはもう大変な事になったので、…割愛しておきます。



そんな騒がしくもゆるやかな生活スタイルに慣れ、善逸くんに貰ったアマドコロとヤドリギが枯れ始めた、とある日。宿全体に善逸くんの甲高い声が響きわった。

「行きたくない!行きたくない!イヤァアーーー!!」
「でもお仕事でしょ?」
「俺はこのまま桜ちゃんといるんだー!きゃっきゃうふうふするんだーー!」
「しないよ?」

私の着物の裾をつかんで駄々を捏ねるように騒ぐ善逸くんに、思わずため息が出る。

善逸くんは5人目の彼女さんに騙される形で貢がされ逃げられてしまったらしい。なんでも、呉服屋でデート中に彼女さんが、「彼が払います」とお店の商品を何枚か持ったまま何処かに消えてしまったらしく、飲み物を買いに行かされていた善逸くんは全額支払わされる羽目になってしまった。
意図的なのか偶然なのか知らないけれど、持ち逃げされた品物はお店の中でも上物だったらしく、高額な請求を支払う事が出来なかった善逸くんは、その呉服屋さんに住み込みで働らきながら借金を返している最中なのだとか。

「毎日毎日こき使いやがって、きっと俺を殺す気なんだよおおおおーーー!!」
「でも、お給料だしてくれてるし、休みやまかないもあるんでしょ?悪い人じゃないと思うんだけど…」
「昨日なんて、俺の頭を13回も叩いたからね?!なんなら尻まで叩かれましたけど?!」
「…ねぇ、そろそろ時間だよ?途中まで一緒に行ってあげるからいこうよ?」

なんとか慰めようにも善逸くんのイヤイヤは止まらない。ならばと、若干の興味とノリで最後の秘策を試してみる事にした。両手を組みお願いポーズをして、善逸くんに視線を合わせる。



「……わ、ワタシのためニ、が、がんばってかせいデほしいな」

あ、だめこれ。すごく恥ずかしい。
実際に口にしてみると、恥ずかしさのあまりにカタコトになってしまい、それが余計に羞恥心を駆り立てた。わざとらしすぎて駄目だと思ったけれど、善逸くんはすくっと立ち上がって、目をキリっとさせた。

「喜んで」
「単純すぎない?」





















善逸くんの仕事場、呉服屋さんへ向かいながら問いかける。

「善逸くん、《鬼狩り様》って知ってる?」
「鬼狩り様??」

首を傾げながら言葉を復唱する様子に、初めて聞く単語なのだと察し、もう一つの質問をする。

「じゃあ…《鬼》って知ってる?」
「あぁ!よォーく知ってますとも!呉服屋のじじいはまさに鬼!!昨日なんて〜」

善逸くんの話す内容に、また、この鬼か、と思わずため息が漏れてしまう。
あれから何十人と、鬼狩り様や鬼について聞き込みしても、出る答えは想像上や昔話での鬼だったり、鬼狩り様って小説か何かの話?と言われたり、俺の嫁さんは鬼だのといった比喩ばかり。行政機関に聞き込みに行けば、異常者を見る白い目を向けられたりもした。

(三郎さん言ってたよね…)

鬼の存在は政府や世間に知られていないと。あんな危険な存在を国が放置していいのか、むしろなぜ気付かないと疑問は残るけれども、三郎さんみたいに、鬼狩り様に救われた人や、鬼狩り様本人が意外に近くにいるかもしれない。地道に聞き込み続けていけばいつかは出会えるだろう。


「…………それとね、善逸くん」
「ん?」
「もしかして…」

未だに、どれほど呉服屋の店主さんが鬼かを語る善逸くんの後ろを見るように促す。

「善逸くんの後ろにいる方が、呉服屋の店主さんなんじゃ…」
「え…」

善逸くんが後ろを振り向いた先には、素人目でもわかる質の良い羽織と、色彩センスを感じる重ね着スタイルの着物姿の50代程の男性が肩を震わせていた。怒りからか赤くなった顔は、鬼のような形相をしている。

「コラ善逸ーーー!!!」
「ぎゃァアーーーー!!!」
「恩人に向かって鬼とはなんだ!!!働き手なんでいくらでもいるんだ!どこかに売りさばいてやろうか!!!」
「いやーーー!!!すみませんすみません!すみませんっ!!鬼なんて言ってすみません!!」
「ならさっさとこい!今日もこき使ってやるわ!」
「いやぁああーーー!!」

泣き叫ぶ善逸くんは引き吊られながら、何処かへと消えていく。嵐のような一瞬の出来事にぽかんとしながら、ただ呆然と見送った。






※大正コソコソ噂話※
呉服屋さん店主さんは、まあ悪い人ではないし情もある方だけれど、口や手癖がすごく悪いだけ。


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