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リンドブルムの大艦体の中には何機もの小型の飛空艇が常備されている。
戦闘や警備の際に使用するもので、この飛空艇の操縦者には一台一台それぞれ専用の機体が与えられている。

その中でも、スピードや戦闘能力に超けた機体を操縦するのはリグディである。
名前はその機体の中に居た。
もちろん操縦者はリグディで、この忙しい大混乱の中、わざわざ危険を冒してまで名前をPSICOMに連れ帰ろうとしていた。

機体の中では二人っきりである。
会話は一切無かった。
聴こえるのはエンジン音と風をきる音だけだった。



「私はシドに必要とされていたのかな…?」


小さく呟いた一人言はこの小さい機体の中ではリグディに届いてしまったようで、彼は一瞬考え込むような表情をしてから、必要とされていたさ、と慰めるかのように答えた。
名前にはそんな慰めは効かなかった。


「私が必要とされていたのは利用価値のある道具として、でしょ」


自傷気味に半ば笑ってそう告げると今度はすぐに答えた。


「閣下はお前のことを道具だと思ったことはない。お前に危険な作成を頼む時には悩まれていたし、最後の最後までお前に頼まなくて良いようにならないかと考えられていたし、心配だってされていた。道具として扱っているならそんなこと考えない。それに別にお前を使わなくたって良いこともある。閣下はお前のことを信頼して頼んでいたし、大切に思っていたと俺は思う」

「なにそれ、そんなわけないじゃない」

「お前が知らないだけだ。閣下はお前のために貴重な時間をすり減らして考えていた。それを俺は見てきてた」

「だって……だって、だいきらいだったって言われたんだよ」



機体は安定する高度に乗ったようで、リグディはいつの間にか自動操縦モードに切り替え、こちらを振り返った。
彼は騎兵隊で働くシドの一番近くに居た人物であり、きっと私よりもシドを知っている人物である。そんな彼からの返事が怖かった。


「だいきらいなわけ、あるかよ。だいきらいな人間の為に考えないし、悩まないし、心配なんてしない。お前がこれから上手くやっていけるようにって閣下が付いた嘘だってわかんないのかよ」


見透かしたような瞳が怖くて、目を背けた。
だいきらいと言われた時より、大切にされていたと気付かされた時の方が胸が苦しくて苦しくて、切なくて、息が出来なくなった。

彼は目の前で消滅した。二度と会うことが出来なくなってしまった。

たしかに彼はいつも自分に頼んだ任務が終わるころに電話をかけて、安否を確認したり、危険な任務にはいくつもの助け舟を用意してくれていたりしていた。
そんな優しさに気付いていなかった。
自分はただの道具だと思っていたし、大切にされていたなんて思っても居なかった。

いまさらになって彼の優しさに気が付き、ずっと泣けなかった瞳から一つ、また一つと涙がこぼれ始めた。一度こぼれ始めるともう止めることは出来なくて、次から次へと涙がこぼれ落ちた。



「傍から見たお前は閣下に宝物のように大切にされていたように見えてた」



そんな留めの言葉までもらい、名前の瞳から涙は止まる気配がなかった。
そんな時だった。
機体の聖府放送から聴こえてきた声は聞き覚えのある声だった。
でもそんなはずはない。だって目の前で消滅したはず。
そう、聴こえて来た声はシド・レインズのものだったのだ。

リグディは驚きを隠せず、状況を確認していた。

流れてくる放送の中でシドはダイスリーの替わりに聖府に代表に就任したと話していた。それは騎兵隊への真の裏切り行為。
リグディの感情は疑問から怒りに変わっていた。



「ふざけんな。生きていると思ったら、聖府の代表だと…。閣下は何を考えてるんだよ。これじゃ、俺たち騎兵隊はどうしろってんだよ…!」



名前はふと感じた。
これはシドじゃない。シドの声だけどシドじゃない。
きっとこれはルシのシドであって、シドの感情は一つも籠もっていない。身体だけ利用されているに違いないと思った。

リグディは自動操縦を解除し、名前を聖府首都エデンに降ろす。
機体の中でリグディが騎兵隊とやりとりしていたのが、少し聴こえたことから察すると騎兵隊もエデンにやってくるというところだった。
彼らは裏切ったシドに会うつもりだろうか、そして………。



「ねぇ、リグディ。リグディはシドが心から騎兵隊を裏切ったと思う?」

「わかんねーな。でもこの裏切り行為は俺達が止めなきゃなんねーだろう」

「そうだね。そうかもしれないけど、少しだけシドを信じてあげて欲しい」


彼はその言葉に足を止めたが振り返らなかった。
そしてそのまま機体を飛ばし、遥か彼方へと飛んで行ってしまった。


聖府エデン。
ここに彼は居る。

会うべきか、会わないべきか。
会いたいけど会う勇気がないといったほうが正しいだろう。
また会った時に彼に拒絶されたら?逆に大切にされていたことがわかったら?
その前に人間ではなく、ルシの彼に会って意味があるのかだとか頭の中で色々な考えがぐるぐると回っていた。


これからどうしようか、と考えた矢先、ポケットに入れていたコミュニケーターが小さく震えた。すぐに震えが止まったことから察するにこれはメールである。
ポケットからコミュニケーターを取り出し、見てみると、そこにはシド・レインズの名前があった。
慌ててそのメールを開いてみると日付があの彼がクリスタルになる前の時間となっていた。


『最後にやりたいようにやりなさい。君の人生は君のものだよ』


文章はそれだけ。電波が悪いところにいたためか遅れて届いてきたようだった。

リグディが言っていた言葉とこのメールの内容。
シド・レインズがどれほど自分のことを考えてくれていたのかが十分に分かった。

胸が苦しくて、息が出来なかった。






何も残してなんていかないで