繋いだ手から伝わる温もり
真っ暗な帳が落ちても、そこは全く変わらない真っ暗な空で、気付けば時間は午前3時を回っていた。
いつもなら賑やかな同期と一緒の任務だが、今日は珍しく一人での任務で心なしか寂しい。とは言っても賑やかなのは自他ともに認める最強男の一人だが。
本人に寂しかったなんて伝えたら煩いので、絶対に伝えてやらない。
補助監督の運転する車の後部座席に座って、高専の寮に帰る道すがら、今日の呪霊はそんなに強くはなかったが面倒臭いタイプで思ったよりも時間がかかってしまったな、もう寮の皆は寝てるだろうな、近頃は急激に寒くなってきてもう冬なんだな、だとかどうでもいい事を考えているうちに車は高専の門の前に止まっており、ここまで付き合わせた補助監督にお礼を言う。
少しかじかむ手を擦りながら寮の扉を静かに開ける。
寮の作りとしては男子寮と女子寮の別れ目に誰でも自由に使って良いキッチンやテレビ、ソファが置いてある共有スペースがある。
だいたい0時くらいまでは誰かしらそこに居たりするが、時計を見ると4時に差し掛かろうとしていて人がいるはずが無い。
と、思っていたら共有スペースの部屋は真っ暗だがテレビの明かりが漏れている。
明日も授業なのに月曜から夜更かしかよ、なんて思いつつ女子寮側にそっと向かおうとしたら聞き慣れた声に呼び止められる。
「遅かったじゃん、何ちんたらしてきたの」
「、、五条??こんな時間までなにしてんの」
ふぁ〜っと欠伸をし、身体を伸ばしながらこちらに顔を向けるのは例の賑やかな同期である五条。
見るからに古い映画を観ていたようで、テーブルの上にはお菓子が食べ散らかしてあった。
てか、こいつ自室に部屋サイズに合ってないめちゃくちゃ大きいテレビあるだろう。
なんでこんなとこでわざわざ映画観てるんだよ、なんて思ってたら「部屋のテレビは大きすぎて目が疲れるからこっちで観てた」なんて言い出した。エスパーかよ。
「まぁ、名前も座れば?なんかあったかい飲み物淹れてやるよ、俺様が」
「え、なんか高額請求されそうで怖い」
「金に困ってねーよ」
ごもっともです。
呪術界の御曹司ですもんね。って嫌味を言ったところで嫌味にはならないのでいうのをやめ、大人しくソファに腰掛けた。
腰掛けたソファは五条が寝転んでいたのか、なんだか暖かい。外が寒かったのもあって、やけに暖かく感じ、先程までの戦いが嘘のように穏な時間が流れる。
「ん、火傷すんなよ」
手渡されたマグカップには、甘い香りのするココアがほどよい温度で入っていた。
「ありがとう」
と、お礼を言うと、ん、と一言だけ返ってきた。
何の迷いもなく五条は隣に座って、また映画に目線を戻す。そんなに広くないソファなので、今日はやけに五条の体温を感じる。
気を紛らわせようとココアを一口飲み、もうすでにクライマックスに向かっている映画に目を向けてみたが、話なんてわかるはずもない。
ふと、隣の五条の顔を見てみると、真剣に映画を観ていて、少しずらしてかけているサングラスから見える目は凄く綺麗だった。
普段から飽きるほど見ているし、五条が顔だけはイケメンなのは知っている。
外を歩けばいつも知らない女の子に捕まってるし。
でも話せば口が悪いし、憎まれ口ばかり叩いてきてむかつく奴。
なのに、、、
なんで、こんなの好きになっちゃったかなーー。と自分でも思う。
「なに、そんなに俺イケメン?」
「は?頭沸いてんの?」
いつから見られてることに気付かれてた?
動揺すれば面倒臭いことになるのは分かりきってるので、バレないように暴言を吐いてみるが、喉を鳴らすように笑われて、全て見透かされていそうで腹が立つ。
それよりもこの共有スペース寒いし。よくこんなとこに五条はこの時間まで居ようと思ったな。
ココアで温まった手も、マグカップをテーブルに置けばすぐに冷えてくる寒さ。
手と手を擦り合わせていたら、五条が寒いの?なんて聞いてきたので、女子は男子よりも筋肉が少ないから寒いんだよ、って答えたら何を考えているのか急に左手を握られた。
「へーー、ほんとだ」
ただ温度を確かめるだけで握ってきたのかと思ったら、全くその手を離す気はないみたいで、映画はエンドロールを迎えていた。
よく知らない俳優たちの名前が流れる中、繋がれている五条の手から体温が伝わってきて、何ともいえない気持ちになってきたので、手を離そうと力を入れると、すかさず指を絡ませてきて所謂恋人繋ぎの状態になっていた。
エンドロールは長くて、なかなか終わろうとしない。
その間ずっと手は繋がれたままで、手からは五条の体温がじんじん伝わってきて、まるで左手に全ての血液が集まっているんじゃないかと思うほど熱くなってきた。
早く終われ!と目を瞑りながら心の中で祈っていると、いつの間にかテレビは消えており、五条はニタニタした顔で手を握りながらこちらを向いていた。
「、、っ、なに」
「俺のこと意識でもしてんの?」
これはおちょくられている。
ここで顔でも赤く染めた日には明日、絶対に馬鹿にされる、と思い、そんなことあるわけない!って言えば先程までのニタニタ顔は一変して真剣な顔になり、あの綺麗な青い瞳に見つめられ息を呑んだ。
「こんな風に手繋いでるんだから、少しくらい意識しろよ」
「え、、」
「誰が好きでこんな時間までこんなさみーとこで一人で過ごしてると思ってんだよ」
「だって、自分の部屋のテレビじゃ大きすぎて目が疲れるって」
「ばーか。お前が帰ってくるのやけに遅いから心配して待っててやったの。ここまで言っても伝わんない?」
そういえばさっきから握られた手は優しく、それは本当に優しく、まるで大切なも物が無事か確かめるかのごとくそっと親指で手の甲を撫でられていた。
「なん、で」
これではまるで五条が私のことを好きみたいじゃないか。そんな都合の良い勘違いをするべきではない。
五条は数少ない同期の一人で、たしかに私は五条が好きだが、うまくいかなければこれから探す高専での数年間が地獄になる。
だからこそ、自分の都合の良い勘違いはすべきではない。
「ここまでしてもわかんないかなー、なに、お前ほんと鈍い?」
五条は空いた方の手で、困ったように自分の頭をかくと意を決したように大きく息を吐いた。
「俺は名前のことが好きだから心配して待ってたの、これで流石のお前でも意味わかるっしょ?」
五条が私を好き‥?
はっきりとそう言われても頭は追いつかなくて、何も答えられずに居れば、五条も気まずいのかぱっと手を離し男子寮の方は歩いて行こうとしていた。
急に離された手はすごく寒くて、心の底から悲しい気持ちになった。
「五条っ‥!」
男子寮の入り口のドアノブに手を掛けようとしていた五条を呼び止めると、振り向いてはくれなかった。
けれど、この肌寒い手が今気持ちを伝えなきゃいけないと言っているような気がした。
「五条のこと、私もすき」
「ん、知ってる。明日から覚えておけよ、ばーか。早くお前も寝ろ、あったかくしろよ」
こちらを振り向いた五条は舌べーっと出し、挑発してくるような表情をしていたが、心なしか耳が赤く、それは照れ隠しだと分かったので、おやすみとだけ言っておいた。
心臓がうるさい。
明日はどんな顔して五条に会おうかな、なんて考えながら、私も女子寮へ向かい、束の間の睡眠を取ることにしたのだった。
ーーーー繋いだ手から伝わる温もりーー
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