111:欲しいもの

「桜ちゃんおはよう!!」

暗い部屋の隅に縮こまっていると、声と共に扉が開き、外の明るさが室内に入り込む。
明るさに目を細めて見ると、お盆を持ってにこにこと笑う善逸くんが立っていた。

「………善逸くん今日も来たの?」
「もちろん!今日は野菜とおかゆ定食だよ!」

申し訳なさから眉が下げる。

「ありがとう…。でもあまり食欲なくて。せっかく持って来てくれてたけど善逸くんで食べて?」
「だめだめ!食べなきゃさ、身体もたないよ?!それに、ふへへ!将来の奥さんには健康でいてもらわなきゃだし?」

身をよじらせながら、デレデレもじもじと効果音をつけて、顔をにまつかせる善逸くんにすぐさま返す。

「奥さんじゃないから」
「否定する時だけ辛辣すぎじゃない?!」


大袈裟な表情と騒がしい声と共に部屋に入ってきた善逸くんとは、一週間以上前、鬼の子から隠れている時に出会った。
善逸くんは何を考えているのか、岩と木に隠れて泣いていただけの私に、出会った直後から、一目惚れだの、運命だの、結婚してくれだの口説き続け、それ以降ずっと付きまとってきた。

最初の頃は、正直意味がわからなすぎて、怖さのあまり引いてしまっていた。だって、ぼろぼろの身なりも整えてない女に求婚して、将来の奥さんだからと嬉々としてご飯を運んだり話しかけたり世話したりする?その間、私ほとんど話してもいないし、笑ってもいないのに。竈門家の皆とは違った裏がありそうな親切心に、最初は警戒していたけれど、善逸くんと数日過ごす内に、それも無意味だと気付いた。

まず、善逸くんが結婚だの一目惚れだのいうのは、そういう性分だから。今いる八王子の宿の主人の娘さんにも口説いている声が聞こえてきたし(ビンタされたみたいだけど)、本人の話や口ぶりからも、女性好きな、なにかと結婚したがりな心根が伺えた。しつこい愛情の表現や言葉は彼なりの挨拶なのだろう。

裏のありそうな親切心も、女性好きならではの優しさから。…だけだと思っていたけれど、一人で勝手に騒いだり、聞いてもないのに色んな話をしてくるのは、暗い表情で宿に引きこもる私を心配しての事だと、善逸くんがたまに見せる心配気な表情で察する事ができた。

少し変わっているけど、言葉や行動の節々に本人の純粋な優しさが垣間見えて、関わっていく内に善逸くんの存在を受け入れる余裕も出てきて、今では、善逸くんとのちょっとした会話も楽しんでいる私もいたりする。






「ぐふふっ!俺達新婚みたいだね!」

ちゃっかり自分のお昼ご飯まで持ってきていたのか、机の上に並べた二人分の食事を見てにやける善逸くんの戯言を聞き流しながら、席につく。いらないと遠慮すると善逸くんが泣いたり騒いだりして、少し面倒く……心配をかけてしまうので、言う通りにした方がうるさく……良いとこの数日で学習済みだ。まぁ、騒いで泣き落としする善逸くんの、炭治郎君とはまた違った押しの強さに負けたともいうけれど。

「いっただきまーす!」

善逸くんは元気な掛け声と共にご飯を美味しそうに頬張っているれど、私はやっぱり食欲が湧かなくて、水の入った湯呑を手に取る。

(白い……)

水に映る、未だに見慣れない自分の姿。真っ白な髪色と白灰色の瞳、不健康な白い肌。まるで死人の様な姿に、実際そんなものかと傷心気味に笑って、水を口に含んだ。

「嫌いなものがあれば、俺が食べてあげるからね!」

この数日、頭の中で延々と繰り返される言葉。

苦痛にまみれて死にたくない、でも、死ななきゃ強くなれない。殺したくない、でも殺さなきゃ殺される。

「もちろん、好きなものは全部あげちゃうよ?!」

矛盾にも似た複雑な葛藤。
死ぬ際に痛みを何も感じなければ、葛藤も抵抗なく死ねたかもしれないのに。なんて諸刃の剣なのだろうか。

「あ!桜ちゃん甘い物好きだよね!実はお饅頭も持って来たんだ!食べる?!」

考えても考えても答えが出せないまま、ずるずると日々を重てしまっている。早く炭治郎君達を探しに行かなければならないのに、動けずに宿に引きこもる己の不甲斐なさ。

「…桜ちゃん!このお味噌汁も美味しいよ!?」

善逸くんが騒いでいなかったら弱音ばかり吐いてしまいそうな鬱々とした日々。どうしたらよいのか、この先どうすれば正解なのか。……なにもわからない。

「いっぱい食べて欲しくて器になみなみ熱っっちゃーーー!!!」

食器が割れる大きな音に頭を上げると、お盆ごとひっくり返し、頭から煮物を被った善逸くんと、床には散らばる食べ物と割れた食器達。


……どうしてそうなったの?


「…ぜ、善逸くん大丈夫?怪我はしてない?」

涙目で頷く善逸くんと一緒に、片付けを始めた。





「そう言えば、善逸くんって何歳なの?」

萎んだ花の様にしょんぼりする善逸くんが、いじける幼子に見えたので、片付けをしながら質問すると善逸くんはぼそりと答えた。

「あと半年くらいで15…」
(てことは、炭治郎君の一つ上か)

見た目は炭治郎君と同い年くらいに見えるけど、感情面を強く押し出す幼い内面と、比較対象である炭治郎君がしっかりしすぎているせいで、どうしても善逸くんを実年齢より下に見せていた。

「桜ちゃんはいくつ?」

ご飯なら私の分が手付かずであるからそんなに落ち込まなくて大丈夫だよ?と意味を含めて、頭を2〜3回撫でると、一瞬で機嫌が良くなった善逸くんに逆に問われた。

「私はじゅうし………」

言いながら気付いた事実に、手が止まる。

「…違う。私…18………になったんだ…」
「18かぁ!俺達丁度いい年の差じゃない?!ねっ?!」

そうだ、私、18になっていた。というか、《あの日の後に》なるはずだったんだ。ずっと竈門家へのお礼の事で頭がいっぱいになっていたし、その後も自分の誕生日なんて考えている余裕がなかったから忘れてたけど。

「え、否定しないってことは…!?」

あの事がなければ、私は、笑顔で皆に囲まれながら年齢を一つ重ねていたのかも知れない。こんな惨めで苦しい日々の中ではなく…。

「ふへへ、嬉しいよ!俺達運命だったんだねっ!」

思いがけず、あったかもしれない優しい未来を想い描いてしまい、瞳が潤んでしまう。

「今、西洋風の結婚式が流行っててさ、その中で、女の子に永遠の愛を込めた指輪を送るのがあるんだって!桜ちゃんはどんな指輪がいい?その薔薇の首飾りとお揃いの指輪とかどう?!」
「……バラの首飾り」

首元のネックレスを手に取る。ガラス細工で出来たこのバラのネックレスは、私と共にお墓からで出来た物。お墓から這い出た直後のぼんやりした時は、炭治郎君と禰豆子ちゃんがケータイの代わりにくれたんだろうなと思っていたけれど……。もしかして誕生日プレゼントとしてくれようとして、た?

(そう言えばあの時、炭治郎君…一人で町に出掛けてた…。着いていこうとしてたら珍しく…というか初めて困った顔してたし…)

勝手な思い込みかもしれないけれど、炭治郎君が私のために悩みながらこれを選んで、照れ笑いしながら渡そうとする場面を想像してしまい、おもわず頬に涙が伝った。

「うえええ!!?桜ちゃんど、ど、どうしたの?!」

善逸くんが大声をあげながら私の前まで来て、大袈裟すぎる程にあたふたとしながら言った。

「何かすることある?!欲しいものある?桜ちゃんのためなら何でもしちゃうよ俺?!」

欲しいもの…と言われて、真っ先に浮かんだ《象徴》。

「………が欲しい」
「え!なになに?!」
「幸せで咲く花が欲しい」

バラのネックレスが辿ったであろう結末から、連鎖的に竈門家の皆が生きていて幸せに笑っているもしもの未来を想像してしまい、また涙があふれてくる。

「………」
「皆が、幸せだって笑ってくれる花が欲しい」

竈門家は大正時代での幸せの象徴であり、幸せの象徴は花でもあった。

「………」

どうにもならない状況。どうにかしなければならない現状が、あったかもしれないもしもの未来を、より残酷で美しいものに輝かせた。


「………。わかった…!!」

善逸くんは勢い良く立ち上がって宣言し、

「取ってくるよ俺!」
「え……どこにいく…………行っちゃった」

部屋を飛び出して何処かへと走っていった。


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