▼ 理解出来ない感情の狭間
「今回、二つ報告がある。一つ目は私が縁あって調査兵団の団長になるということ。もう一つはそれによって空席になってしまう兵長の座にリヴァイに入ってもらおうといことだ」
朝一でリヴァイと共にエルヴィンの部屋に呼ばれれば、そのような話しをされる。
突然のことで頭が追いつけずにいれば何故私がここに呼ばれたのだろうという疑問が浮かぶ。
ここまでの話しだと関係しているのはリヴァイだけではないか。
「あの……私はこの話に関係ないよね?」
私は調査兵団のエルヴィン班の班員として働いているだけである。
二人の昇進には関係ないだろう。
「いや、名前にも関係あるよ。名前には二つ選択肢があるんだ」
エルヴィンは頭を横に振るとそう言葉を続けた。
「今までのリヴァイとの戦績を認められて君には二つの選択肢が用意されている。一つは私の補佐役として副団長の座。もう一つは…………」
――――――――――――
今日は一日がとても長く感じる。
何故ならきっと朝にエルヴィンから話された話しが原因だろう。
陽が落ち始めてきていたが、私の答えはまだ出ていなかった。
エルヴィンの言葉が頭を木霊する。
<今までのリヴァイとの戦績を認められて君には二つの選択肢が用意されている。一つは私の補佐役として副団長の座。もう一つは、リヴァイの補佐役をして副兵長の座だ。……はっきり言おう。私は君に副団長の座を選んで欲しい。何故ならリヴァイの元での副兵長というのは最前線だ。今までよりな。名前は優秀だ、だからこそ私の元で副団長として働いて欲しいと考えている。>
<それは……私に安全な役職に就けということ?>
<そうだ。君は優秀な人材だから副団長として生きて知恵を働かした方が良いと上層部も考えている。今までに何度か危険な目にも遭っただろう?これからは運良く生き残れるとも限らない。それにリヴァイ一人ならなんとかなることも、君を庇っては何かあるかもしれない。優秀な人材二人を同時に無くすことはできないんだ。しかし選択は君に任せる。副兵長になったとしても君は優秀だから活躍することが出来るだろうしな>
そう、確かに今までリヴァイに助けてもらってしまったことはある。
補佐なんてするどころか足を引っ張っている。
いくら立体機動の扱い方がリヴァイより上手でも戦闘技術は劣るし、力も劣る。
だから今までより最前線で危険な場所に行くことになれば、私だけの問題では無くなることも理解出来る。
リヴァイはこう見えても人一倍、部下想いだから私に危険が迫れば無視することはしない。出来ない。
私のせいで今後リヴァイを危険に晒してしまう可能性があるのならば、エルヴィンの言う通り知恵を生かして副団長になったほうが良いのだろうか…。
そう考えれば一向に答えが出そうになかった。
私が調査兵団に入った目的はなんだったのだろうか……それすらも見失いそうになっていた。
あれからリヴァイは一言も話しかけてこなかった。
それはまるで自分で決めろと言われているようだった。
こんな時はど何か話して欲しかったのだけれど確かにこれは自分で決めなければならないことなのだ。
エルヴィンの元で働きたい、役に立って恩返しをしたいという一心でここまでやっていた。
それからリヴァイと共にコンビを組むことになって巨人を殲滅してきた。
エルヴィンの元で働きたいと思ってここまで来たのなら彼の進め通り副団長になった方が良いのだろう。
でも何故私は答えを躊躇っているのだろうか……。
<お前に俺の背中は預けたからな。精々俺が背中からやられないようにしろよ。……その代りお前の背中は俺が守ってやるよ>
なんでこんな時にリヴァイの言葉を思い出すのだろうか。
あれは壁外調査の時に二人で巨人に囲まれた時のこと。
誰かに背中を預けるようなことをしないリヴァイが私を信用してくれて、本当に嬉しかった。
私はもしかして………………
「名前…?」
ふと声のする方を見てみれば、そこには少し心配そうな顔をしたハンジが居た。
彼女はリヴァイと同期で、彼と行動を共にするようになってからこうして気にかけてくれるような存在だ。
「ハンジ…」
「どうしたの?怖い顔、しているよ」
ちょこんと眉間を触られて、リヴァイのように眉間に皺を寄せていたことに気が付いた。
「ごめん、考え事してた…」
「昇進の話し、だよね?」
「え、ハンジも知っていたの?」
「君の保護者のエルヴィンに様子を見てくれって頼まれたんだよ。……あともう一人の素直じゃない奴にも」
エルヴィンが……というところまでは聞こえたのだが、そのあとの言葉は小さく呟いたため名前の耳には声が届かなかった。
「え?」
「いや、こっちの話し」
悩んでるね、と優しく声をかけられれば何故だか涙が出そうになった。
「名前はなんで調査兵団に入ったの?」
さっきまで考えていたことを聞かれて、すぐにエルヴィンの役に立つためにと答えることが出来た。
だってそれが私の目的だったから。
「じゃぁさ、今名前はどうしたいと思ってる?」
エルヴィンの役に立ちたいというのは変わらない。
でも私はリヴァイが本当は弱いことも優しいことも知っている。
そんな彼を支えることが出来たら良いとも思っていた。
私はまだまだ弱い。
だからこのままリヴァイの傍に居てはエルヴィンの言う通り彼をいつか危険な目に遭わせてしまうだろう。
「私は……リヴァイの足手まといにはなりたくない」
そう小さく呟くと、ハンジは満足そうに微笑んだ。
「なんだ、もう答えは出ているじゃないか」
「え?」
「まだわからない先のことを心配するのは大切なことかもしれないけど、無駄だよ。今大切なのは名前がどうしたいか、だろう?それにあいつは強いよ、とっても」
ハンジの強いまなざしを見つめれば、もう自分の中で答えが出ていることに気が付いた。
「……っ、ハンジありがとう…!私、エルヴィンのところに行ってくる」
はいはい、いってらっしゃい、と微笑みながら見送られエルヴィンの元に走った。
そう遠くはない場所に部屋はあるのだが、今日はやけに遠く感じた。
見慣れた部屋の前に立って、深呼吸をしてから部屋の扉をノックしようとすると部屋の中にはすでに先客がいるのか声が漏れていた。
時間を置いてからまた来ようかと思っていると、中から聞こえた声は良く知った声だった。
その声は紛れもなくリヴァイのもので、心臓が飛びあがる。
駄目とわかっていながらも扉に耳をあて、中の会話を聞こうとする。
「―――――――ない。そんなにエルヴィンは傍に置きたいのか?」
「それはリヴァイも同じだろう?それに、君の傍に名前を居させたら早死にさせる。これは間違いなく、だ。しかし私の傍に置けば早死になんてさせない」
「名前の意見は無視するつもりか」
「無視はしないさ。彼女が君の元に行くというなら許可する。しかし私はそう言う前に彼女が私の元を選ぶように手は打つつもりだ」
「……気にいらねぇな、エルヴィン、あいつには俺の補佐をして働いてもらう」
「だから、何度言わせるともりだ。リヴァイ、君の元に居ては名前は早死にしてしまうと言っているんだ」
「なら……」
まさか私について二人がこうして話しているなんて思ってもいなかった。
リヴァイに至っては無関心という感じで今日一日話しかけてもこなかったのだ。
だからリヴァイも私を必要としてくれていたことに驚き、そして私の答えは固まっていた。
扉の向こうの二人は話の途中に無言になってしまう。
リヴァイの言葉の続きが怖かった。
ここでならもう良い、と言われるのが怖かったから。
「なら…?」
続きを促すエルヴィンの声が静かな部屋に響く。
「なら俺があいつを死なせないようにすれば良いだけだ。俺にはそれが出来る。今までもしてきた。ならこれからも死なせはしない」
「過酷さは今までの比にはならないと言ったはずだが」
「それでも死なせない。必ず、だ。あいつは俺の背中を預けた唯一の人物だ。だから俺にはあいつの力が必要だ。自分の命も守ってあいつの命も守る、ただそれだけの簡単な話しだ」
そんなリヴァイの言葉が耳に入ってきて、居てもたってもいられなくなってノックもせずに部屋の扉を開ける。
エルヴィンもリヴァイも一斉にこちらを振り返り、とても驚いた顔をする。
「エルヴィン、私は…、私はエルヴィンの役に立ちたくて、恩返しがしたくて調査兵団に入団したの。だから本当はエルヴィンの元を選べが私の目標に近付けると思うの。……でも…っ」
エルヴィンもリヴァイも息を飲んだのがこちらにも伝わってきた。
エルヴィンのもう私の答えがわかっているようだった。
でもちゃんと自分の言葉で伝えたかった。
「私はリヴァイの元でこれからも活動していきます。最前線でも私は生き残る。リヴァイに迷惑はかけないし、私もリヴァイを死なせない。自分の身は自分で守れるようにするわ。立体機動術に自信があるのはエルヴィンも知っているでしょう?」
エルヴィンは目を瞑り深く息を吐くと、ゆっくりとその瞼を開いて私とリヴァイを順番に見つめた。
「お願いだ…、二人とも死なないで欲しい」
「当たり前だ」
「もちろんだよ」
即答するリヴァイに続いて肯定の言葉を告げる。
「わかった。……それでは名前にはリヴァイの元で副兵長として働いてもらうよう上層部にはお伝えしておこう」
「エルヴィン、ごめんね」
「謝ることなんてないさ。君が自分で決めたことだろう?」
「……うん」
その後、エルヴィンの部屋をリヴァイと共に出る。
二人で歩く廊下は少しだけ気まずかった。
それはきっと私がエルヴィンとの会話を盗み聞きしてしまったから。
「おい…」
「え?」
そんな沈黙を先に破ったのはリヴァイで、目は合わせてくれなかった。
「……どこから聞いていたんだ」
「どこからって……、私がリヴァイの元に居たら早死にするとかなんとかってところから、かな」
「そうか」
なんだか少しほっとしたような空気が伝わってきて不思議に思う。
しかしそんなことを聞くのを忘れるぐらい真剣な表情をしたリヴァイがこちらを振り返る。
それに合わせて私も真剣な表情になる。
「…俺はこれからもお前を死なせる気なんてねぇし、俺も死ぬつもりはねぇ。だから足だけは引っ張らないように俺の背中を守れよ。ただ……ただどうしても危なくなったら俺が必ず助けてやるから遠慮なく頼れ。お前一人ぐらい俺にかかれば簡単に守ってやれるよ」
直接告げられると恥ずかしかったが、私の心はすごく温かかった。
「うん、私もリヴァイのこと守るよ。だからリヴァイも頼って?」
「ふん、お前に頼るようになったら人類最強の終わりの時だな」
「なんだとーー!!」
いつも通りのリヴァイに戻り、私は自然と笑みを浮かべていた。
絶対に彼を死なせたりしない。
彼をこれ以上苦しめたりしない。
だからもっと強くならなくては、と王に捧げた心臓に誓った。
――――――――――――
名前と別れたあと、リヴァイは煙草を片手に深く息を吐いた。
自分がこんなにも彼女に執着したことに自分でも驚いていた。
確かにエルヴィンエルヴィンと言うと腹がたったりもしていた。
彼女のエルヴィンへの想いも知っていたから、あの話しが出た時彼女は迷わずにエルヴィンの元を選ぶだろうと思っていた。
だから柄にもなく焦って、旧友に様子を見て欲しいなんて頼んだ。
<今の俺には名前が必要だ。戦力的な面でもそれ以外でもな。だからエルヴィンにだろうとあいつは渡せない。そんなにエルヴィンは傍に置きたいのか?>
そんなことを言っていたなんて聞かれなくて良かったと心底思っていた。
何故なら彼自身も自分でそんな言葉が出たことに驚いていたから。
「………らしくねーな」
大きな舌うちを一つすると、持っていた煙草を口に咥え大きく息を吸ったのだった。
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