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突然鳴り響いた携帯電話。

着信相手は草薙出雲。
深夜0時を過ぎた着信になぜだか嫌な予感がした。


電話を出た瞬間の草薙の声はとても暗く、吠舞羅に何かあったのは予想がついた。

でもまさか、こんなことになるなんて思ってもみなかった。




「名前ちゃん、落ち着いて聞きぃ。十束が……死んだ」











――――――――――――









「今年のクリスマスは何しようか?」




カメラを片手に持ちながら、十束多々良は言った。

12月に入ったばかり。
しかし街はすでにクリスマスやお正月の準備なんてしていて、いつもこの時期になるとあっという間に時間が過ぎていく気がする。

最近多趣味である彼はカメラにハマったようで、こうして外に出掛ける時は必ずと言っても良いほどカメラを持ち歩くようになった。


「ね、多々良?」

「ん?」

「そのカメラ、そんなに良いの?」

「やっぱり昔のカメラは楽しいよ。名前も撮ってみる?」

「私は遠慮しておくよ」



カメラを覗きながら、また再び同じ質問を繰り返す多々良。

クリスマスかぁ、なんて考えながら去年は確か吠舞羅のメンバーで過ごしたことを思い出した。



「今年はさ、」



途中で何も言わなくなった多々良を見れば、いつの間にかこちらを真っ直ぐ見つめておりドキリとした。



「ん?」


「今年は二人で過ごそうよ。小旅行なんてしちゃう?俺、カメラ買ったことだし」

「私は良いけど、多々良は良いの?」



これはちょっと意地悪な質問だ。

なんだかんだで彼とは毎年クリスマスを共に過ごしている。
恋人同士なわけではなく、はっきりしない関係。



「毎年一緒でしょ?」

「まぁ、そうなんだけどね」

「何、もしかして名前さんは俺と過ごすの嫌なんですか?」



悲しい表情をわざとらし作る彼に、「何処に連れていってくれるの?」と、聞けば北海道にでも行こうかと言われる。



「北海道って、小旅行の域を越えてるけど…」

「良いじゃん、雪国ー!屋根や道路に積もった雪をこのカメラで映したら雰囲気出ると思うんだよなぁ」



キラキラ目を輝かせながらそう呟く彼の中ではもう北海道に行くということで決定しているのか、携帯を片手に北海道行きのチケットを予約していた。

24日はチケットが取れなかったということで、25日のチケットを取り満足している多々良。



「ねぇ、名前。北海道に行ったらまず何食べる?」

「食べるって、風景がどうのって言ってなかった?」

「いやー、まずは食べ物でしょ!」



二人で目を合わせれば笑い、北海道への旅行計画を話し合った。

心の中では多々良と行く北海道旅行が凄く楽しみだった。
でも素直じゃない私は、喜ぶ多々良の話を落ち着いて聞いているふりをしていた。



私はいつも素直じゃないんだ。

もっと私が素直だったら、何か変われたのかな…?
















――――――――――――






薄暗い病院の自動ドアをくぐれば、腕を組んでベンチに座る出雲さんの姿が見えた。

私の姿に気が付けばベンチから立ち上がりこちらに駆け寄ってきた。




「こんな時間やったのに…よう来たな。名前ちゃん、こっちや…」



少し疲れた顔をしている出雲さんの後ろには目を真っ赤に腫らした八田くんが居て、その姿を見てあの電話の真実味が増した。


出雲さんから電話を貰ってからすぐに家を出て、告げられた病院までどのように来たかなんて覚えていない。

ただいつものように「実は嘘だよ」なんて笑っている多々良が病院のベッドに寝ているだけだと信じていた。
そして出雲さんにそんな嘘つくなって怒るんだって。


無言の中、二人に案内された場所は薄暗い病院の地下の一室で、扉には霊安室と書かれていた。



「堪忍な…名前ちゃん。僕らが行った時には間に合わなかってん。中には尊が一緒におるから」



怖くて扉が開けられなかった。
扉を開けてそこで多々良が寝てるだなんて、見たくなかった。

自分の目で見てしまえば、それは現実になってしまうから。


そんな私に気が付いたのか、出雲さんが私の肩を抱き、ゆっくりと扉を開けた。


薄暗い部屋に居るのは険しい表情をした尊さんと、真っ白いシーツに包まれた多々良の姿だった。




「………多々…良?」



そう呟いた声が広くない室内に広がった。

足が動かなかった。

尊さんが私から目をそらして「すまない」と呟いた。


あぁ、本当なんだ。それが私の第一の感想だった。

もっと取り乱すかと思っていたが、不思議と落ち着いており、シーツに包まれた多々良の側にゆっくりと足を動かした。


横になる多々良の表情は安らかで、眠っているんじゃないかと思うほどだった。



「ねぇ、多々良…。何寝てるのよ、尊さんも居るよ。起きなよ…」



もちろん多々良からの返事はなく、彼の身体に触れれば驚くほど冷たかった。

私の身体を暖めてくれた、彼の優しい体温は少しも残ってはいなかった。



「多々良…、ねぇ、目開けてよ。名前って呼んでよ…。笑ってよ、ねぇ…」



徐々に彼が死んでしまったということが理解出来てきた。

もう二度と目を開けることも、あの優しい笑みを浮かべることも、私を怒ってくれることも、心配してくれることもないんだ。



「多々良…っ、嫌だよ。嫌!私、多々良に何も伝えてないよ…っ」



ずっと逃げてばかりいた。

この関係を崩したくなくて、好きと言って断られて彼の隣にいれなくなってしまうくらいなら友達で良いと思っていた。


いつでも伝えられるって思っていた。




「……っ、私、多々良に好きって伝えられてないよ…っ!だから嫌だよ、ねぇ、返事して?私を見てよ、ねぇ…多々良っ、好きだよ……好きなんだよ…っ」




彼の冷たくなった身体を揺さぶった。
それでももちろん目を覚ますことはなくって、涙が溢れた。



「ねぇ、嫌だよ…っ、私も連れてってよ…ずっと一緒だって言ってたじゃない!だから、一人で遠くに逝かないでよ…っ」



泣きながら多々良を抱き締めれば、見かねた出雲さんが私の肩を抱き多々良から離そうとする。



「多々良から離さないで…っ!」


「……名前ちゃん…、」

「嫌だよ、まだ多々良に話さなきゃ駄目なこといっぱいあるの。多々良とずっと一緒に居るって約束したの。多々良の居ない世界に生きてたってしょうがないの…っ」

「……………」

「…そうだ。出雲さん…、私を殺してください。多々良のところに行かせてください」



そんな私の発言に出雲さんは私の頬を強く打った。

ぱしんという乾いた音が響き、左頬に痛みがさし出雲さんに叩かれたと気が付く。

彼のサングラスに隠された瞳を覗けば、瞳が潤んでいた。
ふと尊さんや八田くんを見れば、難しい顔をしていたり八田くんなんかは涙を流していた。

そこで気が付いた。
悲しいのは私だけじゃないのだ。



「出雲さん、尊さん、八田くん、…多々良、ごめんなさい……っ」



自分の言ってしまったことを後悔した。

多々良は私が死んだら怒るに決まっている。
それに今は皆悲しんでいるんだ。

まだ痛む左頬を抑えながら涙を流せば、冷たくなった身体を出雲さんが優しく包んでくれた。
その温もりと香りは、多々良のものとは別でまた悲しくなった。





多々良の葬儀はひっそりと終わった。

彼のカメラから彼を殺した人物が写っていたということで、吠舞羅のメンバーは怒っていたが、私はなぜだか少し冷静だった。


多々良が居ない世界は何も美しくなくって、何も考えられなかった。

彼が亡くなって落ち着いてからも、部屋から出る気もおきず、何度か心配した出雲さんや八田くんが家に様子を見に来てくれ、外に出ろと言われたが外に出る気はおきなかった。


部屋に飾られた多々良との写真が辛くて、写真たてを伏せた。


食べて寝るといった生活を続け
ていれば、いつの間にか世間は賑わう日であるクリスマスイブになっていたようでテレビでは幸せそうな恋人たちの姿が写っていた。

クリスマスといえば、色々あった。
いずれも思い浮かぶ思い出には全て多々良の姿があるのだった。


彼との思い出を思い浮かべていれば、インターフォンが鳴り響く。

誰かと思い扉を開ければ、そこには真っ赤なクリスマスの花を持った花屋さんの人が居た。
そんな花を贈ってくるような人物が思い浮かばなかった。



「宛先、間違っていませんか?」


「いえ、名字名前さんですよね?……十束多々良さんからの宅配ですね」




頭が真っ白になった。

その花屋さんからの言葉を聞くと、涙がこぼれ落ちた。




「素敵ですね。知ってました?この花はポインセチアと言ってクリスマスの花として有名なのですが、花言葉がありまして…『あなたの幸せを祈ります』という意味を持つんですよ」





ポインセチアの花束を抱え部屋に戻ると、花束の中に手紙が入っていることに気が付く。

深呼吸を一つして、手紙を開けば見慣れた字が並んでいた。





―――

名前へ

改めて手紙なんて恥ずかしいよね。
でも俺、面と向かったら絶対に言えないと思うから。

ずっと今まで言えなかったけど、俺は名前のことが好きだよ。
それはもちろん友達としてじゃなくて、一人の女性として。
色々順番がおかしいけど、ずっと好きだよ。
ちゃんと伝えておきたくなってね。

明日は楽しもうね。
じゃぁ、続きは明日。



―――




こぼれ落ちる涙が止まらなかった。

どうして私も早く自分の気持ちを伝えなかったのだろう。
もう二度と彼に自分の気持ちを伝えることが出来なくなってしまうなんて。


花束を抱え、泣き叫んだ。

ポインセチアの花束がとても眩しかった。











――――――――――――





深く息を吸い込むと、冷たい空気が肺を刺す。

辺り一面は真っ白い雪で覆われており銀世界が広がっていた。


私は一人、北海道の地に足を踏み入れた。
何故なら多々良が見たかった景色を私が見なくてはいけないと思ったのだ。

出雲さんなんかは心配していたが、大丈夫だと言った。




「ねぇ、多々良?この景色見えてる?……好きだよ」




そんな呟きも銀世界の中に静かに消えていった。


これから多々良の居ない世界で私は生きていかなければならない。

きっと多々良は私のこと見守ってくれるよね…?



でも私は貴方に会いたい














ポインセチアの花束を君に