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主を失った大艦体リンドブルムの中は静けさに包まれていた。
理想を失った艦体は彷徨っていた。
その中でなんとか艦体内を落ちつかせようとリグディが走り回っていた。
PSICOMの少佐である名前もまた、このリンドブルムの艦内に居た。
そこはこの艦体の主であったシド・レインズの執務室兼私室である部屋。お気に入りの大きな窓辺に腰掛けて、コクーンを見下ろしていた。

この部屋にはシドの香りが残っていた。
彼がクリスタル化して消滅する瞬間を見たにも関わらず、実感が沸かない。

ふとこのドアを開けて「騙されたね」なんて言って、笑って現れてくれるんじゃないかと思う。
まさか彼がルシであったなんて気付きもしなかった。
この艦体内に居て良い人間ではないことは重々承知ではあったが、彼女はこの部屋から出ることが出来なかった。
目頭が熱くなり強く瞼を落とした。そうすると浮かび上がってくるのは、士官学校時代の彼との記憶で、あのころが一番楽しかったと思い出す。





―――――――――――――――



士官学校では、年に二回ほど全学年で受ける授業がある。
すごく大きなホールのような教室があり、そこに自由に座って授業を受ける形式だ。やはり学年が上のものほど良い席に座れて、学年が低いほど席を探すのに苦労する縦社会。

すでに上の学年が席に着席しており、空いている席を探すことが億劫になっている名前は大きな溜息を吐いていた。
辺りを見回せば、すでに机に伏せって寝ている者や本を読んでいる者、次の授業の課題をやっている者なども居て、この授業を聞く気がない。
たしかにこんな大人数が一斉に受ける授業となると、講師も一人一人をチェックすることが出来ないため、そういった行為を気にすることが出来ないのだ。
ただただめんどくさい授業、ということろだ。

後ろの席を見回してもやはり空いているわけなどなく、諦めて前に方の席を探しに行こうとしたところ、後ろから名前を呼ばれる。



「ここの席が空いてるよ」


そう言ったのはシド・レインズで、彼の席の隣を指さす。
彼の席は一番後ろの窓際の席で、その隣が空席になっていた。
彼とは色々めんどくさい約束をしてしまったせいで、いつの間にか恋人のような扱いを受けており、周りにもそう勘違いをされ本当にめんどくさい展開になってしまっていたため、彼の隣に座るのはなんとなく嫌だったが、講師の近くの席に座るほうが嫌だったため仕方なく彼の隣の席に腰を下ろす。

何故、こんな好条件な席が空いていたのか、と尋ねると「シド・レインズの隣の席に自分から座るのは勇気が居ることだからだよ」と言われ、自意識過剰な奴め、と思ったが私が彼の隣に座った瞬間、辺りから冷たい視線が刺さる。


「シドさーん、やっぱり他の席に座っても良いですか」

「駄目に決まってるだろう」

「あのー…すっごく居心地悪いんですけど」

「君なら大丈夫だよ。気にしないように出来るだろう?というか、気にしないだろう」

「いやいや、私だって気にしますよ」

「はいはい、もう授業始まるよ」



なんだか誤魔化された気がするが、たしかに今から他の席を探すのはめんどくさい。
辺りからの冷たい視線も授業が始まれば収まるだろうと、持ってきていた次の授業の課題を広げて気にしないようにする。

彼は彼で静かに本を広げて読書をしていた。
真面目そうに見える彼も授業を聞かないで読書をするんだーと考えていると、普段は真面目に授業を受けているよ、と心の声が聞かれてしまったのか釘を刺される。

悔しいので課題に打ち込む。
授業中はとても静かな空間で、普段課題をするときよりも集中出来て課題が捗った。かなり集中していたためか背中がぴりりと痛い。
一度ペンを置いて、背中をぐーっと伸ばすと、目の前に時計がありいつの間にか授業が半分終わっていることに気が付く。

隣の彼を盗み見してみると、彼も集中して本を読んでいるようで目が本から外れない。
少し伏し目がちな彼の目を見て、意外と睫毛が長いんだなーとか、綺麗な顔してるよなーとか、こうして彼の本性を知らなければ憧れの先輩って感じなのになーとか考えていると、急にこちらを向いた彼の視線とぶつかる。


「集中できないんだけど、いつまで見てるつもりかな?」

「え、いや、み、見てないですよ、別に」

「そんなに見惚れてた?」

「ばっ、馬鹿なこと言わないでください!!!!」


すっかり授業中ということを忘れて少し大きな声を出してしまい、前の席の人たちに振り返られる。
彼はくすくすと笑いを堪える動作をし、自分は関係ないかの態度を取る。
この自分の反応は彼の言っていることを肯定しているようなもんじゃないか、と恥ずかしくて俯く。きっと若干顔が赤い。

下を向いて気持ちを落ちつけていると静かな声で彼に名前を呼ばれる。
しょうがないのでそっと彼の方に顔を向けると、唇に柔らかい感触が触れる。そして彼の顔がとても近い。それはそれはとても近い。まるで接吻しているかのごとく近い……いや、この柔らかい感触は接吻されているかのごとく、ではなくされているのだ。
長く感じられたその時間は意外と短いもので、触れるだけの優しい接吻。
すぐに離れたシドは口元に人指し指を当て、静かにという動作をし、何事もなかったかのようにまた視線を手元の本に戻した。

どういうことだか頭が整理を出来ずに、きっと鯉のようにぱくぱくと口を開いていただろ私を横目で見て彼は静かに笑った。
今度は若干赤いどころではなくてきっと私の顔は真っ赤だったと思う。


いつもいつも彼に翻弄されていたと思う。
いつも彼には敵わなくて、いつも彼には躍らせれていた。

こんな奴好きになるもんか、と思っていたが、いつも間にか彼に惹かれてしまっていた。




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シドの私室の窓辺に腰掛けていた名前は大きな溜息を吐く。


「本当に想っていたのは昔から私だけの一方通行、ね」


小さく呟いた言葉が部屋に響いた。
ぽろりと一粒の涙が頬を濡らした。

そんな時、私室の扉がノックされる。
この部屋の扉をノック出来る人物なんて限られている。少し濡れた頬を袖で拭き、扉を開けて良いという意味を含めて小さくはい、返事を返すと躊躇いがちに私室に入って来たのはやはり予想通りの人物、リグディであった。



「お嬢さん、悪いけどお嬢さんはお嬢さんの居場所に戻ってもらって良いか?ここは今主に裏切られて皆が疑心暗鬼だ。そんなところに敵であるPSICOM所属で閣下の婚約者であるお前にここに居られると色々まずいんだわー」



頭をわしゃわしゃとかく彼はとても気まずそうにそう告げた。
要するにシドの裏切りにあった騎兵隊は誰が敵で誰が味方かわからなければ、憧れとして崇めていたシドが姿を消してこの騎兵隊は混乱状態。
リグディははっきりとは言わないが、こんな混乱状態にPSICOMであり、シドの息のかかっていた私が居ては騎兵隊の中で私を殺そうとか、よろしくない過激な意見が出てきてしまっているということだろう。

彼は私とシドの関係を知っており、私がここに居ても敵対視することもなく、むしろ味方として扱ってくれる唯一の人物であった。
そんな彼がこうしてこの私室に来てまで告げてくれているのは、彼の優しさ。
私が危険な目に遭わないようにこうして警告しに来てくれているのだ。



「いや、ここから離れたくない、って言ったら?」

「頭の良いお前なら俺の言いたいことが分かってるだろう」

「知らない、分からない」


ここから離れてしまうとシドの存在が薄れてしまうように思えた。



「はぁ、あと一時間後にお前を向こうに送る。それまでに決着つけておけよ」


それ以上、リグディは何も言わなかった。
静かに部屋を出ていき、また部屋に一人ぼっちになった。

シドの裏切りによって混乱しているのは、シドの一番の部下であったリグディに違いない。
きっと私を問い詰めて、罵りたいに違いないはずなのに彼は溜息をついくだけで何も言わなかった。それどころか私を安全に送り届けようとしている。
どんな気持ちで此処まで来て、私に会いに来たのかなんて想像できない。


大黒柱である主を失ったこの艦体では、様々人々の思いが詰まっていた。

名前は強く手のひらを握りしめた。少し伸びた爪が食い込んで痛かった。







悲劇のヒロインにもなれない