8:花と血のにおい
その日炭治郎は、炭を売りに隣町の更に東にある大きな町に訪れていた。通称、東の町と言う。あと一月もしない内に、父が亡くなり始めての正月を迎える。まだ悲しみの匂いが消えない皆を元気づけたくて、少しでも美味しい物を食べさせてあげたかった。そのためには、長男である自分がしっかりして家族を支えるのだと、雪に覆われた道なき道をひたすら歩き続けていた。
「今日は一段と冷えるな」
町まであと少しの山の麓で一度立ち止まり、寒さでかじかむ手に息を吹きかけこする。
辺りは一面雪景色。降りはじめた積雪は膝よりまだ下だが、明日には膝を越えるだろうと自身の経験がいう。今日中に炭を売って帰ることは難しそうだと考えていると、ふと、視界の端に紫色が写る。遠かったが、白一色の中に紫色はよく目立った。
「うーん…あれは、藤の花か?」
確か、ここ一帯は藤の花が有名だったはず。けれどそれは、藤の花が咲く春の話。なぜ今の時期に一つだけ咲いているのだろうか。不思議に思い、藤に向かい歩き出し数歩。
「っ!血の匂い!」
血の匂いは藤の花の方から漂ってきた。しかもかなりの量の血の匂いだ。怪我をして動けず困っている人がいるかもしれないと、急いで駆けだす。徐々に近づく藤の木の根元に雪に埋もれる人影を見つけ、更に速度をあげた。
「大丈夫ですか?!」
倒れていたのは、妙齢の女性だった。身体半分を雪に埋め横たわる女性の状態は酷いとしか言いようがなかった。身体中血だらけだが、首筋や背中から更に濃い血の匂いがする。肌は病的に白く、触った手も氷のように冷たい。
「大丈夫ですか?!聞こえますか?!」
返事はない。生きていてくれと願いながら、口元に耳を当て集中する。
「生きている!」
確かに聞こえた生命の音。けれどそれは弱々しく今すぐにでも消えてしまいそうだった。
炭の入った籠を投げ、防寒用の上着と巻き物を少しでも寒さを凌げるようにと、女性に羽織らせる。最初は雪で気付かなかったが、下がほぼ何もはいていない状態だと気付き、さらにもう一枚服を脱ぎ腰に巻き付けた。
傷に触らないようにそっと女性を背負う。
(なんて冷たい身体なんだ…。こんなに傷だらけで…。どんなに痛くて寒くて辛かっただろうか)
女性の気持ちを考えると、哀れでならなかった。
「今から医者に診てもらいますから、もう大丈夫ですよ」
身体をなるべく揺らさないようにして、駆ける。意識はないだろうけど、励ましが届けばと声をかけ続けた。
「絶対に大丈夫です!助かります!」
「………く…ぃ」
「え?」
耳が微かな音を拾い、聞き逃すまいと神経を研ぎ澄ます。
「……しにたく…なぃ」
雪にとけて消えそうな音は、生きたいと乞う切実な願い。痛いほどに伝わる想いが胸に突き刺さる。
「大丈夫です!必ず助けます!」