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「悟さん!とりあえずこの目隠しとヘッドフォンを耳につけて私に好きにされてください!」
満面の笑みでそういう彼女に促され、アイマスクの上に目隠しをするという不思議な感じになりかけたので、いつものアイマスクを外して彼女の渡してきた目隠しとヘッドフォンをつける。
ヘッドフォンをつける寸前には、肩を3回叩くまではそのままで呪術で探ったりもしないでください、と念まで押されたので、せっかくの急に舞い込んできた休みでもあるし、彼女の好きにさせてみることにした。
彼女の言う通りなるべく呪術は操らないようにし、彼女の引っ張る方法へ足を進めた。耳からはリラックス効果のありそうな水の流れる音が流れている。なすがままにされて大体2時間くらいは経っただろうか。
途中、何か乗り物に乗せられたり、外を歩くうちに肩を3回叩かれた。
ヘッドフォンと目隠しを外すと、明かりがやけに眩しく感じて目を細める。
ここが何処か判断する為に辺りを見回して気がつく、明かりがやけに眩しいのではなかった、目の前に広がる景色は白銀の世界で、目が霞んだのだ。
「なっ、此処はどこ?」
思考回路がついて行かず、そう彼女に聞いてみれば、僕の首にマフラーを巻きながら、北海道へようこそ、なんて言っている。
そうか、あの揺れは飛行機だったのか、と冷静に考えてみたが、なぜ彼女がこんなところまでこのように連れてきたのかが分からない。答えに辿り着く前に、さっ、とりあえず寒いのでこちらへ、と手を引かれ、連れられたのは部屋ごとに仲居さんがつくような部屋に温泉のある旅館だった。
「ねぇ、ねぇ、名前さん?これは何?」
堪らずそう彼女に尋ねると、彼女はキョトンとした顔をし、突然笑い出した。
意味が分からないまま笑われていると気分の良い物ではない。
「悟さん、今日が何の日か分かってます?」
今日は久々の休日。
伊地知にも今日は休みなので、しっかりお休みしてくださいね、と念を押されるほどの休日だ。
しかも彼女である名前とも休日が被っているという、大変珍しい日である。
「久しぶりの休日」
そう答えれば彼女はやはり笑っており、目尻に涙まで溜めている。
そして大きなスーツケースを開け始め、綺麗にラッピングされた箱を手渡してきながらこう言った。
「ハッピーバースデー、悟さん!」
その一言で思い出した、今日は自分の誕生日だ。
ここ最近は彼女も忙しく、なかなか会えていないくらいだったので日付の感覚がなくなっていた。
それにこの歳になると歳をとることなんてどうでもよくなっており、自分の誕生日なんてすっかり忘れていた。
彼女のお祝いの言葉にすぐに反応出来ないでいると、彼女は少し不安そうに顔を覗き込みながら、サプライズ嫌でした?と聞いてくる。
嫌なわけがない。
愛しい彼女が自分の為に色々と考えて、このようにサプライズをしてくれるなんてそれだけで死ぬ程、嬉しい。
不安がる彼女の腕を引き、強く抱きしめながら喜びを伝えてみれば、彼女も喜んでくれて嬉しいと小さな声で呟いた。
…なんて可愛い彼女なんだ。
「もう一つプレゼントが欲しいんだけど、良いかな?」
「私があげられるもの?だったら良いですよ」
「名前の全てが欲しい」
あまりの嬉しさにプロポーズ紛いなことを言ってみれば、彼女は耳まで赤く染めながら小さく頷いて言った。
「私の全てを悟さんにあげます、だから悟さんの全ても私にくださいね」
彼女は僕の頬を優しく掴み、普段なら恥ずかしがって頑なに彼女からはキスをしてくれないのだが、彼女は迷う素振りも見せずに僕の唇に自分の唇を軽くあてた。
「悟さん、この時代のこの場所にこうして生まれてきてくれて本当にありがとうござます。大好きです。だから、長生きしてくださいね」
ーーーーハッピーバースデー、五条悟さん!
(心から愛を込めて)
(大好きです)
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