大切だからこそ触れることを恐れた






「クラサメさんの馬鹿アホ間抜け!わからず屋!!もう知らないっ」



名前が部屋を出ていくと同時に大きな音をたてて閉まる扉を茫然と眺める。

事の次第は数時間前へとさかのぼる。


















数時間前、そこは候補生が集まるサロン。

名前は同じ組の候補生の仲間のエースと共に勉強をしていた。
エースとは昔から仲が良く、こうして二人でいることが多かった。


最近は名前がみんなに内緒で隊長であるクラサメと恋仲になったことからあまり一緒にいる時間が減ったが、こうしてたまに一緒に勉強をしていた。

名前はエースにだけはクラサメとの関係を打ち明けていた。
なぜなら、隊長であるクラサメに恋していることをいつも相談していたからだ。




「で、最近はどう?」


エースにそう尋ねられ、返答に困る。


「どう…って?」

「もちろん隊長と、だよ」

「んー、幸せっちゃ幸せなんだけどね」


少し言葉を濁す名前のことを見つめるエース。


「なにかあったのか」

「別になにかあったわけじゃないんだけどね」



クラサメさんはああ見えて優しい。
不満はなに一つない、ないと言えばないし、あるといえば…

そう、なにもされないのだ。

キスはもちろんのこと、抱きしめられもしなければ、手すらも握ったことはない。
ただ彼の私室に行ってお茶を飲みながらお話をして、トンベリと戯れるだけ。



そうエースに漏らせば、彼は押し黙る。


「エース?」

「………………」


授業開始のベルが鳴り、サロンには他の候補生も居ない。


「授業開始のベルが鳴っちゃったよ?」

「………………」

「…教室、戻らないの?」


「名前、」


真剣なまなざしで名前を呼ばれて心臓が飛び跳ねる。



「エース、なんか変だよ?どうしたの?」


「僕は昔から名前のことが好きだ」

「……え?」

「だから隊長に不満があるなら僕にすればいい。僕なら不満を持たせたりはしない」

「なに言っ……」


なに言ってるの、そう言おうとした瞬間に唇に柔らかい感触。
エースにキスされていると気づくには十分だった。

エースから距離を置こうと彼の身体を押すが、男の力には敵わずになすがままにされてしまう。







「授業が始まっているのに、なにをしている」


そんな氷のように冷たく刺さる声にエースは慌てて離れる。

後ろを振り返ればクラサメさんの姿。
そしてエースとクラサメさんはにらみ合っていた。



「早く教室にこい。授業はもう始まっている」


冷たくそう言い放つと、それ以外の言葉はなにも言わずに教室へと向かっていっていまう。



「どうでもいいみたいだな」


そうエースが呟いたのが微かに聞こえた。



教室に戻ってからの授業はなんとも気まずかった。

どことなくクラサメさんの機嫌は悪くて、授業が終わったらちゃんと弁解しに行こうと決心した。





「クラサメ隊長!」


エントランスホールを足早に歩く彼を呼びとめる。

一応候補生と隊長という立場なので二人っきりになれる場所以外では隊長と呼ぶこと、と二人で決めている。



「なんだ」


先ほどと同じで、とても冷たい声で答える。
しかしここで怯んではいけない、と思い二人っきりになれる場所へと移動する。




「クラサメさん、ごめんなさい」


まずは正直に謝った。
エースが勝手にキスをしてきたとは言え、避けることが出来なかった自分も悪い。


「それは自分にも非があったということか」

「はい、気づいたらキスをされてたとは言え避けることが出来なかった自分にも非はありますから」


「……避けることをしなかったのではないか」

「え…?」

「わざとに避けなかったのではないか、と聞いているのだ」

「なに、言って………」


頭の中が真っ白で言葉が上手く発することが出来ない。



「キミもまんざらな気分ではないのではないか」

「………………」

「いつもエースと居ただろう、本当はエースのことが好きなんじゃないのか」


「そ、そんなことないっ!私が好きなのは、クラサメさんです」

「いや、エースのことが好きだから避けなかったのだろう、キミなら避けられたはずだ」



何を言っても信じてもらえなくて、悔しくて涙が溢れた。

きっと私はクラサメさんに信用してもらってないんだ。
候補生と付き合うなんてやっぱり嫌だから手も出してこないんだ。

そんなことが頭の中をグルグルと巡って、気づけば大声で彼を罵って部屋を出て行き扉を乱暴に閉めた。




泣きながら自室に戻る。
追ってきてくれることを少し期待したが、追ってきてくれることはなかった。

私はいつのまにか泣きつかれたのか寝ていた。


すると扉がノックされる音で目を覚ます。


「はい」


寮の部屋を訪ねてくる人物なんて限られているので、誰かなんて確認せずに部屋の扉を開ける。





「誰か確認せずに扉を開けるなんて不用心にも程があるぞ」


少し呆れたような声色でそう呟かれた。

この優しい声を知っている。
そう、悔しいけど大好きなクラサメさんだ。



「なんで、ここに……」

「一応私はキミの組の隊長なのでな、緊急の用事があると言ったら通された」

「え、なんで」

「ひとまず私を中にいれてもらえないか」


頭の中がパニックになりながらも、ひとまず彼を自室に入れる。



「まずは、すまなかった」

「え……?」

「あの時の私は冷静さを失っていた」

「クラサメさんが…?」

「あぁ、よほどキミのことが好きらしい」


予想外の言葉に心臓が止まりそうになる。




「キミを誰にも触れさせたくない」



そう言うと、茫然と立っていた私の腕を引き抱きしめる。
彼の身体は冷えていて、外の香りがする。


「(もしかして、ずっと外に居たの…?)」


初めて彼に抱きしめられ、彼の身体に触れている部分が熱い。




「名前、ずっと私のそばに居てくれるか」


「……はいっ」






















―――大切だからこそ触れることを恐れた



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お正月企画第五弾!
最後のリクエストでした。

蒼さまからのリクエストで喧嘩からの仲直りで切甘で、とのことでのこちらの作品となりました。

以前に短編で喧嘩からの仲直りを書いた時は士官同士でしたので、候補生設定にしてしまいました!
返品受け付けますので、いつでも言ってやってくださいませ。


と、やっとお正月企画が終わりました!
こんなに遅くなってしまって大変申し訳ございませんでした。

今度は20000hitに読者様参加型企画を思いついているので、早く20000hitになるように皆様御祈りくださいませw


2012/1/27


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