呪術廻戦 | ナノ

まさに不幸中の幸いというところ





こんな日に限って、まさにそんな言葉がぴったりだ。


そんなに等級の高くない呪霊の退治ということで、珍しく一人で任務に行くことになり、意気揚々と退治が終わった後にまさかのもう一体呪霊がおり、不意打ちの攻撃に利き腕を骨折してしまったのだ。

いつもであれば、高専に戻れば反転術式が使える同期の硝子がおり、骨折だって簡単に治してくれるのだが、今日に限ってはその頼もしい同期である硝子は傑と地方任務に就いており、帰ってくるのは三日後。
痛みに関しては病院から貰ってきた痛み止めでなんとか誤魔化されているが、利き腕が使えない不便さはどうにもこうにもならない。

しかも任務先が廃墟だった為、瓦礫だらけで砂っぽい場所だった為、少し長めの髪の毛がぎしぎしと砂を含んで埃っぽい。
利き腕がこんなことにならなければ、今すぐにでもお風呂に入って髪の毛を洗いたいところだが、こんな状態ではそれすらもままならない。
どうしたものかと、人気のない高専の寮の共有スペースで頭を悩ませていれば、少し乱暴に肩を引かれ、顔を上げればそこには少し額に汗をかいた五条悟の姿があった。


「あれ?悟が汗かいてるなんて珍しいね」


なんて言ってみれば彼は大きな溜息を一つ吐き、力なく私が座っているソファの隣に腰掛けたので、ソファがぐっと右側に傾く。


「お前が怪我したって任務先で聞いたから焦って帰ってきたけど、元気そうじゃん」

「もしかして心配してくれた?」

「お前な、心配するに決まってるだろ。ちゃんと連絡しろよ」


俺はお前の彼氏だぞ、と額を小突かれると、じんじんと痛んだがその痛みが少し嬉しかった。


「ごめんごめん。今日は硝子が居ないから病院直行だったの。ただの骨折。硝子が帰ってくるまでの我慢だよ」

「痛くねーの?」

「痛みは薬でなんとか。ただ利き腕やっちゃったから頭も洗えなくて不便なだけ」


そう言った瞬間、心配そうに私の顔を覗いていた悟の顔がまるで子供が悪巧みを思い付いた時のような悪戯な笑みに変わった。
まずい、何か変なことを言ってしまっただろうか?と考えた時にはすでに遅く、彼の口からは衝撃的な言葉が出ていた。


「そんなん俺が洗ってやるから、何も問題ないだろ。ほら、俺の部屋の風呂場行くぞ」



悟がこう決めたからには私に拒否権なんて残っていなくて、どう足掻いても断ることなんて出来ず、虚しくも彼の部屋に連れて行かれた。

あれよあれよと砂埃まみれの制服は脱がされ、平然と下着に手がかかったところで必死に止める。


「ちょっと、待って、何してんの」

「何してるって風呂入るだろ?お前は下着つけたまま風呂入んの?入らねーだろ」

「そういうことじゃなくて、全裸になったら悟に見えるじゃん」


そんな風に抵抗してみたが、今さらじゃね?お前の裸なんて黒子の位置を覚えるほど見てるわ、と当たり前のように言われてしまえば、ただ顔を赤くして為されるがままとなった。

悟は制服を着たまま腕捲りをしていて、私だけ裸だなんて恥ずかしいこと極まりない。
でも骨折をした腕には濡れないようにビニール袋を被せてくれてるあたりはなんだかんだで優しいと思う。


悟に促されれままお風呂場に入り、湯船側に座らされて湯船の縁に頭を置けば、まるで美容室で洗髪されているかのごとく快適だった。

丁寧にシャワーで長い髪を濯ぎ、私が使ってるよりも何倍も高いであろうシャンプーで丁寧に泡立てて洗ってくれている。
何より力加減が完璧で、ふわふわと意識が飛びそうになるが、呪術界御三家の坊ちゃんである彼に頭を洗わせるなんて申し訳ないな、と思うと眠らないように意識を集中すれば、眠たいなら寝ろよ、終わったら起こす、と言われた。

それでもやっぱり眠るのは勿体無くて、彼の指先の感触を味わっていれば、ふと頭によぎる。

慣れてないか、、と。

彼は短髪なわけで、私はまぁまぁ髪の毛は長い方だと思う。
長い髪の毛を洗うのは男性からしたら難しいものではないのだろうか。
でも彼のこの手つきはそんな難しさを感じさせない慣れた手つきだ。

この五条悟という男は顔がピカイチに良い。
一人で外を歩けばすぐに女性に捕まるほど、おモテになられるのだ。
彼女も私が初めてではないのは周知の事実。
悔しい事に私の方は初めての彼氏だが。

今までの彼女の頭もこうして洗ってあげていたのでは?と頭に過った瞬間、洗ってもらっておいてなんだが、正直少し苛ついた。
まぁ、ただの醜い嫉妬の八つ当たりだ。


「なんか、女の人の髪の毛洗うの慣れてるね」


お風呂場に響く自分のそんな声にはっとした。無意識のうちに心の声が出てしまった。

なんてフォローしよう、悟の顔を見るのが怖いだとか考えながら目をきつく瞑ったままでいれば、おでこに軽い衝撃が訪れ、その反動で目を開ければデコピンされた事に気がつく。


「ばーか、女の頭洗うなんてだりぃことするのはお前が初めてだよ」


嫉妬したなんてことは彼には簡単にお見通しで、こうして欲しい言葉をくれる彼は信じられないくらい口は悪いが本当によく出来た彼氏だと思う。

そんなこんなであっという間に髪の毛を洗われ、なんとか止めようとしたが身体まで丁寧に洗われ、髪の毛を乾かすというところまでやってくれ、彼の匂いのするベッドに横になれば砂埃まみれで気持ち悪かった身体がすっきりして凄く気持ちが良かった。
このまま寝てしまいたいと、うとうと微睡んでいるところにやってきた悟の発言に目が覚める。



「で、名前さん。ここまでしてくれた彼氏様に報酬は?」

「え、報酬って。悟、お金に困ってないじゃん」

「金なんているわけねーだろ」



そう言うと、彼はベッドに横たわる私の身体に体重はかけないように覆い被さり、おでこ同士がぶつかるほど顔を近付け、意地悪そうに笑った。


「ほら、名前からご褒美にキスしろよ」


自分からキスするなんて恥ずかしいことが出来るわけがなく、戸惑っていれば、彼はお前からじゃなくてももういいや、と呟いたので、諦めてくれたのかと思えば、怪我をしていない方の手に指を絡められ、唇を塞がれた。
突然の出来事に驚き、はっと口を開けば彼はその瞬間を見逃さず、すかさず長い舌が口内を遊んだ。
次第に息が苦しくなり、彼の身体を叩こうにも怪我をしていない手は彼の手でしっかり掴まれ、空いてる手は怪我をしているので動かせず、彼の舌が口内で動く音に身体がぞくりとし、つい声が漏れれば、彼はゆっくりと離れ銀色の糸が繋がれ、悪戯な表情で自分の唇をぺろりと舐めた。


「まぁ、今日のところは怪我人だし、これで勘弁しとくけど、治ったら覚えておけよ」


言葉は意地悪そのものだが、彼はとりあえず今は寝ろ、と付け加えながら、優しく私の頭を撫で続けた。
大きく暖かい彼の手が何度目か頭を撫でた時、私の意識は微睡の中に落ちていったのだった。










ーーーーまさに不幸中の幸いというところ

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