進撃の巨人 | ナノ


▼ この胸の痛みがわからない






調査兵団の団長となったエルヴィンの執務室で今回の壁外調査の報告をしつつお茶を飲んでいると、ふと思い出したようにエルヴィンが口を開く。



「そういえば明日までに目を通しておいてもらわなければならない書類をリヴァイに渡すのを忘れていたよ。こんな時間だが、名前、リヴァイに届けてきてもらえないかい?」



そっと時計に目を向ければ時刻は23時を過ぎたところ。
いつもなら一言返事で書類を預かるのだが、今日は壁外調査から帰ってきたばかり。

特にこんな時間というのもあってリヴァイの部屋に行くのは気が引けていた。


なかなか返事をしない名前を不思議そうに見つめるエルヴィン。




「なんだい?また喧嘩でもしたのかい?」


「またって、そんないつも喧嘩ばかりしてないわよ」

「そうかな?君たちは出会った日から喧嘩していただろう?」


「……もう忘れたわ。良いよ、今から持っていく」




私が今リヴァイの部屋に行きたくない理由なんか言えるわけもなく、これ以上追及されても困るため書類を片手にお茶のお礼を言いつつエルヴィンの執務室を後にした。



エルヴィンが団長に任命された際、空きになった兵士長の座に誰もが迷うことなくリヴァイが任命された。
その際に壁外活動でのリヴァイとのコンビネーションが認められ、まだまだ経験が足りないというのにリヴァイの補佐として副兵長に任命された。

今までより共に行動することが多くなって、気が付いたことがある。



それは………










――――――――――





リヴァイの部屋に差し掛かり始め、気が重くなってくる。

角を曲がればリヴァイの部屋の目の前といところで、声が聞こえてとっさに身を隠す。




「今日もありがとう、リヴァイ。また気が向いたら呼んでちょうだい」




甘ったるい声、リヴァイの首に回す腕。
身体は密着していて、今にもキスをしてしまいそうな体勢の女とリヴァイ。




「いいから、さっさと帰れ。俺は眠い」

「なによ、終わったら冷たいんだから」

「……もう呼ばないぞ」


「そんなこと言わないでよ、ほら、キスして」




鼻と鼻がくっつきそうになるほど近い二人を見て、モヤモヤとした気持ちになる。

今すぐにでもこの場を離れたいが、エルヴィンに頼まれた書類をあの今にもキスしてしまいそうな彼に届けなければならないのだ。


そう、壁外調査の後はいつもこうだ。

いつも色々な女性を部屋に呼んでいるようで、甘ったるい香りを纏っている。
私はそんな甘ったるい香りのするリヴァイは嫌いだった。



キスシーンなんて見たくない、とその場を後にしようとすると、リヴァイの不機嫌な声が聞こえてきた。





「キスなんて汚いことはしないと言っているはずだろう。そういう約束のはずだが?」


「もう、わかってるわよ。冗ー談。また待ってるわ」




反対方向に立ち去る女を横目に書類をどうするか考えていると、リヴァイと目が合う。





「さっきから盗み見なんて良い度胸だな」



眉間に深く刻まれた皺が不機嫌さを物語っている。



「こ、こっちは見たくて見たわけじゃないわよ!この変態!いつもチャラチャラしちゃって!!」

「あ?」


「いつもいつも女を連れ込んで良いご身分ですね!少しはエルヴィンを見習ったらどうなのよ」



エルヴィンの名前を出した瞬間に空気が変わったのが感じた。




「てめぇはすぐにエルヴィンエルヴィンうるせぇ、そんなにあいつのことが好きなのかよ」


「…っ、リヴァイと比べたら全人類の男みんな好きよ!!もうリヴァイの元で副兵長なんてお断り!エルヴィンの元に戻してもらうわ!」




どこにぶつけて良いかわからない苛立ちを抱えて、書類をリヴァイに投げ渡して来た道を足早に戻った。








――――――――――




来た道を戻ったということはエルヴィンの執務室の前。

エルヴィンの執務室は隣が休憩所のようになっているため、基本的にエルヴィンは夜もここの部屋に居て仕事をして寝ていることが多い。


何かあればここにおいで、と言われているわけでそっとノックをしてみればすぐに優しい声が返ってきた。


中に招かれると、まだ仕事をしていた様子で申し訳なくなってしまう。
しかしこうして何かあるとエルヴィンに甘えてしまうのだ。



エルヴィンは幼い頃から優しくしてくれて、両親が死んだ時にも面倒を見てくれた。
優しく包み込んでくれる彼に恋するのは時間がかからなかった。

憧れのエルヴィンに早く近づきたくて調査兵団に入団した。

そしてリヴァイに出会って色々なことがあった。



顔を合わせれば喧嘩ばかり。

人類最強の英雄なんて言われているが、実は弱くで脆いところも知っている。


そんなリヴァイの一面を知って、嫌いじゃないと思った。
最初はこんな男、と思ったこともあったが、信頼できるとも思った。



でも知りたくなかった一面も知ってしまった。

それが今回のことで、彼は壁外調査から帰ってきた晩は必ずと言って良いほど女性と関係を持っていた。
どうしてもそのことが許せない自分がいた。


私が好きなのはエルヴィンなのだから関係ないといえば関係ない。

しかし、彼の行動が納得できなかった。






「で、本当にリヴァイと喧嘩したのかい?」




黙りこんでいる私の顔を覗きこみながら、テーブルにはココアが置いてあった。

私はエルヴィンから目を逸らしながら、ぽつりぽつりと言葉を零す。





「もう、リヴァイの副兵長は出来ないよ…」



だって壁外調査のたびにこうして何故だか辛い気持ちになるのだから。

それにこれ以上、彼のことを幻滅したくなかった。
私の中で彼は出来た人間ではないが、それでも仲間思いの優しい人だと思っていたから。




「それは、彼の壁外調査の後の行動故かい?」




エルヴィンの言葉に驚き、勢い良く顔をあげるとそこには全てを見透かしているようなエルヴィンの顔が近くにあった。




「……それは…」


「図星、といったところかな。あれはね、昔からだよ。名前がまだ新兵だった時から。…誰かが彼をしっかりと支えてあげられる人が出来れば良いんだけれどね」




確かに彼は人類最強なんて言われて、全人類の人から希望という名のプレッシャーを与えられていた。

それはわかっているつもりで、支えたいと思っている。


けれどこの胸のモヤモヤはなんだろう。





「名前はいつもリヴァイを見ているね。少し妬けてしまうな」


「……え…?」





どういう意味?、と尋ねようとした時、エルヴィンの部屋の扉がノックされる。

こんな夜更けにノックするような不届き者は一人ぐらいしか居ない。



「おい、俺だ。うちの副兵長が邪魔してるだろう?入って良いか?」




案の定聞こえてくるのは、話題の渦中の人物で、どう顔を合わせて良いかわからずエルヴィンに助けを求めるように視線を向けると、少し何かを考えている様子でリヴァイに対しても返事をしなかった。

返事がないことに疑問を抱いたのか、もう一度エルヴィンに声をかけるリヴァイ。



どうしたことかと、エルヴィンの替わりに返事をしようとするとぐいっと腕を引かれ唇に何かが当たる。


やけに柔らかい感触、そして鼻孔に広がるエルヴィンの優しい香り。



キスされていると気が付いた瞬間、エルヴィンの身体を強く押した。
それと同時に不審に思ったリヴァイが扉を開けて立っていた。

見られてしまったのか、と思いリヴァイの顔を見ると今までに見たことのないくらい怖い顔をしていて、理解が出来なかった。




「てめぇもイチャイチャしてるだろーが」


「…、ちがう!」




否定しようとリヴァイの方に行こうとすればエルヴィンに手を引かれる。




「リヴァイ、君も自由にしているんだから名前だって自由にしても良い権利はあるだろう?それに、名前は私の元に戻そうかと考えているところなんだ」




初めて聞く話に驚きながら、一瞬リヴァイの元から離れるのは嫌だなと思っていることに気が付いた。

それに、大好きだったはずのエルヴィンにキスをされて嫌だ、と思った自分に驚きが隠せなかった。





「なに勝手なこと言ってるんだ、エルヴィンよ。それは命令か?」


「いや相談、かな」

「なら交渉決裂だ。俺はそいつを離す気はない。作戦の時、うちの班にはそいつの力が必要だ。そいつに話しもある。連れていくぞ」



エルヴィンに掴まれていない方の腕を掴み、部屋を出て行くリヴァイ。



不機嫌な後ろ姿を見つめながら、私は色々な感情に包まれていた。


そうしている内にリヴァイの部屋に着いており、そのまま中に引き連れられる。



部屋の中に入ったのは初めて。
無駄なものが何一つ置いていない質素な部屋。

そこには煙草の香りと甘ったるい彼には似合わない匂いがあった。




なんで部屋に、と言おうとすれば背中に軽い衝撃を受け扉を背にしてリヴァイに逃げ道を奪われた。

右腕は先程からしっかり掴まれており、自由の利く左腕で彼の身体を押そうとすればそのまま左腕も掴まれてしまい身動きが取れなくなる。





「なんのつもり…?」



おそるおそる訪ねてみると、彼は見たことがないほどに顔を苦しそうに歪めた。




「そんなにエルヴィンのことが好きか」



返って来た言葉は予想外の言葉で、頭はパンク状態だった。

何も答えられずにいると、彼は何か諦めたような表情をして、その切なそうな表情がすごく綺麗だった。




「エルヴィンのことはね……」



昔は好きだったが今は分からない。さっきキスされたのも嬉しくなかった、と素直にエルヴィンのことを話そうと思った。

しかし言葉は繋がらなかった。






「まぁ、どうでも良い。それ以上は何も言うな」




何故ならリヴァイにキスされていたからだった。

エルヴィンとは違った優しいながらも何かを求めるようなキス。


最初は唇を合わせるだけだったのだが、そのうち唇に舌が這ったりと声が漏れた。
その瞬間、口内に舌が入りこみ、さらに深いキスになっていく。

歯列をなぞったり、口内で舌を器用に動かすリヴァイにされるがままになり、どんどん力が抜けていくのがわかった。



呼吸も苦しくなり、力の入らなくなった足はへにょへにょとその場に座りこむ形になった。



やっと解放された唇は、とても熱かった。





「お前は俺の副兵長だ。エルヴィンの元に返す気はさらさらない。俺の行動が気にいらないのならやめてやる。それで満足か?」




「やめる…って、そんな簡単にやめられるの?」


「お前がエルヴィンの元に行かないならな」


「私は…、私はリヴァイの副兵長だよ。リヴァイが必要だと言ってくれるならずっとリヴァイの元で働くわ」





リヴァイとのキスは嫌じゃなかった。

むしろ心臓が飛び出てしまうのではないかというほどにバクバクしていた。




「必要だ。だからお前がエルヴィンの元に戻りたいといっても離す気はねぇよ」





エルヴィンとは違ってわしゃわしゃと頭を撫でるリヴァイ。

あぁ、この手も嫌いじゃない。と思った。




「さっさと部屋に返って寝ろ」




何事もなかったかのように離れて行くリヴァイの背中に小さくおやすみなさい、と告げて部屋をそっと出た。








<キスなんて汚いことはしないと言っているはずだろう>






そんな言葉が頭をよぎった。

今リヴァイにされたのは何か、あれは紛れもなくキスだった。



なぜキスをしたんだろう。



そう考えても答えは出なかった。




気が付けば私の右手は自分の唇を触っていた。


胸の奥がズキンとした。








私はまだ………






この胸の痛みがわからない








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