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『わが同胞 コクーン市民の皆さん
黄昏の時は終わり コクーンは未来を決する黎明にあります……』


聖府都市エデンの大画面に映る彼の姿を茫然と見つめていた。
彼のようで彼ではない姿。
声、姿はまるっきりシド・レインズのものなのに・・・。

そんなことを考えていれば、ルシたちが召喚獣を連れて現れる。
騒然とする街を遠くから眺めて、まるで夢の中の出来事のように見つめていた。
こんな悪い夢なら早く覚めてくれれば良いのに。

街で暴れ回るルシたちの姿を見ながら、名前は一歩も動けずにいた。


"最後にやりたいようにやりなさい。君の人生は君のものだよ"


やりたいように…私のやりたいことはなんなのだろうか。
夜の景色だったエデンの空はいつの間にか昼間のような明るさになっていた。
晴れやかな空、上を見上げるとそこには大きく佇む聖府の塔。
きっとその一番高いところにシド・レインズは居るはずだろう。
本当はこのエデンの土地の降り立った時から、彼に会おうかとも考えたが足が動かなかった。ルシとしての意思で動いているであろう彼に会うのが怖かったからだと思う。

偽物の空の明るさに目が霞む。
少し目を細めると、その塔の高い位置にとても見慣れた飛空艇が何隻か漂っているではないか。あれは騎兵隊の所持しているもの。
細めた目を見開く。

騎兵隊はシドに会いに行っているはずだ。
裏切られたという心を持ちながら。
そんな騎兵隊が彼にすることはただ一つではないか。
一つの考えが頭に浮かんだ瞬間、動かなかった足が彼の居るであろう場所へ一直線に動いた。足がもつれそうになったが、かまわず足を動かした。



「待って…!リグディ、だめ…っ」



街は魔物も現れ混沌としていた。
しかしそんなことを気にしている余裕はなかった。
一分でも一秒でも早く彼らのところに行かなくてはならない。きっと彼らは悲しい結末を選んでしまうことは明らかである。

魔物に市民が襲われており、助けたいとも思ったが強く目を瞑り聖府代表室があるであろう塔に入る。
一歩その塔に入ると、街の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
さらに足を速く進め、上へ上へとひたすら上がっていくと、数人兵士が倒れているのを目撃する。皆、銃で撃たれており絶命している。

そして代表室であろう部屋の前に着くと、大きな銃声が響き渡る。
まさか間に合わなかったのかと、慌てて扉を蹴り開けるとそこには数人の騎兵隊の面々とリグディが銃を構えて、シドを囲んでいた。

リグディはシドに夢中であったためか、名前の存在に気が付いていなかったが、騎兵隊の数人が気が付き、PSICOMの制服を着る名前に向かって銃を向ける。
シドのもとに行きたいが、銃を向けられてしまい動けずにいた。

少し遠くからリグディとシドを見守っていると、リグディは苦しそうな表情をしながら声を絞り出し、シドに尋ねた。


「これが、あんたの望みだったのか?」

「もはや私はファルシの奴隷だ」


シドの表情は見えなかったが、とても落ちついた声をしていた。
とてもただのファルシの奴隷のようには感じない凛とした声。
まるでもう人生を諦めたかのような声に背筋がひやりとし、嫌な予感がした。そして嫌な予感は大的中で、彼は静かな声で言葉を続ける。



「―――撃て」



駄目、そう叫びたいのに喉が震えて声が上手くでない。
彼の元に走りたいのに、銃を向けられている状態で動けない。
どうしてこうも大切な時に自分は動くことができずに、手遅れになってしまうのだろう。

苦渋の選択を迫られたリグディはゆっくりとシドの頭に向けて銃を構える。
そして引き金に指をかけた…。


たとえ彼が私を好きでなかったとしても、もう彼を目の前で失うことだけは嫌だった。
頭よりも先に身体が動くというのはこういうことを言うのだろう。
名前に向かって銃を向けていた兵士が突然動きだした名前に向かって銃を放つ。突然の行動に標準が合わなかったのか、放たれた銃は足をかすめただけだった。
名前は少しバランスを崩したが、転びはせずにシドとリグディの間に向かって走りだした。


「だめっ!!撃っちゃだめ!」


全てがスローモーションに見えるような静かな空間の中、銃声が一つ響き渡る。
そして虚しい銃弾の殻の音がカランと床に落ちる。

一瞬のことだった。
リグディが引き金に手をかけ、シドの頭めがけて銃を放とうとした瞬間、名前はシドの頭を守るように彼の頭を抱き抱えた。
すでにリグディは銃のトリガーを引いており、突然視界に入った名前の姿に慌てて氷充をずらし、なんとかどちらも撃たずに済んだという状態であった。


「……何故、何故かばった?」


シドの無事を確認した名前は緊張が解れ、銃が掠めた足の痛みでそのままずるずるとシドにもたれかかるように体勢が崩れた。
そんな彼女をシドはそっと見つめ静かに呟いた。リグディも銃を持っていた腕がうなだれていた。


「だって、シドはファルシの奴隷なんかじゃないじゃないですか。一生懸命抗おうとしてるじゃないですか!なら最後まで抗ってくださいよ。死んで逃げるなんて一番最低です!!それもリグディに撃たせるなんて…!そんなの絶対駄目です。そんな結末、誰も幸せになんてなれないです。ファルシがシドを苦しめているなら、私がファルシをぶっ潰しますから、そう命令してくれれば良いじゃないですか!それが貴方の理想を叶えるのなら、私は無謀だとしても戦います。そのための私でしょ…?」


膝の上に乗せられていたシドの腕が優しく名前の身体を包む。
そして呆れたように静かに笑った声を聞き、名前は涙が零れそうになった。
やはりシドはファルシの奴隷なんかではなく、従っているように見せていたが本当はそんなこと嫌で、シド自身の感情が残っていたのだ。


「君は私が残した言葉をちゃんと理解しているか?君の人生は君のものなのだから、もう私に縛られなくて良い。私はルシという立場は変わらないのだから、ファルシに利用され、これ以上悪影響を及ぼす前に消えたほうが良い存在なんだよ。それに、君をただの目標を達成するための道具だなんて、思ったことはない」



どういうこと、と聞こうとすると、そっと唇にシドの唇が触れる。
優しすぎるその行為に、彼の想いは言葉にせずとも伝わってきた。


「――まだ私の意思がある内に終わらせて欲しいんだよ」


唇が離れ、目と目を合わせた状態で告げられた残酷な言葉に胸が張り裂けそうになる。
もう全てを悟り、全てを諦めている目をしていた。


「嫌!嫌、嫌、嫌、嫌!!勝手に終わらせないで!抗って見せてよ。そんな風に諦めないで…!もし貴方がルシとして暴走したら私が全力で止めます。たとえ私の命に代えたとしても必ず止めます。だから、だから諦めないでください。もう、目の前で愛しい人を失うのは嫌です…っ」


深い沈黙が続き、シドは目を閉じ何も言わなかった。
彼の周りを囲んでいた騎兵隊の面々も何も言葉を発することが出来なかった。


「君はずるい。せっかく覚悟を決めていたのに、揺らいでしまったじゃないか」


困ったように眉を寄せ呟くシドの言葉を聞き、大粒の涙がこぼれる。
ぽろぽろとこぼれ出した涙は止まることを知らずに、頬を濡らす。その大粒の涙をシドは右手で拭うと、覚悟したようにリグディに告げる。


「今すぐにはこの命、渡せなくなってしまった。勝手で申し訳ないが、使命にもう一度抗ってみようと思う。また私がファルシの奴隷として動きだした時にはいつでもこの命を差し出そう。だからもう少し待ってくれないか…?」


渋い顔をしながら頷くリグディは少し嬉しそうだった。

ファルシに抗うなんて茨の道ではあるが、もう諦めたくはなかった。
たとえ全人類が敵になったとしても彼の側にいたいから。
この結果が彼を苦しめてしまうことになってしまっても、少しの確立が残っているなら抗って欲しい。
そのためならなんだって出来ると、心に強く思った。






ごめん、あきらめないよ