行動は常に気紛れ
「なんかさー、突然思ったんだけど、この部屋には色がなさすぎてつまらないよね」
そう呟いたのは、部屋の真ん中で腕を組み、頭を少し傾けながら真面目な顔をして考えているこの家の主人である五条悟である。
話は遡ると数日前、私が暮らしていた家は上の人の不注意で盛大な水漏れを起こし、私自身も上の人も数日間家を空けていたことによって、気がつくのが遅れ、大部分が水浸しになり、すぐに修復出来る様なレベルではなく家を出て行かなければいけなくなった。
工事している間に、と用意されたホテルは勤務地から遠く、近場では数日間も連続で空いてる部屋がなかったということで困っていれば、高専時代の先輩である彼がどこからこの話を聞いたのか「うち、君の勤務地から近いし、部屋も広くて余ってるし、なんなら僕忙しくて家空けることも多いからから、住んじゃう?」と言ってきて、悩んでいるうちに水の被害から免れた荷物たちは彼の家にいつの間にか運ばれていた。
あれよあれよと流されるように彼の家に移り住んでから数日が経った。
任務で家を空けることが多い、なんて言っていたが、割と遠い土地への任務に向かった日もなんだかんだ言って夜中に帰ってきたりしており、ほぼ毎日家に居る。
はじめこそは慣れなかったが、高専時代は同じ寮におり、よく他の先輩方や彼と共有スペースで過ごしてきたので、すぐに慣れた。
彼が唯一、共同生活で作ったルールは二つ。
一つ、ご飯はなるべく一緒に食べる事。
二つ、家に二人がいる時は各自の部屋にいるのではなく、リビングで過ごすこと。
一つ目に関してはなんとなく理解が出来るが、二つ目に関してはむしろ私がリビングに居ては五条さんの気が休まらないのでは?と聞いてみれば、せっかく共同生活するんだから一人暮らしでは味わえない暮らしをしようよ!と言われて頷くしかなかった。
そんなこんなで本日は珍しく二人揃っての非番で、ほぼ昼ごはんな遅めの朝食を食べ、後片付けをし、ソファに腰をかけたところで冒頭の台詞に戻る。
至ってシンプルなこの部屋は黒を基調としており、黒のソファに黒の小さなテーブル、黒のカーテンにテレビがあってと必要最低限のものしかない。
まぁ、男性一人暮らしの家ならこんなものなのではないかと思うところだが。正直なところあまり男性の部屋というものを知らないが。
「めちゃくちゃ唐突ですね。男の人が一人で住んでるんなら、こんなもんなんじゃないですか?」
「えええーっ、名前ってそんな男の人の部屋のこと知ってるの〜??」
口を尖らせて可愛こぶっているが、彼は大の大人である。いや、先程も考えていたがそもそも男の人の部屋の基準を知らないし。
そう思い黙っていれば、彼はそれはもう大袈裟に何か閃いたかのように手のひらを叩き、高らかに言った。
「よし、思い立ったらレッツ模様替え〜!ってことで、まずは新しく置くものを一緒に買いに行こう!」
そこからは早かった。
私の返事なんか待たずに出かける準備をさせられ、気がつけば彼が運転する車の助手席に座っていた。
いつも伊地知さんの運転する車の後部座席に偉そうに座ってるところしか見たことがないが、彼も運転出来るんだな、とか考えていれば少し緩くかけているサングラスの隙間から覗く青い瞳と目が合った。
「あれれ〜?もしかして僕に見惚れてる??」
「見惚れてませんっ!ただ五条さん、運転出来るんだなぁって思ってただけです!!」
本当は少し見惚れていた。けど、そんなこと彼に言うはずはなくて、そう誤魔化してみれば、基本は面倒臭いから運転しないけど今日は特別、とか言われてなんかデートみたい。
というか、その前に今更模様替えなんて必要なんだろうか?彼の考えることは少しも理解出来ない。
そうこうしているうちに着いたお店は大型インテリアショップである。ここは価格が安い分、基本自分たちで家具を組み立てるということが有名なお店。
お店の中にご飯を食べるところもあるんだから、至れり尽くせりである。
お店の中は各部屋をイメージした展示となっていて、それを見ていれば不思議とテンションが上がってきていつの間にか展示のソファに座ってみたりして、楽しんでしまっていた。
彼を見てみれば上機嫌な表情をしていた。完全に乗せられた。
「名前は部屋に何色のソファ置きたい〜?」
「んーー、赤!とか可愛くないですか?これみたいな」
ここまで来たら楽しまなきゃ損!と思い、彼の話に乗ってみれば、私が指差したソファの品番を写真に撮っている。え、まさか買うつもりでは?と、思っていた考えは正解だった。
その他にもいたるところでテーブルや食器、カーテンや照明、ルームマットまで私が良いと言ったものをカートに次々と乗せていき、鼻歌を歌いながら軽快にレジに進む五条さんの手を掴む。
「え、全部私が選んだもの買うつもりですか?」
「うん!ってか、一緒に選んだじゃん〜。このカーテンなんて二人で良いねってなったやつだし」
いやいやいや、そういうことではない。
これでは同棲したてのカップルではないか。まぁ、たしかにこんな所に来るのは大抵、そんなカップルやら家族が多いのだが。
彼はそのままレジへ進み、優雅にブラックカードを出して、あっという間にお会計も終わっていた。
「五条さん、これじゃぁ、私の部屋みたいになっちゃいますよ」
「だって今は名前の部屋みたいなもんじゃん」
「でも、私は今我が家が直るまでの間お世話になってるだけですよ」
「なら、ずっと僕の家に居ればいいんじゃない〜?」
彼はなんの躊躇いもなく、まるで当たり前かのようにそう言ったので私の思考は停止した。
停止している間にも荷物を乗せたカートは車に到着したので、深く考えるのをやめ、しょうがなく荷物を車に乗せるのを手伝った。と言っても、ほぼ彼が一人で軽々と乗せていたが。
帰り道でお腹の虫が鳴ったので、近くのレストランに寄り二人で向き合ってご飯を食べ、同じ家に帰る。
たくさんの荷物を何回かに分けて部屋まで運んで、買った物を組み立てたり、設置したりした。
気が付けば空は少し明るくて、夜が明けた事を告げていた。
いや、今日は二人とも仕事だし。
寝る時間はあとどのくらいあるだろうか、と時計を見れば信じたくない時間だった。
隣に居る五条さんを見てみれば、彼も疲れたのかソファでほとんど寝ている。疲れた、動きたくないとかぶつぶつ言っている。
部屋を見渡してみれば、朝の部屋からは想像出来ないほど印象が変わった私好みの部屋があった。
彼からは想像のつかない部屋である。
「僕はもう動けないのでここで寝るから。名前は自分の部屋に行って寝ておいで」
おでこに腕を乗せながら、目を瞑ったままそう言うと、彼から静かに寝息が聞こえてきた。
ここじゃ、風邪ひくと思っても彼を運べる力なんてないので、私の部屋から毛布を一つ持ってきて寝ている彼に静かにかける。
あぁ、昔もこんなことがあったな。
あの時は真夜中に目が覚めて、寝れなかったのでテレビでも見ようと高専の共有スペースに行くと、ソファで彼が映画の最中で寝てしまっていた。
そんな彼にあの時も自分の部屋から持ってきた毛布を掛けてあげたら、その瞬間に目を覚ましたのか、腕を掴まれて朝まで映画に付き合わされたっけ。
彼はいつも唐突で、掴めないんだよな。
次の日には塩対応だったりするし。
今は彼も大人になったからなのかそんなことないが。
明日は彼の好きな物を作って、お礼でもしようかなと考えている自分に恥ずかしくなってきたので、部屋に戻りベットに身体を預けた。
一日中、お店の中を歩き回って、家具の組み立てまでしたので身体はすごく疲れていたようで、身体がすこぶる重たい。
昔から彼に振り回されるのは嫌いじゃなくて、むしろ心地よくも感じていた。私も変わり者だな、と考えているうちに深い眠りについた。
ーーーー行動は常に気紛れ
(だけど憎めない)
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