112:甘野老と宿り木

「桜ちゃんはい、これ!」

善逸くんはそれから数時間後の夕方に花を抱えて帰ってきた。

「これ……」

土で汚れた手で目の前に突きだしてきた花は、二つ。
一つはスズランに似た、アマドコロと言う白い花。もう一つは小さな白い実のような花をつけたヤドリギという花。どちらも雲取山に自生していた、そう珍しくない花で、私も何度か摘んだ記憶がある。けれど、その花の持つ意味に気付き手が震える。

「どうして、…」
「桜ちゃんのために、山から取ってきたんだ」
「どうして、この花なの?」

だってこの二つの花言葉の意味は……。

「女の子って花とか花言葉好きじゃん?だから俺いくつか覚えててさ」

そう言って善逸くんは優しく控えめな笑顔で、アマドコロを差し出して言った。

「元気を出して」

アマドコロを受けとると、善逸くんは控えめな笑顔から、女の子を口説くような腑抜けた表情に変え、ヤドリギを手渡してきた。

「これはね、キ」
「困難に打ち勝つ…」
「……え?困難?あ、あぁ、そ、そうそう!困難に打ち勝つ、ね!そう!困難に打ち勝つ!!」

元気を出して。困難に打ち勝つ。
それは、今の私に足りないもの。今の私に必要なこと。


「……私は」

一週間以上も暗い部屋に引きこもって、うじうじ考えて何か物事は前進しただろうか、解決しただろうか。……ううん、何もしてない。同じ事ばかりを考えて、嫌だ、どうすればいいか分からない、困難ばかりだと、

「泣いて、逃げてばかり…」
「別に、泣いて逃げてもいいんじゃない?」
「え?」

いつの間にか漏れでた一人言に、善逸くんがポツリと返してきた。答えに導いてくれそうな台詞に、言葉の続きを待つようにじっと見つめた。

「あ?え、えー、えーと、俺が支えてあげるというか!」
「………」
「ほら、抱えすぎても疲れちゃうしさ!?」
「………」
「えー……あ!そう!最後まで諦めなければいいんじゃないかな?!」

諦める、善逸くんのその言葉が心の琴線に触れた。
諦める?……仇をうつことを?炭治郎君と禰豆子ちゃんを探すことを?それだけは、絶対に

「嫌だ」

自分の中で消えかけていた闘士の炎が灯るように、熱い想いが胸から身体全体に広がる。

「絶対に諦めたくない」

諦めたくない。なら、考えなきゃ。
いっそのこと物事をシンプルにして考えるんだ。一度に解決しようとしなくていい。私にそんな器量の良さはない。一度に全てを取り戻そう、解決しようとするから、雁字搦めになってしまう。

私は何が怖いのか。

苦痛の中で死ぬのが怖い。そんなのは当たり前だ。生物が持つ本能として自然なこと。
殺すのが怖い。むしろ人として正常な証じゃない。
自分の力が怖い。力に溺れるよりマシだよ。
鬼が怖い。殺そうと襲ってくるのだから怖いに決まっている。それと…




目を閉じて、花子と呼ばれた鬼の子と、その目の前で生き絶えていた母親らしき人を思い出す。




元は人間かもしれない、《正体の分からないもの》を相手にする恐怖。ようは、相手を知らないから怖い。……なら知ればいい。知ることは、理解と対処につながる。

(私はそれをつい先日体感したばかりじゃない)

そう思って、善逸くんを見る。

最初は善逸くんの親切が怖かった。意味が分からなかった。突然結婚だの言われ優しくされ、裏があるとしか思えなかった。だけど善逸くんを知っていけば、それは彼自身の純粋な優しさと女好きの性分から来ていると理解した。優しさには感謝し、口説きは彼なりの挨拶として対処すれば、勝手に感じていた恐怖は消えていった。

一気に最終目標である、強くなって仇を打つ。からではなく、まずその第一段階として、私は《鬼という存在が何なのか知る必要》がある。それにはどうすればよいか。そう考えていると、ふと三郎さんの言葉を思い出した。





「そんな、あり得ないです…。人喰い鬼だなんて」
「だがいる。人喰い鬼も、鬼狩り様も昔から」
「だけど、鬼なんて……」






そうだ。《鬼狩り様》だ。鬼を滅する術を持つという鬼狩り様なら、鬼についても詳しいだろう。


「決めた……」

善逸くんに貰った花を胸に抱え、バラのネックレスを握り前を向く。
私は、炭治郎君と禰豆子ちゃんを探しつつ、同時に鬼狩り様も探す。まずは、私が立ち向かっていく鬼について知る事から始めよう。

泣いてもいい、弱音だって吐き出してもいい、未解決の問題を後回しにしたっていい、立ち止まって逃げてもいい、諦めさえしなければいいんだ。不幸に浸ることなく私に今出来る事を少しずつ精一杯やっていこう。諦めずに進んだ先に、未来があると信じて。


「お、音が……」
「善逸くん」

善逸くんを見ると、なぜか、口をあけてぽかんとしていた。その表情に疑問を抱きながらも、花を片手でもったまま、

「ありがとう」
「え、」

感謝の言葉を伝えながら、善逸くんを抱きしめた。

「ひぃいーーー?!あっ!あっ?!あーーー?!俺もしかして、女の子に抱きつかれてます?!柔らかいんですけど?!柔らかいんですけど?!これは現実?!」
(…………う、うるさ…)

鼻息の荒らさと、声量の大きさ、異常に動く両手、興奮したようなハイテンションに若干引いてしまったけれど、ゆっくりと心をこめて善逸くんに伝えた。

「最初からずっと励ましてくれてたんだよね?」

うるさくしつこいくらいに騒いでたのは、きっと善逸くんなりの慰め方だったんだね。

「ありがとう。善逸くんのおかげで、私、また頑張れそう」
「え」

善逸くんは、ぴたりと動きを止め、静かに固まった。

「本当に善逸くんのおかげだよ。……ありがとう」
「俺、のおかげ…?」
「うん」
「…………………………」
「……?」
「…………それは」
「うん?」
「…………妻になるよって意味?」
「違う」
「本当否定する時だけ辛辣よね?!」

善逸くんから離れて、貰った花を自身の目の前に持ってきて匂いを嗅ぐと、爽やかな花の香りが鼻腔を占めた。

「今までは、お花をあげる立場だったから、なんかお花を貰うって凄く新鮮。…ふふ、嬉しい。ありがとう」
「………わ、わ」
「わわ?」
「わらったーー!!!!」


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