108:そしてすべてが反転する

あの二人が鬼となり襲ってくるのではないかと怯えながら過ごしていたけれど、再び出会う事はなかった。
恐怖も薄れつつある、輸血から数日後のある日。私は、炭治郎君と禰豆子ちゃんの捜索を本格的に開始した。
炭治郎君と禰豆子ちゃんの行方を聞きに役場に訪れたり、町中を探し歩いたり、色んな人達に聞き込みを行いながら、大宮郷内を転々としたけれど、似た人を見たという情報すら掴めない。

安い宿を借りるか野宿しながら、日雇いの仕事を見つけ、その合間に探し歩く日々。鉄道開拓途中の土地なのもあり、身元のよく分からない、得意な事も力もない女でも雇ってくれる仕事はあるにはあったけれど、選択肢は限られていた。一日働きづめで得られる対価は、片手で僅かに重さを感じる程度。生活はその日暮らしの困窮した日々だった。

貧しさでいったら、竈門家の最初の頃とそう変わらなかったけれど、心情はまるで違った。イベントのように楽しかった原始的な洗濯や食器洗い、草むしり、掃除は、ただの辛い肉体労働に。お腹いっぱい食べれなくても沢山の笑い声溢れる食卓は、一人でただ無言で食べる、栄養摂取という作業に。

皆生きるのに、精一杯だ。私よりひどい環境で暮らす人は沢山いるし、生活の質を落としてまで知らない女に施しを与えるなんて人はいない。中には優しい人も沢山いたけれど、関わりが二度続くことはなかった。
竈門家の皆がいかに優しかったのかを身をもって実感する毎日。皆との恵まれた幸せだった日々を思い、涙した夜は数えきれない。けれど、今もどこかで生きている炭治郎君と禰豆子ちゃんを思えば、この辛い日々も挫けずに頑張れた。


こうして日々を過ごし、大宮郷に来てから一月が過ぎた。
この一月で大宮郷の全域を探し尽くし、ここにいる可能性は低いだろうと判断した私は、次に東京府の中心地へと向かう事を決めた。
手掛かりを探す中で、「一度都会の中心地に行って行政の助けを借りたり、より沢山の人に聞き込みをしてはどうか」との意見が多かったからだ。


日の出と共に大宮郷を出発し、考え事をしながら歩き続けていれば、いつの間にか夕日が影法師を作る時刻になっていた。
オレンジ色に照らされた地図を、竹雄くんに教えてもらった通りに正しく持ち直し確認する。

「北がこっちで、向きはこう。だから…」

地図に記された次の村までは、今日移動した分と同程度の距離を歩かないと着かない。

「そろそろ、寝る場所探さなきゃ……」

寒さを凌げる場所を探し暫く歩くと、偶然、道の傍らに小さなお堂を見つけた。長いこと使われていないのか、木々が生い茂っており、入り口を塞いでいる。

今日は此処で休もう。

野宿に慣れた脳が即決し、入り口を塞ぐ木々の枝をかき分け進んでいく。

「いっった!!!」

途中、左手の甲に激しい痛みが走った。
声に驚いた数羽の鳥が一斉に飛び立ち、木々が揺れる。
反射で押さえた所を見ると、小さなかすり傷が出来ていた。それは、紙で切ったくらいの小さな傷。

「……」

これくらいの怪我は過去に何度も経験しているから、痛みの程度は知っているはず。それなのに、手の甲は鋭利な刃物で切り付けられたような痛みを訴えている。《この程度のかすり傷で、こんな強い痛みを感じるのはおかしい》。

「まさか、どく…?」

焦り、枝を見る。

「……普通の木…、だよね…」

毒々しい色やトゲがあると言った、変わったような所はないように見えた。無意識に景色の一部として毎日見ているような、どこにでも生えていそうな、普通の木にしか見えない。

「なんなの。……もう、い」

頭振って、黙ってお堂の中に入った。



お堂の中は大人10人程が横になれるほどの広さの空間が一つ。部屋の奥には、私より半分ほど背丈の低い、鉄製の仏像が安直されていた。親指と人差し指を合わせ輪を作った両手は、右は手の平を向け胸前に、左は手を差し出すような形をしていた。仏像の手の形は色々な意味があり、この仏像の場合は、たしか……《極楽浄土にお迎えしましょう》という意味だと、葵枝さんに教えてもらったのを記憶している。
けれど、人々の心の安らぎとして毎日拝まれていただろう仏像は、埃が被り身体は鉄錆びで変色していた。随分前に人々に忘れ去られのが容易に想像出来た。

仏像以外は何もなかったけれど、年月が経過した建物の割に隙間風はなかったので、床の埃を布で拭きとれば、休む場所としては十分だった。仏像の横の壁に背中を預け、羽織で全身を包むようにくるまる。今も熱を伴って痛む手の甲を羽織りの先で強く抑えながら我慢をして目を閉じたけれど、痛みで眠れない。自身を慰めるように竈門家の皆との日々を思い出していると、突然出入りの観音扉が音を立て開いた。



「うまそうな血の匂いだなぁ」

月光が照らした姿に、声も無く固まる。

扉の前には、2メートル近い男がたっていた。肌は土色で、髪がない頭部には一本の尖った角。目は爬虫類のようにぎょろっと大きく、左右で違う動きをしてる。下半身は普通なのに、広い肩幅にぶら下がる両腕は樽のように太く、手も大人3人分まとめて掴める位に大きい。

明らかに人間ではない、異形の姿の化け物。これはきっと、

「お、に…」

「ひゃひゃ。そうだとも。おまえを喰う鬼だ。この俺様の血鬼術で、おまえの骨を全て砕いてから、しゃぶり食ってやる」

牙を覗かせた口で舌なめずりをした鬼は、左腕を天に向かって上げた。

「血鬼術、大力無双」

太い血管がぶちぶちと音を立てながら左肩から左手まで流れるように浮き上がった後、左腕全体が真っ赤に染まった。その変化に唖然とした次の瞬間、目の前には鬼の体。
鬼は赤く染まった左手で、横にある仏像を掴み、にやっと不気味に笑う。
その直後、バキッという音の後に、床に重い音を立て何かが落ちた。
恐怖から、震え始めた身体。ゆっくりと首と視線を下に傾けると、腰を境にして真っ二つに割れた仏像が床に転がっていた。


鉄が手の力だけで、割れた…?


「この左手すごいだろぅ?次はおまえだ」
「!やめっ」

咄嗟に庇う様に突き出した両腕ごとお腹を左腕で掴まれ、持ち上げられる。

「いやっ!離して!ぐ、苦しい!!」

ゆっくりと力が込められ、苦しみに喘ぐ私を楽しそうに眺めながら、興奮する鬼。眼球は高速で左右別の動きをし、よだれを垂らして喘いでいる。幼児がトイレを我慢するように内股の姿勢になり、そこを右腕で押さえつけ騒いでいる。

「あひゃあは!はぁはぁ!たのぢぃよぉ!!苦しむ姿が興奮するよぉ!!きもちぃよぉ!!」

更に、ギュッと力を込められた。圧に耐えられなかった骨が、連続して砕ける音がした瞬間。視界が真っ白になり、電気が走った。

「あぁぁ!!!いだい!!!いだい!!」

《右腕を切断された時よりも、何倍にも感じる激痛》に気が狂ったように絶叫する。

「あひゃひゃー!これだよこれぇえぇ!!ぎもぢぃー!たのちぃーー!!そーれ!ちねぇえーー!!!」

お腹に裂けるような圧を感じた瞬間、死を察する。ぷつりと意識が途切れる寸前、黒い彼岸花が見えた気がした。





































「がはっ!!!」

叩き起こされたように意識が急覚醒した瞬間に襲ってきた息苦しさに、何度も咳き込む。水の中で溺れていた肺が水で満たされる寸前に、ようやく酸素を吸い込めたような、痛みを伴う苦しさ。生理的な涙と涎を床に垂らしながら、酸素を求め必死に浅い呼吸を繰り返した。

「おまえはなんなんだ……!!」

声にはっとして顔を上げると、鬼は恐怖と苛立ちと混乱に顔を歪めていた。
周りは血だらけで、私の白い着物はお腹を中心に赤色に変色し、着物は腰から下が破れていて、血液の水分だけでかろうじて身体にまとわり付いている状態だった。

「確かに死んだはずだ!!!!」

そう。私は死んだ。確実に死んだのは分かった。だって、あの死ぬ前に訪れる暗闇には、覚えがあったから。

「せっかく身体をまっぷたつに割ってやったのに、なんで生きてんだよ!!!あの黒い花はなんだ?!鬼でもねぇ!なんなんだよ!!」

鬼は躍起になって様子で、左腕をあげた。

「また、殺してやるまでだ!血鬼術、大力無双!!!」



けれど、鬼の腕が赤色に変わることはなかった。

「あぁあ??!!け、血鬼術、大力無双!!!!大力無双!!!!」

何度も鬼が狂ったように叫んでいるが、何も変わらない。

「てめぇなにしやがった!!!ぶっ殺してやらぁあ!!!!」
「!!」

冷静を欠いた鬼が右腕で殴りかかってくるのを、庇う様に両腕をつきだした。



「……?」

おとずれるはずの衝撃も痛みもなく、不思議に思い、閉じた目をそっと開けると、私の左手は、鬼の右手を掴んでいた。

「けっきじゅつ」と叫ぶ前から、樽ような太い腕は変わらずなのに、見るからに常軌を逸した腕力のはずなのに、鬼の右腕は筋が浮かぶ程に力を込めているのに、…私はそれを軽々と受け止めている。

「ふ、ふ、ふざけんじゃねえ!!」

鬼が混乱したように右手を引っ込めた瞬間、私は、ほぼ無意識に、横に落ちていた真っ二つに割れた鉄の仏像を手に取り、フルスイング。

「ぐわあっ!!」


鬼は入口を破壊しながらふっ飛んでいった。

「……はぁ、はぁ」

鬼とはいえ生き物に暴力を振るってしまった罪悪感、まだ続く息苦しさと身の危険を察知した脳が異常興奮した状態で、外を覗くと、道を挟んで向こう側の木々がなぎ倒され、その合間から仰向けの鬼の足が見えた。


逃げるなら今しかない。そう判断し、お堂から飛び出し走る。力が入らず、歩く速度と変わらない逃走劇は、数秒で終わりを告げた。

「ゆるさねぇえ殺す!!殺す!!!今度こそ死ねやぁあ!!」

鬼に背中から馬乗りにされ、そのまま首を絞められた。左腕は、足で左肩を蹴られた衝撃で外れたのかピクリとも動かない。

首を絞めてくる鬼の手を、無事な右手で放そうと必死に爪を立てる。

(やめて、もう痛いのやめて、本当に痛いの!!)

「死ね!しね!ちね!!」

首を絞める力が強くなってくるのとは逆に、鬼の手を掴む力が弱くなっていく。

(苦しい…また、死んじゃう…、私、死ねないのに…。炭治郎君と禰豆子ちゃんと合って、皆の仇を、取るまでは、死ねない…)

「はやくちねぇ!!!」

酸欠から目の前が薄まって、思考がクリアになり、本能だけが残った。

(またしんじゃう、いや、しねない。…、……死にたくない)

だから、

(殺されるくらいなら、殺してやる)

そう思った瞬間。右手の爪が伸びて、鬼の手に食い込んだ。

その直後。

「!!!!」

鬼は勢いよく私の上から離れ、何かはっとした様子でその場に固まっている。
涙と涎を垂らして咳き込みながら見ていると、鬼は目を激しく揺らし、混乱した様子で「これは。なぜだ」と狼狽している。その内に、沸騰した水泡が水面に浮かぶように、鬼の身体中がぼこぼこと脹らみだす。どんどん身体が歪に膨らみ、でこぼこの風船のように膨張した後、鬼は絶叫を上げながら爆散した。




肉片と、血飛沫の雨が降り注いだ。




「きゃぁぁあ!!」

グロテスクすぎる光景。自身の周りには痙攣する肉の塊と血溜まりと異臭。それを真上からかぶってしまい、あまりの気持ち悪さに、嘔吐する。空っぽの胃からは胃液しか出なかった。


身体中が異常な程に震え、呼吸もままならない。
少しでも、肉片と血溜まりから離れようとするけれど、立ち上がる事が出来ずに、這いつくばりながら、移動する。

「あ…ぁあ…!あ!」


混乱する脳内に一つ一つ浮かんでくる、過去の出来事。


右手の爪が伸び、鬼を殺した私の右手。
鉄の塊で鬼を吹き飛ばし、鬼の攻撃を止めた私の左手。
鬼の何も変わらなかった左腕。
殺され、死んだはずの私。
「けっきじゅつ」で変化した鬼の左腕。
ありえない程に痛かった、ただのかすり傷と輸血の注射。
あの男に殺されたはずなのに、墓から這い上がって、今も生きている私。
竈門家の皆を殺した、あの男の鋭い爪。
あの男に切り落とされた、右腕。
大正時代に来る前に、おかしな空間で食べた黒い彼岸花。


「あぁあ…!!」


左手は、鬼が持っていたはずの剛腕へと。
右手は、皆を殺した鬼のように、爪が鋭く尖り、全てを殺す力へと。


「だ、だ……だれか…」


脳内に、沢山の黒い彼岸花が浮かんだ。
散りばめられた欠片の情報が一つの塊となった、瞬間。忽然と理解する。



私は黒い彼岸花から、《私を殺した相手の能力を奪う力》を得たのだと。





道の端に辿りついたと同時に、夜が明け、東の空から光がさした。日に照らされた肉の欠片は炭となって消え、その場に残ったのは、頭から血を被った私と、血の海だけ。
その光景を目にし、朝日に背を向け、涙なくうずくまる。





必ず復讐すると皆の墓前に誓った。私は、どんな苦痛にも耐えるから、復讐の力が欲しいと死に際に願った。そして、得たのだ。
激しい痛みを伴いながら殺され、死ぬことによって化け物の力を奪う、復讐の力を。

近くに咲いていた花が枯れていくのをみながら、震える手を祈るように組み、請う。


「私は……これからどうしたらいいの…。だれか…おねがい。誰か、た」


続きの言葉は、誰の元にも届かなかった。









未来から過去へ。花を咲かせる力は、花を枯らす力へ。子供のような力の手は、鉄をも裂く剛腕と、鬼殺しの手へ。黒かった髪と目は、白へ。竈門家と皆と笑顔溢れた日々は、一人ぼっちの辛く表情のない日々へ。生きたいと願った輝く想いは、死ぬことによって、欲した復讐の根源へ。
転がり落ちるように、すべてが反転した。







《ワタシトチガウ…》










※大正コソコソ長い噂話※

このお話以降真実編へと進んでください。



2〜3章辺りの炭治郎→桜のイメージソング「君の神様になりたい」
ユメシュorユメヌシのイメージソング「彷徨いの冥〜天〜」
2章のイメージソング「花の唄/Aimer」


この連載には大きなテーマが2つあります。
その内の一つが、「生と死」です。
桜は、大正時代に遡る前に、《「死にたい」と黒い彼岸花》を食べました。けれど実際に鬼に襲われ死にそうになって「死にたくない」と思い直し、竈門家との関わりから「生きたい」と執着に似た決意をします。1章内でも生きることを諦めない等何度か言っています。
「死にたくない、生きたい」と願った桜が、「死ぬことによって」復讐の力を得るのは、とてつもない皮肉なのです。
だから、連載タイトルが、黒い彼岸花ではなく、黒イ死人花(彼岸花の別名)なのです。


↓微弱な原作のネタバレがありますので、アニメ派の方は注意してください。ご理解いただけた方のみ反転してお読み下さい↓

この桜の生と死のテーマは、鬼舞辻無惨と同じ、もしくは正反対の構成とっています。

無惨は病に侵され「生」に執着していました。偶然にしろ、青い彼岸花を口にした事により、死の間際の病弱な身体から、強靭な身体の鬼となり、その命は死から生へと転じました。

これは、《「死にたくない、もしくは、生きたい」と青い彼岸花を食べた》、と変換してもよいと捉えました。この構図は、桜と正反対です。

本誌の最終決戦で無惨があそこまで意地汚い生への執着を見せるとは思わなかったのですが、その事により、桜との対比がより強調されて、内心「ラッキー♪」っておもいました。



分かりにくかった人のための補足。85話を読むと分かりますが、無惨は桜を鬼化させていません。むかつく事言われたのでイライラして普通に殺しちゃいました。短気な無惨様なので。桜の血液から無惨の血が出たのは、右腕から採血したから。能力は血だから。
桜は、自分を殺した相手の能力を奪って生き返ります。右手は、無惨の鬼を殺す力。左手は今回の鬼の剛腕の力、を奪ったのです。けれど万能ではありません。無敵に思える鬼でも、太陽・日輪刀という弱点があるように、桜にも、通常の何倍も痛みを感じる&死ななければ奪えないという、副作用?弱点?があります。
無惨様の能力を奪って無惨は何も感じなかったのか(無惨は右腕のみの力を奪われた)?珠世様達はなぜ接触してこなかったのか?という疑問の答えはまた別の話で書きます。
関連話 487


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