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どうしてこんな空気になってしまったんだろう。

私には理解が出来なかった。

ことの始まりはきっと私のあの一言だった。





高校を卒業し、晴れて大学に入学した私。
多々良は頭は良かったのに大学に入ることはなかった。

多分それは赤の王となった尊さんを支えたかったからだと思う。

高校を卒業すると同時に私は多々良のことを好きという気持ちからも卒業することにした。


だからBAR HOMRAにもなるべく近付かないようにした。
多々良と会いたくなかったから。

それでも定期的に多々良からは連絡が入っていて、出雲さんからもたまには顔を出しに来てと言われ、数カ月ぶりに多々良と顔を合わせたのだった。




「やぁ、久しぶりだね」



そんないつもと変わらない多々良の姿に胸がチクリとした。

高校の頃から何も変わらない。
きっと変わったのは私だけ。


そっと多々良の隣に座れば、あれほど隣にいたはずなのに緊張した。

そんなこと知らずに多々良はにこにこと微笑み話しかけてきた。
大学はどう?や、毎日会ってたのに急に会えなくなるなんて寂しいなど、そんなことを言っていた。私の気持ちなんて知らずに。

そんな時、出雲さんが冗談半分で「名前ちゃん、彼氏でも出来たんとちゃうの?」と言った。
私はすぐに答えられなかった。



何故なら数週間前、合コンで知り合った男性から告白され、多々良を忘れる良い機会だとお付き合いすることにしたのだ。

付き合うに至った経緯が合コンだなんて、何故だか言い出しにくかった。



「え、そうなの?!名前?」



多々良の顔からいつもの笑みが消えた。

目が合わせられなかった。
出雲さんが入れてくれたジュースを見つめながら、「彼氏、出来たんだ」と呟けば沈黙が広がった。冒頭に戻る。



そんな空気の中、気まずそうにしていれば出雲さんがその場の空気を変えようと色々と話しかけてくれた。

でもやはり聞かれるのはそこだった。



「で、どういう経緯で付き合うことになったん?」

「えー、それはですね。まぁ、……合コン的な…」



言いにくかったためぼそりと呟いた。
それに反応したのは今まで黙っていた多々良だった。




「そんなのやめなよ。合コンで付き合うなんて馬鹿みたいだよ。本当に好きなわけじゃないじゃん。その場のノリで付き合うなんてこと理解出来ない」



多々良の目は冷たかった。

今まで一度だってそんな目で見られて怒られたことなんてなかった。

心配されて怒られたことがあってもこんな風な怒りかたではなかった。
それがショックだったのかわからないが、私の中で何かが弾けた。




「そんな風に言うのやめてよ。付き合ったきっかけは合コンだけど、ちゃんと好きになるかもしれないでしょ?それに彼は優しいの。だからそんな風に勝手に決めつけないで」

「男なんて最初は誰にでも優しいもんだよ。そうして騙されたって俺は知らないよ。そんなわけわからない理由で付き合ってどうすんの?」

「何それ。じゃぁ、多々良も私のこと騙すつもりで優しくしたの?っていうか、私が誰と付き合おうが多々良には関係ない…っ!」



ばんっとテーブルを叩き椅子から立ち上がった。

なんだか悔しくて、涙が溢れそうになった。
でも多々良の前では絶対に泣きたくなんてなかった。

出雲さんに一言謝罪し、その場を逃げるように後にした。
お店を出た瞬間、やはり大粒の涙が溢れた。


多々良には関係ない、と言った瞬間に見せた多々良の歪んだ顔が忘れられなかった。












――――――――――――






街はクリスマスムードで一色だった。

ここは待ち合わせスポットのため、たくさんの人で混雑し、賑わっていた。
恋人たちがそれぞれの喜びの表情で間に合わせをする中、私も彼を待っていた。



あれから多々良からは一切連絡が来なかった。
もちろん私からもしなかった。

出雲さんからは何度か連絡が来た。多々良と私が喧嘩をするところなんて初めて見たから心配してくれたようだ。

多々良と連絡を取らない分、出雲さんと連絡を取っていた気がする。彼氏のことなども少し話したりもした。
出雲さんは大人だから何も言わないだけで、きっと私が彼氏を作った本当の理由を知っていると思う。


彼を待っている間なのに多々良のことを考えているなんて自分でも最低だと思う。

でも今日でそれもやめようと思った。
彼を心から好きになろうと決めてこの場所に来たのだから。


それにしても彼はなかなか待ち合わせ場所に現れなかった。

電話をかけてみたが、電波が届かないというアナウンスが入り、きっと電車に乗っているんだと思っていた。


しかし、待っても待っても来なかった。

寒さで身体は震え、手の感覚も失われていった。
何処か温かい場所に入って待とうか、と考え近くにあるお店を見た時だった。

全身の血の気が引いていくのと、怒りがこみ上げてくるのを感じた。


何故ならそのお店に彼が居た。
それも楽しそうに女性と笑いあっていた。

私は我慢できず、お店に入って行き、彼の前に立った。その瞬間、彼は私に気が付きひきつった笑みを浮かべた。



「あれ?何、俺のこと待ってたの?」

「何よ、それ…」



一緒に居た女が笑いながら「えー、この子が例の遊んであげてる子?」と言った瞬間、泣きたくなんかないのに泣けてきた。

だって多々良のいう通りだったから。

それなのに多々良の言うことを聞かずに、それどころか多々良ともう二度と今までのようにすることこが出来ないような距離を作ってしまった。


彼と女は「そんなに好きだったのかーごめんごめん」なんて言って笑った。

お前が好きだったから泣いてるんじゃないんだよ、と思っても言葉に出来ず、動くことも出来なかった。


「じゃあな、馬鹿女」


そう告げ、彼と女はその場を去っていこうとした。

その瞬間、店内に大きな音が響き渡った。そして女の悲鳴。
足元には去ったはずの彼が口元から血を流し転がっていた。

それと同時にドスの効いた低い声が響いた。



「名前は馬鹿女なんかじゃないんだよ、ふざけるな…っ」



声の先には握る拳が怒りに震えていた、多々良の姿があった。



「……多々良…っ」



女は彼に駆け寄り、彼を起こすと自分が何をされたか気付き、彼は多々良に掴みかかろうとしたがそれよりも早く多々良が彼の襟首を掴みかかっていた。

普段もっぱら喧嘩は弱くてやられてばかりの多々良を見ていた。だからそんな行動をとる彼は初めて見た。

もう一度彼を殴ろうと多々良は手を振り上げた。
それに気が付いた私は多々良に駆け寄り、振り上げた手を抑えた。



「多々良っ、もういいよ。私は大丈夫だから…!」


「大丈夫じゃない。名前を泣かせるほど傷付けたような奴、許せるほど俺は大人じゃない」

「違うの、泣いてるのは違うの!こんな奴に裏切られたって私、大丈夫だから。こんな奴、私の方が願い下げだよ…!」



一瞬こちらを見た多々良は彼の襟首を放した。
慌てて距離をとった彼は捨て台詞のように「てめーら何なんだよ。お前にも男が居たんじゃないかよ」なんて言いながら去っていった。

そんな逃げるような後ろ姿を見て、冷静になるとその場の注目になっていることに気が付く。

多々良は無言で私の手を握った。
そして店員さんに頭を下げ、その場の収拾をすると握った手を引き、恋人たちの街を歩いた。




何処も人で賑わっていた。
ぐんぐん手を引っ張る多々良に着いて行き、気が付けば喧騒が少し遠くなっており、辺りは静かなホテル街だった。



「ちょ、ちょっと、多々良?」



前を歩く背中に声をかけても、振り返ることも返事をすることもなかった。

とあるホテルの前で一度立ち止まると、そのまま中に入って行った。
慣れた手付きで機械を操作し、部屋に入ると、ベッドの上に座らされ、立ったままの多々良に見下ろされるような形になった。



「ね、分かったでしょ?俺の言ってたこと」




無表情で訊ねてきた言葉に下を向きながら、無言で頷くことしか出来なかった。

すると、ふわりと冷たい身体が包み込まれた。
多々良の香りが鼻腔をくすぐった。



「……良かったぁ、名前が変なことされてなくて…」



耳元で聞こえた多々良の少し震える声、ふと右手を見ると、彼を殴った際についたのか小さな傷があった。

それに申し訳なくなり、彼の背中に腕を回し泣きながら謝った。



「ごめんね、ごめん…っ、多々良。私、何もわかって、なかった。でも私ね、彼に裏切られたことより多々良の言うこと聞かないで、こんな目に遭って、多々良に呆れられて、もう話せないって思ったのが辛かったの…っ」



私の身体に回した彼の腕の力がさらに強くなった。
少し苦しかったが、嫌ではなかった。



「俺が、名前のこと呆れるわけないじゃん。だって俺……」



そこまで言うと言葉が詰まった。
俺、のあとには何が続くの?と聞きたかったが涙に邪魔をされ聞くことが出来なかった。

何も言わず抱き締めあっていた。
その時間が心地よかった。


ふと視線が合うと、引力に引かれあうかのようにキスをした。


初めてのキスは涙の味がした。


始めは触れるだけのキスだったのだが、どんどん深いモノへと変わっていった。

ベッドにそのまま押し倒され、見上げれば天井と苦笑いをする多々良の姿があった。



「ごめん…、俺、別にこんなことするつもりでこの場所に連れてきたわけじゃないんだけど…」



そう言って少し冷静になったのか、多々良は起き上がろうとした。
そんな多々良の腕を引き、頭に手を回しキスをした。無意識の行動だった。



「一応、俺も男なんだけど…。そんなことされたら止められなくなる…」



眉間に皺を寄せ苦しそうに呟く多々良の皺にもう一度キスをした。



「私、多々良となら後悔しないよ。だから、笑って?私、多々良の笑顔が大好きなの」



それからはあまりよく覚えてない。

理性なんて飛ばして、思うままに抱き合い、触れ合った。
初めてだったが、多々良とだから不安も嫌悪感もなかった。むしろ幸せすら感じた。

全ての行為が終わったあと、疲れてしまったのか多々良に頭を撫でられながら眠りに落ちた。


やっぱり私が好きなのは多々良だと思った。
多々良からしたら私は親友なのかもしれない。それでも良いんだ。

気持ちなんか伝えなくても、こうして多々良の隣に居ることが出来ればそれで良い。










――――――――――――





朝の陽射しで目を覚ます。

なんとも言えない怠さが身体を襲い、隣ですやすやと眠る多々良を見て昨日の出来事を思い出し赤面する。


すると多々良も目を覚ました。

目が合うと互いに赤面した。
そして慌てて起き上がったが、生まれたままの姿なことに気が付き彼は適当に服を羽織ると「俺はあっちで着替えるから着替え終わったら呼んで」と足早に洗面所の方へ消えていった。


自分も慌てて着替え、彼とどのように接すれば良いか悩みながら彼に着替え終わったことを告げる。

目も合わさず短い会話をし、ホテルを出ると「家まで送る」と小さく告げられ無言のまま帰路についた。

気まずい空気が漂ったまま冷たい空気に包まれた街を歩く。
どうしたら良いのか悩んでいればあっという間に家に着いてしまう。



「えっと、家までありがとう。あと、昨日もありがとう」


「いや、それは…」

「じゃぁ、またね?」

「あ、うん……」



落ち着いたらちゃんと電話しようと心に決め家に入ろうとすれば、「待って」と腕を引かれる。



「ん?」

「……ごめん!勢いであんなことして、本当にごめん。俺、名前とまた気まずくなるのは嫌だ。俺、」

「謝らないでよ。私、何も後悔してないよ?多々良は後悔してるの?」


首を横に振る多々良に少し安心する。後悔してる、なんて言われたらショックどころではない。



「なら良いじゃん。多々良と私はもとから友達以上でしょ?だから、これからも今まで通りで良いじゃん」



困ったように微笑んだ。



「じゃぁさ、今まで通り俺の名前で居てくれる?」

「何それー?いつの間に私、多々良のになったの?」

「良いじゃん、いつでも。いいから答えて」


「……もちろんでしょ?だから多々良は私ので居てね」




いつもの大好きな笑顔を浮かべ微笑む多々良を見て、このままの曖昧な関係で良いと思った。

付き合うと言うことはいつか別れが来てしまうかもしれない。しかし友達に別れは訪れない。
狡い関係で良いんだ。



だから彼とずっと一緒に居たいんだ―――













これが私たちの選んだ道