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この世界は大きく生まれ変わった。

人間によって統治していく。そんな世界へとゆっくり動き出したこの世界の中心にはシド・レインズがいた。
彼はクリスタル化もせず、シ骸になることもなく、この世界を生きている。右手の印は白く火傷の跡のように変化していた。

そんな彼を中心に騒然とした世界を納めるために奔走していた。
PSICOMEだとか騎兵隊だとか、そんな垣根を取っ払って、誰もが協力してこのコクーンを支えようと努力していたのだった。

もちろん名前もこの世界のため、シドのために奔走していた。
しかし今度は彼の近くにて、雑務をしたり、シドの補佐的職務を中心に行っていた。
シドを庇ったあの日、シドは使命に抗うことを覚悟し、騎兵隊と共にいた。ただ、シ骸にはならないよう上手く立ち回って行動していた。
そんな中、ルシ一味の働きでこのような世界を築けるようになったのだ。

片付けなければいけない仕事は山積みで、名前は走り回るように忙しく仕事を進めていた。
そんな姿をシドは遠くから見つめていると、自分の口角が上がっていることに気が付き慌てて口元を手で隠す。



「シド〜、この書類の資料ってあっちの本棚のところにありましたっけ?」



たくさんの資料を一気に抱えるため、顎で資料を支えながら抱える名前はシドに指示をあおぐ。

そうだよ、との返事と共にそんなに一気に抱えなくても資料は逃げないよと告げると、身体が足りないんですと返される。

少し早足で本棚の方に向かう名前の姿を目で追う。
もちろんシドは暇なわけではない。
むしろ仕事は山のようにあるわけだが、彼女を目で追うことは昔から日課なのだ。
そう、昔から。学生のころから。

しっかりしているようで危なっかしくて、目が離せない。

そうこうしている今も名前は書類を纏めるための資料を本棚から見つけようと探している。
しかし探している場所は彼女の目線の位置であって、シドはその本がもっと上にあることを知っている。
彼女はいつ気がつくかな、と見つめているとはっと上を見たようで、目的の本を見つける。

つま先立ちをし、手を伸ばしても彼女の手は本の端の方にしか届かない。
踏み台を探せば良いのに、彼女は横着して本棚に手をかけながらぴょんぴょんと飛び跳ねる。
少しだけ手がかかった本は、彼女の頭を目掛けて倒れ落ちるという表現を使った方が良いだろう。

デジャブとはこういうことを言うんだろうか。
学生の頃もこれに近いことがあった。

シドは瞬時に彼女に近付き、彼女の頭めがけて倒れ落ちる本を支えると、彼女はシドを見上げて笑いながら言う。



「おー、シドったらナイスタイミングです。流石ですね」

「流石ですね、じゃなくてちゃんと自分の身長を考えて行動しなさい。これが初めてじゃないだろ?」

「ふふ、よく覚えてますね」



にやにやと笑いながらこちらを見る彼女から、いつも自分が彼女を見ていると思われてそうで癪だったため、本を持っていない方の手で彼女のおでこに軽いチョップを落とす。



「調子に乗らない」

「は〜い」



絶対にわかっていないような軽い返事をし、他の本を探すため視線を本に戻した。
そんな彼女が視線を変えずに呟くように囁いた。



「シド…、お願いだからどこにも行かないでくださいね。私のこと見守って手を焼いてくれるのはシドにしか出来ないんですからね」



彼女は小さな背中を震わせた。
自分はこの小さな身体にどれだけの重荷を背負わせてしまったのだろうか。

持っていた本を床に落とし、彼女の小さな背中を包み込むと、びくりと身体を震わせる。
一回り小さい彼女の首筋に顔を埋めると、不思議と落ち着いた。



「……シド?」

「もう一度君に聞きたいことがある」

「何ですか?」

「君は私のパートナーになってくれるか?それはもちろん仕事上の意味だけではなくて、プライベートでもね」



名前は今更ながら発言に困惑した。
自分はシドに全てを捧げる覚悟をして、婚約だってしていた。



それを今になって聞くのは何故か。

名前は一つの結論に行き着いた。
シドはしっかりと自分と向き合って、やり直そうと考えてくれているのではないか、と。
そんな考えに行き着いた名前はこう尋ねずにはいられなかった。



「そんな質問じゃなくて、ちゃんと言葉にして欲しいです。どういう、ことですか?」



首もとで諦めたように溜め息を吐くシドがあまりに人間らしくて、顔がはにかんだ。

彼は意を決したように、名前の身体を振り向かせ目を合わせると、真剣な眼差しで見つめ、一回しか言わないからちゃんと聞きなさいと告げた。



「名前、愛しているから私と結婚してほしい。そして仕事でもプライベートでも私を支えてくれないか?」



そんな言葉を貰えるとは思っていなかった名前の目からは大粒の涙が溢れる。
慌てて自分で目を拭おうとすれば、シドに止められ、優しく涙を拭き取られる。


「そんな乱暴に目を拭うと腫れるぞ」


名前が先程のシドの言葉への返事を告げようとすると、ちょうど名前の部下が彼女を探して本棚に顔を出す。
彼女が持っていた資料に用事があったために来たようだが、すごく気まずそうにしている。

別に焦って彼女の答えを聞く必要はない。これから先、たくさんの時間があるだろう。
右手の火傷の跡のようになったルシのシルシも消えないが、彼女を思う気持ちも消えなかった。



「答えはいつでも良いから。ほら、仕事をしておいで」



あわてふためきながら部下と話す彼女の姿を見て、また一つ笑みを溢す。
シドは自分の席に戻ろうと足を進めると、その背中に向かって彼女は叫ぶ。



「断るわけありません!私はずっとシドの側に居ますからね!逃げないでくださいね」



さっきまで涙を流していた彼女は嘘のように、小躍りしそうなほどテンションの上がった歩みで部下とともに仕事をするため、執務室を去っていった。

そんな背中を見つめながら誓う。
今度は彼女を守るという使命を果たそうと。







今日もかわらず君を目で追う


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