107:七つ、八つ

北の道を進んだ先の険しい山道を5日間かけて、噂で聞いていた町へと出た。この町の名を大宮郷と言う。

山から町の中心地らしき場所に向かって歩いて行くと、《鉄道の線路》と言うのだろうか。大人二人分の身長幅のレールが、反対側の地平線の先まで続いており、その上を沢山の人が埋め尽くしていた。

怒声飛び交う現場には、鉄筋や物を運ぶ人、地面を均す人、大型の機械と連携して部品を接続する人、それらを指揮する人等がいて、沢山の人が無造作に動いているように見えて、各々の役割に担った仕事を的確に熟しているのか、少し眺めている間にも、着々と線路は距離を伸ばしていく。未来の様に無人の機械に頼らず、人の手で完成させていくその様は見事としか言いようがなかった。

働いている半数以上は成人男性に見えたけれど、中には十代前半らしき男の子の姿も確認出来て、目を凝らしながら炭治郎君と禰豆子ちゃんを探し歩いた。

けれど二人の姿は見当たらず、諦めて更に中心地へと進むと、その先には視界に収まりきらない程の酒場や飲食店などが密集していた。昔からの町といった雰囲気ではなく、鉄道開拓の人達ために急遽作ったハリボテだらけの露店街と言った所だろうか。

全身を土埃で汚した人達とすれ違う度に顔を確認しながら歩いて行くと、今度は東の町に似た宿場町の様な場所に出た。レトロな着物を着た家族や友人同士が楽しそうに笑い合っており、先ほどの喧騒とは違った、賑やかな話声が聞こえてくる。

今の心情的にこの場所は眩しすぎて、自然と肩身が狭くなる。そんな気持ちのまま歩いていたせいか、いつの間にか人気の少ない薄暗い公園に来ていた。

(疲れた……。お腹、すいた……)

五日間も山を歩き続けた疲労と、持って来た食料も底を尽き、昨日から何も食べていない空腹が最大になり、崩れるように近場の長椅子に座った。


今まで歩いて来た町を見る限り、働く場所には困らなそうだし、人も沢山いたので、確かに二人がいる可能性はあるかも知れない。その微かな希望に反し、人の多さと町の広さ、連絡手段はなく、お金も手持ち分しかない、花は咲かせられない、身分証明書もない、帰る場所もない、ありとあらゆる不安が、実感を伴って心臓を突き刺す。たった一つ町を訪れただけなのに、私がしようとしている事の途方もなさと、早く見つけなきゃという焦燥感が胸に渦巻き、弱音として口からあふれ出そうになるのを、「ダメ」と頭を振って我慢する。


(二人が辛い思いをしているかもしれないのに…弱音なんてはいちゃだめ)


重要かつ最大の目的は、まず二人を探す事。それと並行して皆の仇、あの男を殺す方法を必ず見つけ出す事。
再度、自分自身に強く言い聞かせた。

(明日は炭治郎君と禰豆子ちゃんの聞き込み。役場にも聞いて……、後は泊まるところと、お金もかせがなきゃ……。やることいっぱいだな…)

夕日の光を浴びながら、ぼうっと考え事をしていたら、いつのまにか寝てしまっていた。








次に目を覚ました時、空は夜の色に染まっていた。東の空だけが僅かに色が薄かったので、明け方に近い残夜なのだろう。

寒さに鼻をすすりながら辺りを見回すと、寝る前にはなかった人の行列が出来ていた。公園の出入り口に差し掛かった行列の最後尾の先を辿ると、公園の隣にある簡易的な木製の建物に続いている。
何となく近寄って見ていると、最後尾の無精髭を生やした中年の男性に話しかけられた。

「あんたも、輸血にきたんか?」
「ゆげ…。ごほっ。…輸血ですか?」

久しぶり発声したせいか、掠れた声が出てしまった。

「あぁ、知らんのか?お医者様が血と引き換えに金をくれるんだよ。みんな金に困ってるからなぁ」

言われて列に並ぶ人達をよく見ると、やせ細った人や、ボロボロの着物の人など、明らかに貧困層と言った人ばかりだった。
男性の話によると、30年程前に何千人もの人が逮捕された、農民が起こした反乱があったそうだ。逮捕された大部分の人達はすぐに保釈はされたものの、犯罪者のレッテルと政府からの監視の目があり、まともな仕事につけずに顎が干上がり、今に至るのだと言う。この先に貧困の人達が暮らす区域があり、無精髭の男性もそこに居を構えて、日々ひもじく暮らしていると笑っていた。
東の町にしろ、日が差す場所には必ず影があるのだと改めて思い知らされた。

「しかもよ結構羽振りが良くてな。噂が噂を呼んで、こんな行列になっちまったわけだ。まぁ夜限定ってのが、…しんどいけどなぁ」

男性はあくびをして眠そうに目を擦った。
おそらく北路さんが言っていた「輸血をすればお金がもらえる」とはこの事なのだろう。

「ほら、あんたも並んどきな」
「え、私は…」
「まぁまぁ。せっかくだ、もらえるもんはもらわなきゃな」

そう言って無理矢理列に並ばされ、男性の身の上話を聞きながら順番を待っていれば、あっという間に私の番になった。男性は輸血を終え、ほくほくの笑顔で帰っていく。

中に入ると、空間を二つに分けるように、白い布のスクリーンパーテーションで仕切られていた。その向こう側に、椅子に座る影と後ろに立つ影が見える。

「次の者入れ」

尊大な口調の声に従い、パーテーションの横から奥に進むと、着物の上に白衣代わりの割烹着を着た美しい女性が座っていた。

儚いけれど、熟した果実のような艶やかな容貌に、一瞬息が止まる。

「こちらにお座りになってください」

見惚れながら、指定された椅子に座ると、女性の後ろにいた同い年くらいのツリ目の男の子に、小袋を投げつけられる。

「輸血の対価はこれだ。利き腕を台の上に出せ。腕は自分でまくれ。珠世様の手を煩わせるなよ」

ツリ目の子の指示に従って利き腕を差した後に、あるものを見てしまい、思わず驚きの声が出る。

「えっ!」
「なんだ」
「…いえ、すみません。……なんでもありません」

ツリ目の子から珠世様と呼ばれた女性に手渡された、その注射。


(うそ…注射の針太くない?!昔の針ってこんなに太いもなの?)


未来ではありえない、その注射の針の太さと長さに怖気づく。


(あんなに太いの入れて大丈夫?血管壊れない?血ちゃんと止まる?本当に大丈夫?)

正直、注射が恐くて今にも止めますって言いたかったけれど、幼子のようで恥ずかしかったので、目をぎゅっと閉じ必死に恐怖を耐えた。

「すぐに終わりますから。力を抜いてください」
「〜〜〜〜〜〜〜っうう!!!!」

優しい声の数秒後に訪れた想像以上の痛みに、思わず声が出てしまった。我慢できる範囲ではあるけれど、とにかく痛いものは痛い!

「これは…」

数十秒が数分に感じる採血時間を終え、針が抜かれた場所にガーゼを当てられたので、すぐさま強く押さえつけ痛みの余韻を抑える。今、目を開けたら涙目になっているのがばれてしまう。もう遅い気もしたけれど、注射で痛がり涙目だとバレるのが恥ずかしく、目を合わせないようにお辞儀をして、急いで外に出ようとした時。

「お待ちください!!」
「はい?………っひ」

必死な声色だったので、目を擦ってから振り返えると、さっきまでは普通だった珠世さんの目の瞳孔が猫の様に縦長に変化していた。……皆を殺したあの男と同じ様に。

「…あなたの血液か」

まさか、鬼?だけど、皆の仇のあの男や大正時代に遡った時に襲ってきた鬼、三郎さんに聞いた鬼とは違って、怖い感じはしない。けれど目が普通の人間ではない。

(どうしよう。今のままじゃ勝てない…。また殺されてしまう……!)

「……いえ、単刀直入にお伺いします。貴女は何者ですか」

何者かなんて私が知りたいくらい。

「……わ、わたし」

珠世さんの後ろに立つ、ツリ目の子の瞳孔もいつの間にか同じ様に細長くなっているのに気づき、恐怖で背筋が凍った。

「あの、……私、注射いたくて。その…すみません…!!!」
「おい待て女!!」
「愈史郎待ちなさい!夜が明けます!」

走って逃げた先の空は黎明の光さす、明け方だった。











「珠世様、あの人間…稀血がどうかされたのですか」
「この彼女の血液から、極わずかですが、鬼舞辻無惨の血を感じました」
「……!ならあの女は鬼?…鬼の気配はしませんでしたが…」
「…分からない……。…けれど先ほど日の下で無事な所を見ると、人間もしくは、日を克服した鬼か…。いずれにしろこの血を詳しく調べる必要があります」










※大正コソコソ噂話※
どんな状況でも金は手放さない桜なのであった。
大宮郷とは現在の秩父市の事です。30年前の反乱は秩父事件の事。桜は山を越えて埼玉県に進んだのです。


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