呪術廻戦 | ナノ

花嫁はドレスを脱ぎ捨てる




純白のドレスを纏って、鏡の前に立っている自分は今にも泣きそうな顔をしていて、あまりに不細工で自傷気味に笑った。

幸せすぎてこんな表情をしているのではない。

この結婚は家と家が勝手に決めた、本人の意思とはなにも関係ないもの。
この時代に、と思うかもしれないが呪術界ではよくある話。


私には後悔がある。
あの時、貴方に想いを伝えられていたら何か変わったのかな、って。

たった二文字の言葉が私には言えなかった。






ーーーー数年前、高専時代



「五条はさ、どんな子が好み?」


今日は任務で同期二人は不在、他の学年の生徒も任務やら何やらで寮を空けているようで、いつもは少し賑やかな寮の共有スペースも静かだ。

部屋にいるのもつまらなくて、共有スペースに来て見れば、そこにはもう一人の同期である五条悟が居た。

二人でテレビを見ながらお菓子を食べている時、今流行りのアイドルたちがテレビに映って、五条が「この子かわい〜」なんて呟くから、胸がちくりとして、冒頭の質問。



「ん〜〜、か弱くて守ってあげたくなって、俺に頼ってくれる子」


テレビから目を離さず、そう答えた。

か弱い、なんて私からかけ離れている。
呪霊なんて五条の前でばんばん倒してるし、頼るのは癪なので頼ったこともない。
そもそも呪術師の中でか弱い女なんていない。


「呪術界には居ないような女子ね」

「やっぱ?俺もそう思う。で、名前は?」

「えっ?」


自分に振られるとは思わず、あまりに素っ頓狂な声を出してしまった。

考えなくては、私は目の前のこの男が好きだが、バレてはいけない。バレればこの関係性が崩れてしまう。


「私は、、筋肉ムキムキのガタイが良い、男っぽくて、ちょっと強引な人!」


私の答えを聞くやいなや、急に振り返り目を合わせてくる五条に息を呑んだ。


「な、なによ」

「いやぁ〜、名前の好みもこの辺で居そうもないなぁと思って」


ケラケラ笑う貴方に好きって言ったら?
貴方は受け止めてくれる??


「ねぇ、じゃぁさ、もし私が五条に付き合ってって言ったらどうする?」


やっぱりあのたった二文字が言えない私の最大限の勇気を出した質問。


「名前と俺が付き合うとか天地がひっくり返ってもないんじゃない?どっちかというと名前は傑との方が上手く行きそう」


そう言った五条は何事もなかったようにテレビに顔を戻し、テーブルに置くお菓子に手を伸ばしてテレビを見ながら笑っていた。

そんな後ろ姿を見ながら、私は泣きそうになるのを必死で堪えていたらいつの間にか帰ってきた同期二人も一緒にテレビを見ていて、少し気が紛れた。


この時に思った。
五条に気持ちを伝えることはない、って。

このまま仲良い同期で過ごしていこうと心に決めた。



それから色々なことがあって、大人になって、それぞれの道に進んだ。

私はなるべく五条に会わないように海外や東京を離れる任務ばかりをこなす日々が続いた。
硝子とはたまに連絡を取っているが、五条とは全く連絡も取っていない。元気でやってるなんて話は硝子から聞いている。

硝子はきっと色々勘がいいから、私の気持ちをわかってて何も言わない。良い友達だ。


そんなこんなで気付けば高専を卒業してから数年が経っており、良い歳になっていた。

呪術師の一家として、五条程ではないが名の知れた実家からは良い歳なんだから結婚しろとうるさいく言われる。
しまいには「あの五条家の倅と同期だったのに、捕まえてこれないなんて」と、役立たず扱い。

いや、捕まえられるなら私だって捕まえたかった。
でもこんな親を見ていたら、五条とそんな関係にはならなくて良かったのかもしれない。あいつはこういう家のしがらみが大嫌いだから。


そんなある日、親から突然実家に帰ってこいと連絡が入り、帰ってみると玄関には知らない靴が三足あって、母親にあれよあれよと着物に着替えさせられ、客間に連れて行かれるとそこには10歳以上離れていると思われる男性とその両親が居た。

「お前の結婚相手だ、すぐに式を挙げてくださるそうだ」と、嬉しそうに言う父を見つめながら、人ごとのように冷静に愛想笑いを浮かべることが出来た。


部屋に戻り、一人になった途端、やっと自分がよく知りもしない相手と結婚するんだということを理解し始め、息が苦しくなった。

真っ暗な部屋から手探りで鞄を探して、携帯電話を取り出すと、電話帳のか行をスクロールして指が止まる。

今さら連絡をして、何を話すつもりだ。
結婚させられそうだけど、貴方が好きだから助けて、とでも言うつもりか。

言えるわけない。

か行からあ行に変え、電話を鳴らすと何コールかして少し忙しそうな声の硝子が出た。



「ねぇ、硝子、わたしね、結婚するみたい」

「…はっ?!」


いつもクールビューティーな硝子からは想像出来ないほどの大きな声に少し笑うと、「自分の置かれている状況を理解しているのか」と怒られた。

理解してる、理解してるさ。
でも私には選択肢はない。この縁談をぶち壊す力も勇気もないのだ。

硝子に結婚式の日程やら色々話していると、少し気持ちも落ち着いて、どうでも良くなった。
どうせ好きな人とは結ばれない運命なんだから、お家の為に結婚した方が良いだろうから。

気付けば1時間ほど通話していたようで、眠気もやってきたので電話を切ろうとしたところ、硝子が言った一言で目が覚めた。



「五条には言ったのか?」

「な、なんでここで五条が出てくるのよ。言うわけないじゃん、そもそも卒業してからのこの数年間連絡取ってない」

「それは知っている。けど、五条は五条で名前のこと私に聞いてきてたよ。五条に話してみれば良いんじゃないか?」

「連絡取る気はない。硝子も五条にこのこと伝えなくて良いからね」


少し間のあるわかった、の声を聞いて電話を切った。開きっぱなしの電話帳のか行を押して、五条悟の名前のところを開いて、やっぱり携帯を閉じた。

それから結納やら、打ち合わせやら忙しく、五条のことを考える暇もなく日々を過ごした。

結婚式の招待者名簿を眺めていると、そこに五条の名前はなかった。

一応、招待状は送ってみた。
硝子を呼んで、もう一人の同期である五条を呼ばないというのもなんだかおかしな話ではあるからだ。けれど返信すらなかった。

その方が良い。
五条に祝福されて、好きでもない男に家のために嫁ぐなんて死にたくなるだろうから。


そして結婚式当日。

純白のドレスに包まれた自分は今から死にに行くかのような顔をしている。

硝子に本当にこれで良いのか、って昨日も聞かれたけれど、幸せになるねって答えておいた。


そろそろ式が始まる時間で、扉がノックされる。
式場の人が呼びにきたかと思い、どうぞ、と声をかけるとそこには少し怒った顔をしている、結婚式場には場違いなサングラスをかけた五条が立っていた。


「、、五条?!」


ずかずかと部屋に入ってくるなり、目の前に立った五条は私の腕を思ったよりも優しく引いて言った。



「今から俺が言う質問に絶対に嘘つかないで答えて」

「は、い」


サングラスから覗く、綺麗な青色の瞳に見つめられ、なんでここにいるのかだとか聞きたいことは何一つ言えなかった。
ただ五条の話す言葉に耳を傾けるだけ。



「この結婚は心から望んだもの?」

「……いいえ」

「じゃぁ、俺がこの結婚をぶち壊しても名前は良い?」

「はい」


五条が何を言っているか頭が追いつかない。
ぶち壊す、とはどういう事だろう。
硝子に聞いて、とりあえず嫌々結婚する私を助けてくれるということなのだろうか。
いや、そんなことただの友人にするだろうか。

五条、どういうつもり?と発そうとした言葉は五条の言葉に遮られ、音にならなかった。



「名前は俺のこと好き?」



急な質問に対して、頭が真っ白になる。
けれど今、ここで勇気を出してあの二文字を言わなければ一生後悔すると思った。



「すき、です」

「ん、俺も好き」



よく言えました、って声が聞こえるかのように頭を優しく撫でられ、そっと抱きしめられると五条の香りに包まれた。
その香りはとても懐かしくて、胸が締め付けられた。

そうしていると、扉がノックされ、式場の係員がまもなく式が始まりますのでご移動お願いします、という声が聞こえてきた。



「行かなくていいよね?筋肉ムキムキのがたい良い男じゃないけど、俺と逃げるでおっけー?」

「うん…っ!」


いつぞやの私が無理矢理考えた好み像を言う五条に、よくそんなこと覚えてるな感心した。
五条が手を引いて、部屋を出ようとした時に無駄に長いドレスの裾が足に引っ掛かる。


「あ、ちょっと待って、、五条」



振り返った五条はドレスが邪魔だと気が付いてくれて、手を離し背を向けてくれた。


「あ、言っとくけどもう五条って呼ぶの禁止だから」

「わかってるよ、、悟。ありがとう」


ドレスのチャックに手をかけて
ーーーー花嫁はドレスを脱ぎ捨てる

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