色々なジャンル | ナノ






聖府軍の将来の将校たちを育成する士官学校の食堂は大きい。
それはとてつもなく大きい。

友人たちは教官に呼ばれているだかで一緒にお昼ご飯を食べることが出来なかった。
周りがざわざわと盛り上がっている中、一人寂しくご飯を食べる。
ちょうど向かえの席が空いては居るが、例の件(シド・レインズの告白?)から近付いてくる人が減った。まともに会話してくれるのは今一緒に居ることの出来ていない友人二名ほどだけである。
本当に面倒事に巻き込まれてしまったと大きな溜息を一つ吐いた。

すると向かえの座席のイスが引かれる。



「ここの席は空いているかな?」


その人物はこちらが返事をする前にトレーをテーブルに置いている。
そして周りがざわめく。
もう確認しなくても誰だかわかる。
ゆっくりと顔を上げるとそこに居たのは、やはり想像通りの渦中の人物シド・レインズである。再び大きな溜息を一つ。


「君は随分溜息が多いね。そんなに溜息ばかり吐いていると幸せが逃げてしまうよ」


くすくすと笑いながら、ご飯を食べ始める彼に苛立ちを覚える。

彼の衝撃な告白のせいで散々な目に遭っていた。
授業の席はわざと空けてはくれないし、物は無くなるし、陰湿な嫌がらせに遭っていた。

そんな中、友人の言葉を思い出す。
"優しくなんてしちゃ駄目よ、嫌なら徹底的に冷たくあしらいなさい"
冷たくあしらってもこの人物は引いてはくれなそうなんだよなーとぼんやりと思う。



「で、検討してくれたかな?」

「お断りします」

「どうして」

「だって、私には大きな野望とか理想とかないですもん。そんな中途半端な気持ちで貴方についていくことはできないと思います」



そう、私には別に理想とか野望とかは一切ない。
あるとしたら、適当に軍の上層部になって適当に良い生活ができれば良い。
今の世界に矛盾は感じてはいるが、誰かが動けば良いと思っている。
きっと動く人物は居る。この目の前に居る男のように。そこには別に自分のような人間がいなくても問題なく世界は回っていると思っている。

彼は大きく頷くと無言でご飯を食べだした。
何を考えているか本当にわからない男だと思った。

彼はそれからご飯を食べ終わるまで何も言葉を発しなかった。
少し気まずいとは思ったが、何故か居心地は悪くなかった。この男の才能なんだと思う。人を惹きつける才能。自分にはない。

シドはご飯を食べ終わると、静かに告げた。


「まだ諦めてないからね、時間はたっぷりあるわけだからゆっくり考えて欲しい」


何も返事をしなかった。俯いて聞こえないふりをした。
そんな私に怒るわけではなく、彼は優しく笑ってまたね、と言った。



「またね、じゃないですよ、もう…」


私の呟いた声は彼には届かない。
一人で居心地が悪くなったその場から足早に立ち去るのだった。








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それから何度も何度も私が一人で居る時には必ずと言っても良いほど、彼は私のもとにやってきた。
私が一人になると分かる感知器でもついているのかと思うほど。

時にはたわいもない話しだけで終わる日もあった。
冷たくあしらっても彼は折れなかった。
だから一度ちゃんと彼の話しが聞きたくなった。

何故、シドさんはあの理想を掲げているんですか、と言うと彼は嬉しそうに答えてくれた。



「おかしいとは思わないか。ファルシによって世界が構築されているなんて。我々人間の住む世界は人間によって構築していくことが正しいとは思わないか?私は人が人のために考え、協力し、構築していく世界がくることを心から願っているんだよ。おかしいかな?」


真剣に見つめる瞳から目が離せなかった。
彼が理想として掲げる世界が見てみたいと少し思ってしまっている自分がいることに気が付いた。
でも、彼に協力できるほど私に力があるかと考えるとノーだ。
彼よりも年下であるし、軍の上層部に行けるかすらわからない。
私には戦闘しか取り柄がない。


「シドさんの理想は素敵だと思いますが、私には無理です。他をあたってください。もっと優秀な人物がこの学園には居るでしょう」

「そうだね、優秀な人物はたくさんいると思うよ。でも彼らは自分の欲にまみれ、権力や地位、そういったものに執着するような人物でもある。でも君はそういった欲はないだろう?どうせ適当に将校になって適当に人生歩めれば良いと思っている。私という人物に近付くチャンスだとか考えていないところに惹かれたよ」

「だって…シドさんに近付いてどうするんです?」



真剣にそう答えると、口元を抑えながら肩を震わせて笑うシド。
すると遠くのほうで次の授業が始まるチャイムの音が聞こえる。


「もう少し君と話していたかったが、時間だね。君のそういうことろが私は気にいっているんだよ。じゃぁ、またね」

「はいはい、またですね」


笑われたことと、良くわからないことを言う彼にむしゃくしゃして適当な返事を返したが、ふと気が付く。
"また"なんて言葉を言ってしまった、と。

意外と彼との会話のやり取りが心地良く感じはじめてしまっていた。
自分の中での第一の変化であった。






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ある時、毎日のように来ていた勧誘がぱたりと来なくなった。

冷たくあしらっていたし、こなくなったことで諦めたのかと安心している心の片隅になんとなくきゅんと切なさを残していた。
きっと毎日の習慣がなくなったことの寂しさだということで気にしないようにしていた。
だが、気にしないようにしているということはとても気にしているということ。
私の頭の中には彼の言葉がぐるぐると廻っていた。


そんなある日、一人で図書室に居た。
彼のことを考えずぎて課題を一つやるのを忘れてしまっていたのだ。
友人たちに手伝ってくれと頼んでみたが、自分でやりなさいと冷たくあしらわれてしまった。真剣に頼んでいるのに冷たくあしらうことないじゃないか、と心の中で悪態をついて気が付く。自分も真剣に頼んでいる人を冷たくあしらっていたじゃないか。それもとても重大な内容を。

私は何故彼の申し出を断っていたのか。
それはやっぱり自分の能力に自信がないことと、彼に人生を捧げる覚悟がないというところ。彼はどう思って人生を共にしようと言ったのだろうか。
彼は頭の良い人だからきっと色々と考えていることがあるのだろう。
そう言えば一度だって正面から真剣に向き合ったことなんてなかった。向き合わずに答えなんかだせるわけがない。


彼と向き合ってみることを心に決め、一番高い位置の棚に本を戻そうとする。
しかしあと少し身長が足りない。少し飛び跳ねてみると棚に本が届いたが、入らない。何度かぴょんぴょんととび跳ねて本を戻そうとしていると、手から滑った本が顔の上に落下してきそうになった。
痛さを覚悟して目を強く瞑ったが、痛みは降ってこず、後ろから伸ばされた手によって落下しかけていた本は棚にしっかりと収められていた。



「意外と危なっかしいね、君は」


振りかえらなくても分かる。その声は毎日のように聞いていたから。
このタイミングで現れるなんてなんてずるい人なんだろう、シド・レインズは。



「タイミング良すぎですね、シドさん」

「偶然だよ。君に何かあったら困るからね」



彼は両手を本棚に付け、私が逃げられないような体勢を取る。
背中に彼の温もりを感じて少しどきどきした。
どきどきしている自分が不思議で、自分の男性の免疫の無さに呆れた。



「今日で最後にするよ。私と一緒に理想を叶えて欲しい。そして理想を叶えて行く上で私のパートナーにもなって欲しい。私という人物の権力や地位を羨んで近付いてくる人物が側に来ないように君にパートナーになって欲しいと考えている。もちろんそれに関してはすぐの答えはいらない。のちのちそういう視点でも考えてもらえると嬉しいな、というところだな」

「シドさんは私の何が欲しいんですか?」

「そうだね、君の戦力。あとは無欲さ、……なんとなく放っておけないところかな」

「シドさんのパートナーになるかはこれから検討します。でも、シドさんの理想を叶えるというところに関しては乗ってあげても良いですよ。シドさんの理想を語る姿、私は嫌いじゃないです」



本棚についていた手が突然首元に巻きつく。
そして首筋に頭が乗せられ、息がかかり抱きしめられていると気が付く。



「シ、シ、シドさん…っ」

「……ごめん、ちょっと嬉しくてね。君ならそう答えてくれると思っていたよ」



図書館なんだから静かにいさめられ、その体勢から動くことが出来なかった。
きっとそうしていた時間は少しだと思う。でもすごく長い時間そうしていたように感じた。
熱い顔を冷ますことに夢中で、私は気が付かなかった。
彼の顔も真っ赤になっていたなんてこと。きっと誰も知らない。

そんな彼の手は払って言う。


「調子に乗らないでください。私、シドさんの仲間になるしかお答してないです。パートナーになるかは今後のシドさん次第ですよ!」


彼に微笑んだあと、なんだかちょっと悔しくてあっかんべーをしてみる。
小さな小さな反抗。






冷たくあしらうのが鉄則