進撃の巨人 | ナノ


▼ この世は素敵かもしれない






「名前ちゃん、この書類なんだけど頼んでも良い?」


「名前、こっちもなんだけど…」


「これの前の報告についてなんだけど…」





調査兵団、エルヴィン班にやって来て仕事にも慣れてきた。

お陰さまで皆さんにも頼ってもらえるようになり、充実した日々を過ごしていた。


壁外調査以降、リヴァイとの仲も(喧嘩はするが)良くなってきたと思う。




「名前、慣れてきたかい?」


「エルヴィン!…兵長、やっと慣れてきました」



思わずいつものようにエルヴィンと呼んでしまいそうになるのを堪えながら返事をする。

相変わらず優しく微笑むエルヴィンを見ながら、リヴァイも少しかエルヴィンを見習って笑えば良いのにと考える。



「頑張っているね、今後もこの調子で頑張るんだよ」



ポンポンと頭を撫で立ち去るエルヴィンの後ろ姿をぼんやりと眺める。

早くエルヴィンに追い付きたい。役に立ちたい。



そんなことを考えていると、近頃よく話し掛けてくる男の先輩がやって来た。




「名前ちゃん、この前の書類良くできてたよ。ありがとう」


「あ、はい!お役に立てて良かったです」

「本当に健気だなー!仕事も早いし、名前ちゃん素敵だよ」


「ありがとうございます」




下心が見え見えな笑みを浮かべながら、何かと話し掛けてきたり、ご飯を誘ってきたりするこの人物。

先輩だからあまり素っ気ない態度を取ることも出来ず、少し困っていた。




「ね、今度ご飯に行こうよ」


「そうですね、機会があれば」

「いつもそれじゃーん、今日行こうよ、今日!」



他の先輩に助けを求める目線を送っても見ないふりをされてしまう。



「えーっと……、今日は仕事が終わらなそうなので…」


「えー、じゃあ俺が手伝うからとりあえず今日決定……「勤務時間中に女を誘うなんて良いし度胸してるな」




声のする方を見ると、いつの間にか会議から帰ってきていたリヴァイが扉に寄っ掛かりながら腕を組んでいた。

もちろん眉間には深い皺付き。




「ふ、副兵長…!あ、いえ、別にそういった意味ではなく先輩として何かアドバイスでも出来ればと考えまして…」


「ほう…、なら続けろ」

「あ、いや…あ、はい。えっと…名前ちゃん、またあとで!とりあえず今日帰っちゃ駄目だよ」



目を泳がせながら足早に立ち去る後ろ姿を見れば、いつの間にか今日約束をさせられてしまっていたことに気が付く。

彼と入れ替えにリヴァイが近付けば小さな声で呟く。



「嫌ならはっきり断らないと付け上がるだけだぞ」




そのまま自分の席に戻っていってしまい、リヴァイに助けられたことに気が付く。

根本的なところは解決していないのだが。




とりあえずは何か上手く断る方法を考えながら目の前にある仕事に手をかけた。











――――――――――――





仕事が終わり、執務室の中には名前しか残っていなかった。

リヴァイもエルヴィンもまた会議ということでこの場にはおらず、いつ戻ってくるのかもわからない状況だった。


仕事が終わらず残っていたが、朝に無理矢理約束させられてしまった件もあるため帰られずにいた。





「名前ちゃん、お待たせ!」



どのように断ろうかと考え、答えが出ないうちに先輩はやって来てしまって反応に困る。



「すみません…、私ご飯はご一緒出来ません」


「え?なんで?仕事が終わってないから??本当に真面目だなぁ、名前ちゃんは!」



よしよしと頭を撫でられれば、背筋がぞくりとした。

反射的にその手を振り払ってしまい、しまった!と思う。




「あ、ごめんなさい…っ!私、頭を触られるのダメなんです…」


「え?でもいつもエルヴィン兵長は触ってるよね?」

「それは………」





そうなのだ。

エルヴィンは大丈夫なのだ。
私は過去の経験のトラウマで頭を触られるのは嫌いなのだ。

不思議と気を許した人には大丈夫なのだが、こうして気を許してない人から触られるのは反射的に避けてしまったり手を振り払ってしまうのだ。





「エルヴィン兵長とは…昔からの知り合いなので……」


「へー、まぁ良いや。これから俺に慣れてもらえば良いし」




ぐいっと腕を引かれ彼の胸に頭がぶつかる。

そして無理やり顔を上げさせられ、頬を撫でられる。




「恥ずかしがってるだけなんだろ?良いよ、遠慮しなくて」


「は、放してください…っ」

「嫌がってる顔をそそられるよねぇ」




格闘技は一番苦手だった。

男の力に敵うわけもなく、手を振りほどくことが出来ない。




「本当にやめてくださいっ」


「エルヴィン兵長にでも言う?」

「言います…!」

「ふーん、じゃあ、今日のうちに思い出でも作っておこうかな!」




誰かに助けを求めなければと扉の方を見ると、その視線に気が付いたのか妖しくにやりと笑う。




「あ、扉には鍵がかかってるから外からは開けられないし、俺は名前ちゃんを扉の近くに行かせる気はないよ」




机の上に物が乗っているのもお構いなしに押し倒される。




「何してるかわかってますか?」


「わかってるよ、名前ちゃんに先輩として男を教えてあげようかなと思ってね」

「な…っ」




少し油断していた。

ここには変な人は居ないだろうと思っていたが、調査兵団のエルヴィン班というのは女性が少ない。


よってこういう人物もいると言うことを想定して隙を見せるべきでもなければ、はっきりと強気な姿勢で断っておくべきだったのだ。



こうなってしまえば、どのようにすれば逃げられるか考える。

足は使える。
このまま油断させて蹴りあげ、扉の鍵を開けるしかない。


そう考え、早速行動に移す。



右足でおもいっきり蹴りあげると、私の上から身体が離れた。

しかし流石は腐っても調査兵団の兵士なだけあって、転びはせずにすぐに体勢を直した。



「痛てぇな、優しくしてれば図に乗りやがって…」



再び腕を強く捕まれ、手首がミシミシと音をたてる。


絶体絶命、と思っていれば扉がバタンと大きな音を立てて倒れていた。

開いたわけではない。
倒れていたのだ。


廊下にはズボンのポケットに手を突っ込み、近くに刃があったなら抜刀しているかのごとく殺気を出したリヴァイの姿があった。




「ふ、ふ、副兵長?!」



掴んだ腕を放すのも忘れて呆然とリヴァイのことを見つめる彼は、怯えて呼吸すらもままならない状態になっていた。

ズカズカとこちらに近付きリヴァイは彼の襟首を掴み後ろに投げ飛ばす。
リヴァイよりもかなり背が高かった男が大きな音を立てて机にぶつかり床に崩れ落ちた。

咄嗟に立ち上がろうとすれば、右肩あたりを足蹴にすれ身動きが取れない状態になっていた。




「てめぇ、自分が何をしてるのか分かってるのか?」



ガクガクと震える男を更に蹴り飛ばし、男の口からは血が滲む。

抵抗は無かった。
男はただ蹴られるままにされていた。


あまりにもやり過ぎなリヴァイにもう大丈夫だからと伝えても躾をしているんだ、と言って蹴りが止まることはなかった。




「リヴァイ…っ」



慌てて腕を掴み引っ張ったところでもう一人の気配を感じる。



「これは…どういう状況か説明してもらえるかな?」



そこに立っていたのはエルヴィンで、男はすかさずエルヴィンの元に泣きつく。




「た、ただ先輩として名前さんと話していただけで…」



明らかな嘘に怒りがこみ上げ、エルヴィンに今まで起きたことを説明しようとすればリヴァイに掴んでいた腕とは反対の腕で捕まれる。

目を見れば何も言わなくても良いと伝わってきた。




「……君にはゆっくり話を聞こうと思う。リヴァイ、名前を部屋まで送ってやってくれ」


「了解」



掴まれた腕を引っ張られる形で部屋を引きずり出されると、廊下に出た瞬間肩にふわりとジャケットをかぶせられる。


「見苦しいから着ろ」


そう告げられ自分の姿を見れば、いつの間にかジャケットも乱れ中の服も破けていた。




「あ…っ、」



気付けば腕も放されており、スタスタと前を歩くリヴァイの背中を見る。




「やり過ぎだよ、リヴァイ」


「馬鹿にはあのぐらいの躾が必要なんだよ」

「でもあれじゃぁ、リヴァイが加害者になっちゃうよ」



振り返ることはせず、歩調も合わせることもなく歩き続けるリヴァイは大きなタメ息を吐く。



「お前は被害者だろう。エルヴィンが上手くやるさ。まずは…」



私の部屋へ近付いたあたりに来ると前を歩いていたリヴァイが振り向き足を止める。



「何も考えないでクソして早く寝ろ」




そのまま来た道を戻るリヴァイが横をすれ違う瞬間、少し乱暴に頭を触る。



そこで気が付く。

前にもこうしてリヴァイに頭を触られたことがあるが嫌な気はなしなかった。


さっきはあんなに嫌だったのに…。



他には何も言わずに立ち去ろうとするリヴァイの背中に向かって言い忘れていた大切な言葉を伝える。





「リヴァイ…っ、助けてくれてありがとう」




ピタリと止まる足。



「別に助けたくて助けたわけじゃない。たまたま用があって行ったら遭遇しただけだ。だからさっさと部屋に戻れ」




振り返ってはくれなかったし、いつもの素っ気ない態度だった。




人としてどうなんだろうと疑問に思ってしまう態度も多いが、きっと彼のことなら信用出来るだろう。


エルヴィンが彼を信用している訳が少し分かった気がする。





肩に掛けられたジャケットが凄く温かかった。













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