7:藤の夜明け
「ぎゃあーーー!あと少しだったのに!」
「!!」
断末魔の叫び声に意識が急覚醒する。急いで視線を動かし辺りを確認すると、山頂から日が差していた。視線の先には男の姿も声もなく、人一人いない、フジの花びらが舞うだけの―――静かな夜明けだ。
突然の静寂に夢のような錯覚を覚えたけれど、自身の血だらけの肉体と疲労感、フジの花の周りに円を描くように掘られた跡が、昨晩の事は現実だと告げていた。
「助か、ったの…?」
男が諦めて帰ったのかどうかは分からないけれど、一先ずは殺される危険はなくなったらしい。けれど、と自身の身体の状態を確認して、理解してしまう。
このままでは、私は死んでしまうだろう。
そんなのは絶対に嫌だ、這いずってでも町へ戻ってやると、身体にぐっと力を入れた。
殺されそうになって、ようやく気づけた《死にたくない。生きたい》という、本能的な強い感情。
今度は誰かの助けを待っているだけじゃなくて、自ら助けて下さいと、声に出すんだ。怪我を治して助けてくれた人にはちゃんとお礼をして、そして帰り方を探して、絶対に、生きて私の居場所、未来に帰る。
今度は死にたいなんて、二度と思いません。生きる事を諦めません。だから、…だから、お願い。
「動いてよ…私の身体」
出血による貧血が、傷による痛みが、精神的肉体的疲労が、意思に反して身体を動かそうとしない。
「…大丈夫、絶対大丈夫」
それでも、諦めまいと言葉をはき続け、意識を保とうと唇を噛み締める。もしかしたら、ここを通る人がいるかもしれないから、助かる可能性は充分にある。
「大丈夫、たすかる、私は死なない…。あ」
けど、神様は私の事が相当嫌いなようだ。すがり付く私を振り払うような光景に、思わず乾いた笑いがでた。
「…さむいとおもった」
あらゆる音を吸い込むように、雪が降り始めた。
目が閉ざされる間際に見た最後の景色は皮肉にも、雪舞う中のフジの花という幻想的でとても美しい光景だった。