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「名字少佐って、あの騎兵隊のレインズ准将の恋人で婚約者って本当なんですか?」



PSICOM、それは聖府軍の公安情報司令部であり、聖府直属の特務機関である。
もちろんエリートしか入隊することのできない少数先鋭である。

そんなPSICOMの休憩室で沸きあがった声に、少佐と呼ばれた女は苦笑いをする。




「そうね、婚約者なのは事実だけど恋人っていうのはどうかなぁー」



婚約者なのに恋人ではない。
どういう意味なのだか、質問をした兵士は困った。凄く困った。

婚約者なのであれば恋人なのではないか。
お見合いかなんかで知り合ったのだろうか。でもこの婚約の噂は士官学校でプロポーズされていたという話しもあるのだ。



「どういうこと、ですか?」

「どういうことだろうねぇー」



少佐と呼ばれた女性の名前は名前・名字。
名前は腰かけていた椅子の背もたれに背を預け、ゆっくりと目を瞑った。

それはこの物語のはじまりを思い出すために。
















―――――――――――――――





未来の聖府軍のエリートを育成する士官学校のエントランスで事件は起こった。

たくさんの生徒たちが行き来する中、中央部分に人だかりができていた。
普段は静かなはずのこのエントランスがざわざわと喧騒に包まれ、行きかう人々の足どめをする。
理由は一つ。その中央部分に居る男女の会話が原因である。



「私と人生を共にして欲しい」



真面目な顔をしてそう告げる、私よりも一回り以上大きい男。
これが長年付き合ってきた男性に言われた一言であったら、どんなに嬉しいだろうか。
ただ、この目の前の男と私は別に付き合っているわけではない。
そのため嬉しいどころか、唖然としてしまい反応に困る。



「さっきから何、言っているんですか?シド先輩」


この大きくて顔も綺麗な信じられない言葉を発した男はシド・レインズ。
この士官学校では一番の有名人。
きっとこの男を知らない人物はいない。
成績優秀で将来も約束されているような、天は二物を与えたような男。

私よりも四学年上の人で、つい最近あった実践演習で初めて話したような人物である。



「何って、何度も言っているが、もう一度言ったほうが良いかな?私と人生を…「いや、そういう意味じゃなくて」


何、どういうこと、なんて辺りからは悲鳴に似た女性たちの声が響く。
なんとも耳触りだ。
この男は自分がどういう立場か考えて欲しい、切実に。
そんなことを頭の片隅で思いながら、目の前の男の本心を模索する。



「私たちって、つい最近出会ったばかりですよね?」

「君はそう思っているだけで、実は随分と前から知り合ってはいたよ」

「え、それってどういうことですか、ってまぁ、今はそんなことどうでも良いです」

「答えは急がないよ、君が嫌だ、といっても君のことはなんとしてでも手に入れるから」



誰にも聞こえないように耳元で囁き、笑顔を送ってくるこの男。
笑顔はなんとも爽やかで、周りから見たらきっとただ口説かれているようにしか見えないだろう。この、クソ野郎。私は騙されないぞ、と心の中で悪態を吐く。

何故こんな展開になったんだろ。

彼との出会いに振り返って考えてみると思い当たることがあった。

そう、彼との出会いの場となった実践演習の中で…。







―――――――――――――――



入学しばかりの一年生は四年生と組むグループ演習。
私は運良く(悪く?)学校一有名なシド・レインズと同じ班になった。



「やった、レインズ先輩と同じ班だぁ」

「幸せ〜。レインズ先輩に良いところを見せないとね!」


そんな女子たちの浮かれている声がうるさくてしょうがなかった。
なんのために士官学校に通っているんだ、この女たちは。
というか、まずシド・レインズってどれだよ。

なんて考えていたのは覚えている。

そんな私の頭上から降って来た言葉は「みんな余裕があるね」だった。
見上げなきゃ顔が見えないくらい長身で、驚くほど爽やかな笑みを浮かべる男。


「貴方だって随分余裕がありますね、剣も持たないなんて」

「私はもう何度もこの演習を経験しているからね、慣れたよ」

「慣れが一番危ないものだって知っていますか、先輩」

「うん、素晴らしい解答だね、でも私は大丈夫だよ」



むかつくほど爽やかなこの男が先輩なことは明らかだったが、なんとなくいけ好かなかった。だから周りの女子が騒いでいたことに気が付かなかった。

この日の演習は何かおかしかった。
演習で退治する予定だったモンスターが全く現れなかった。



「私たち、あっちの方を見てきますね!」


同じ班の先輩たちの返答も待たずに走っていってしまう女子二名。
そういえば、あの二人ってレインズだかっていう先輩について盛り上がっていた二人だなーなんて考える。
レインズってどの人か知りたかったな。

そんなことを暢気に思っていると、先程の余裕ぶっていた爽やかな先輩が「待て」と声を上げる。
その声に反応して女たちが走り去った方を見ると、ぶるりと悪寒がした。

これは嫌な予感。昔から私の嫌な予感すごく当たるのだ。
考えるよりも身体が反応して、彼女たちが走って行った方に向かって足を進める。
爽やか先輩の制止の声は耳には入っていなかった。


少し走ったところで悲鳴が響く。それはもう断末魔に近い悲鳴。

腰に差している二本の剣を抜き、さらに足を速めるとそこは血の海だった。
討伐予定だった魔物が十頭は居るではないか。
私たちが討伐予定だったのはたったの一頭。話しが違う。
でもそんなこと言ってられない。これは生きるか死ぬかの試練。
演習とはいえども、きっと軍人になればこんな試練はきっとたくさんある。

そう考えると恐怖は消え、自分が笑みを浮かべていることに気が付いた。
剣を握り直し、モンスターに向かおうとすると、隣に人の気配を感じた。


「こんな状況で笑うなんて、やっぱり君は余裕だね」


隣に立っていたのは、やはり爽やかな笑みを浮かべる爽やか先輩。



「爽やか先輩こそ、余裕そうじゃないですか」

「そうかな?まぁ、少しこの状況を楽しんでいるよ。君は二刀流かな?行けるのかな?」

「行けるか行けないかは、私の戦い方を見て判断してください」



地面を大きく蹴って、自慢の二刀流を振り回す。
戦っているときの記憶はほとんど残っていない。
きっとアドレナリン大放出で戦っているんだろう。無我夢中ってやつだ。

顔や服に血が付こうとも気にしない。
そんな戦い方をしていた。
だけど一つだけ覚えていることがある。

それは爽やか先輩の戦い方が本当に気持ち良かった。
私の動きを何手も先まで読んで動いてくれる。本当に強い人の戦い方だ。

最後の一体に留めを刺すと、爽やか先輩が拍手をした。
いや、その前に怪我人を治療しないと、なんて思っているといつの間にか爽やか先輩がっちゃっかりと怪我人の手当てをしていた。



「君の戦い方に惚れたよ、素晴らしかった。ぜひ私のもとで働いて欲しいね」


私のもとってなんだ。まだ学生じゃないか。
爽やか先輩は撤回だ。傲慢先輩と呼ぼう。


「まだ先輩だって学生じゃないですか、何言ってるんですか」

「うん、その通りだね。でもきっと近い未来に私は人の上に立つような軍人になるよ」

「……自信満々すぎてうざいですね」

「うざい、か。そんなこと言うような女の子に会ったのは初めてだよ」

「うわー、きっとみんな我慢しているんじゃないですかね。そんな性格だと部下になる人が可哀想ですよ!ほら、あれだ、みんなの憧れのレインズ先輩?だかを見習った方が良いんじゃないですか?」

「ははは、君は面白いね。…私がシド・レインズだよ」



今日の教訓。
あまり知らないことを知っているかのように話すと痛い目に遭う。

そんな最悪な出会いをした私たち。


そして冒頭に戻る――――――――――







「はぁーあ」


エントランスから出ても女生徒たちの視線が痛く、人が居ない庭のような場所で大きすぎる溜息をつくと、くすくすと笑い声が聞える。

振り返るとそこには悩みの種の張本人であるシド・レインズが口元を手で隠して立っているではないか。
今は会いたくなかった、切実に。


「なんでここに居るんですか、シド先輩」

「先に居たのは私だよ、そこに君が来ただけだ」

「というか、どういう意味であんなこと…」



何度も言うが、私とこの爽やかに笑う男は付きあってはいない。
あの演習から少し話すようになって、シド先輩と名前で呼ぶようになっただけ。

名前で呼ぶほど親しいのか、と聞かれると否だ。
傲慢先輩って呼んだら、ものすごく冷たい目で睨まれたからしょうがなく名前で呼んだだけ。レインズでも良かったのだけど、なんとなくみんなが憧れてるレインズという人物と私が思うこの人は別なような気がして、別の呼び方をしたかっただけ。



「どういう意味もない。そのままの意味だよ。君の人生を私に欲しい」

「人生って…大げさな」

「大げさじゃないさ、君の力は私の理想に近い。だから君が欲しい」



そうか、何故こんなプロポースまがいのことを言われてもちっとも嬉しくなかったのは、私は始めから気が付いていたんだ。

彼は私が欲しいんじゃなくて、私の 戦 闘 の 力 が欲しいんだってことに。



「貴方の理想ってなんですか?」

「それを聞いたらもう君の人生をくれるのかな」

「普通に力を貸すじゃ駄目なんですか」

「駄目だね。だって別の誰かに恋したら私を裏切るかもしれない。だったら仕事も私生活もパートナーになってもらえばそんな心配はいらない」



随分爽やかな笑顔でえぐいことを言う。
本当に笑えない。笑えないはずなのに笑ってしまう。


「へー、じゃぁ、私も出世のためにシド先輩を利用して良いんですか?」

「もちろんだよ、利用できるものは利用するべきだ」

「そこまでして叶えたい理想ってなんですか。とりあえず理想を聞かないと私の人生はあげられません」


彼は大きく頷いて、一層笑顔を作って呟いた。


「簡潔に言うとファルシではなく人の手によるコクーンの統治、かな。」



簡単にさらりと言ったがとんでもないことを言っている。
それは反聖府活動をすると言っているのと同じだ。
私はとんでもない船に乗りかかってしまったのかもしれない。

でも私の理想とも近かった。幼い頃から疑問に思っていたこの世界の秩序。
この食えない男なら覆すことができるかもしれない。



「聞きたいことはいっぱいありますけど…、まぁ聞いても教えてくれないでしょうから良いです。少し考えさせてください」

「考えても良いけど返事はイエスしか受け付けないよ」



私が告発するとか考えないのだろうか、この人は。
いや、きっと私も聖府に疑問を抱いていることはこの人には分かっているのだろう。

悔しいから返事もせずにその場を立ち去るしかなかった。

あの時の私が答えを変えていたら、人生変わっていだろう。
きっと平凡な兵士になって、平凡な毎日を送っていたと思う。



私とシドの関係は歪な形の関係だ。

周りは羨ましがるが、何も羨ましいことなんてない。


私たちはお互いの 能 力 に惹かれあったのだ。


だから、婚約者だが恋人ではない。





 


恋愛の虚飾と現実