最期は貴方に殺されたい
五条悟は高専の教室に居た。
ある机をひと撫でして、溜息をつく。
どうしてこうなったのだ。
ついこの間、同期だった夏油傑が離反し呪詛師となった。
そして、それに引き続き同じく同期である名字名前が夏油の元へ行き離反した。
その直前、名前から電話があったが、任務中でその電話には出られなかった。
留守電が1件、となっており、聞いてみれば「あ、傑見つけたよー、ちなみに私も傑についていこうと思うんだよね。だから、ちゃんと探してね、悟」って、馬鹿みたいに明るい声で話していた。
「私の夢は愛する人に殺してもらうことです!」
簡易的な入学式の後、教室には4人。
まずは自己紹介でも、と担任が言うと、すぐさま手を挙げ名字名前です、と名乗ってた継いだ言葉がこれ。
やべー頭の女だなぁ、と思いながらも、まぁ呪術師になろうなんて思ってる奴はこんなもんかと諦める。
絶対こんな女は好きにならないと思っていたが、一緒に生活しているうちに惹かれてた。
自分も頭沸いてんなと思う。
「ねぇ、悟!考え事?」
自分よりも小さい名前に見上げられる形で見つめられ、少し心臓が高鳴る。
「入学式のこと思い出してた」
「へぇ〜、懐かしい!もう一年前かぁ〜」
「頭沸いた女が居るなって思ったことを思い出してたんだよ」
覗き込む名前の額を指で少し強く押すと、痛かったようで額をさすりながら、腹をぼこすか殴ってくる。痛くはないけど。
「ねぇ、悟は私のこと殺してくれる?」
「は?」
「そのまんまの意味だけど。悟は殺してくれるかな〜?って。ちなみに傑には君は殺したら面倒くさそうだからやめておくよ、って言われた」
なんだよ、傑にも聞いてるのかよ、と少し腹が立ったが、その感情を隠してこう答えた。
「お前が呪詛師にでもなったら殺してやるよ」
その時、名前が何で言ったか覚えてない。
目を見開いて、驚いた顔してたっけ。
思い出したくもなくて考えるのもやめた。
本当に呪詛師になるなんて、信じられなかった。
「いいのかい?名前、君はこちら側に来て」
困った顔でこちらを見つめるのは、少しやつれた夏油傑である。
いいんだよ、呪術師にはなりたくて学校通ってたわけじゃないし。って答えたら、そうじゃないって言われた。
「だって君は悟のことが好きだっただろう?」
「え、なにそれバレてた?」
「ああ、本人以外はみんな気が付いていたさ」
衝撃的事実。
本人以外、ってあまりにもすぎる。というか、悟が鈍すぎるのか?
「ねぇ、傑は覚えてる?私の入学式の後の自己紹介で言ったこと」
「覚えているよ、愛する人に殺されたい、だったかな?本気で言っていたのなら気が狂っているとしか思えないがな」
「そう!それ!悟にね、殺してくれる?って聞いたら呪詛師になったら殺してくれるって答えてくれたの!」
少しテンション高めでそう答えたら、傑は眉を寄せ「悟に同情するよ」と言ってきた。
私もこんな変な女に好かれた悟に同情する。
でもね、愛する人に殺してもらえるなんて幸せすぎでしょ?
呪詛師として何かしたいわけじゃない。
傑もそれは分かっているので私に何かしてくれなんて一切言わない。
それでも役立たずにはなりたくないので、適当に呪詛師らしいことをしてみる。
ちゃんとわざと私の残穢を残して。
そうすれば、呪術界最強の彼なら見つけてくれるでしょ?
「名前…っ!」
そろそろ傑のところに帰ろうとしていた時、強く腕を引かれてバランスを崩す。
腕を引いた人間に頭を預ける形で、顔を見上げれば、そこには綺麗な顔を歪めた五条悟がいた。
「あ、やっほー、悟。やっと見つけてくれたの?」
「おまえ…っ、何してんだよ」
「ん?絶賛、呪詛師してるんだよ」
「戻ってこい。お前が戻ってくるって言うなら、俺が上層部はなんとかする。傑に攫われたとでも言えばいい」
今にも泣き出しそうな悟の表情に、少し胸が痛む。こんな弱々しい姿、見たことないのだから。
それでも今からこの人に殺してもらいたいと興奮している自分もいる。傑に言われた通り、気が狂っているんだろう。
「無理、私は自分で呪詛師になったの。だからそっち側には戻らないよ。ねぇ、覚えてる?悟は私が呪詛師になったら殺すって言ってたよね?私はいま呪詛師だよ」
そう言って、打つ気もないが術式展開するふりをしてみれば、彼は腕を掴んでいた手を離し、距離を取った。
まだ彼はこちらに攻撃をしてくる気配がない、なので彼に当たらないよう呪術を展開する。
そうすれば彼は諦めたように戦闘体制に入った。
それでも彼は全然本気を出してなくて、私を殺さない程度にしか攻撃をしてこない。
これでは終わらないじゃないか、と思い呪霊を召喚する術式を展開してみれば、何かを諦めたような表情をした彼が術式を展開している。あれは赫だ。
近づいて来るその攻撃を目を瞑り、受け入れると、お腹のあたりに一瞬衝撃が訪れ、その反動で後ろに倒れた。
全身が痛い、お腹が熱い。
頭を下げて確認しようと思っても頭が上がらないので、右手でお腹を触ってみるとそこには大きな穴があった。
どくどくと溢れる赤に手が染まり、綺麗だと思った。
だんだん痛みも感じなくなり、耳も遠くなってきたところで、身体を少し起こされる。その瞬間、口からこぽりと血が出てきて気持ち悪い。なんて思っていたら、半泣きの悟の顔が見えた。
「おまえ…っ、なんで俺が赫うつってわかってて避けなかったんだよ!」
「……避けるわけ、ないじゃん。ご褒美、じゃん」
声が掠れて、自分の声じゃないみたいだ。
ああ、だんだん目が霞んできて、悟の顔が見えなくなってきた。
愛する人の顔が見えなくなってきたことが寂しくて、急に死ぬのが怖くなった。血濡れた右手を彼の頬に触れるように手を伸ばすと、彼はその手を掴んで自分の頬にあててくれた。
もう感覚もない。残念だ。
「ねぇ、わた、し、悟のこと、す、き。嘘でも良いから…っ、最期に、わたしをすきって言って、みて」
「ばかか、おまえ。俺はだいぶ前から名前のこと好きだよ」
「やっ、たー、いま、夢叶って、幸せ。こんな女で、ごめんね」
強く抱きしめられて、悟の香りに包まれながら、どんどん意識は遠くなっていく。
悟は少しか泣いてくれるかな?
傑は呆れた顔して、泣いてはくれなそう。
こんな気が狂った女でごめんね。
それでも大好きな貴方の手で死ねて私は幸せ。
もし生まれ変わって、貴方に出会えた時は普通に好きって言えて、普通に過ごせる女の子になるから、その時はまたわたしを見つけてね。
ーーーー最期は貴方に殺されたい
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