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BAR HOMRAの扉を開けると、賑やかな声が聞こえてくる。

私の存在に気が付いた出雲さんが「いらっしゃい、名前ちゃん、寒かったやろ?何飲む?」と声を掛ければ、喧騒の中心に居た人物がこちらを振り向き、駆け寄ってくる。



「おー、名前!こっち来て名前も一緒にやろ?」


にこにこ微笑みながら手を引いていく多々良。

その先には八田くんや鎌本
くんの姿があり、八田くんは目をそらしながら頭を下げる。



「久しぶりね…って何してるの?」


視線の先にはテーブルの上にたくさん並べられているトランプ。


「七並べだよ!それが、八田ってばすっごく弱いの!」

「なっ、十束さんはスケボー出来ないじゃないですかっ!」

「ちょっと、それは名前の前では言わないでよー!」



そんなやり取りをしている二人を見て微笑ましい気持ちになる。
八田くんは多々良の弟分のようで、本当に二人は仲が良いな、と考えていれば、また七並べを始めるようで、私に多々良か八田くんのどちらかに助太刀しろという話しになっていた。



「もちろん名前は俺の方に来てくれるに決まってるよね?」


「いやいや、名前さん!一度俺に十束さんに勝たせてください!」

「それより、八田。なんで俺のことは十束さんなのに名前のことは名字さんじゃななくて名前さんなんだよ」

「え、それは名前さんが…」



何故か話までそれはじめており、なんとなく八田くんが可哀想になってきた私は、そっと多々良の手をほどき、八田くんの方に歩み寄る。



「私が名字で呼ばれるのは好きじゃないから名前で呼んでって頼んだの!それと、私は八田くんの味方をしまーす」


多々良に向かってあっかんべーをすれば、なんとなく少し不機嫌になった空気が漂った。

しかし負けてる多々良の姿を見たいという気持ちもあり、あまり気にしないようにしていた。


女の子が苦手な八田くんだが、私には意外となついてくれており、少し嬉しい。

八田くんの七並べの戦法は本当に弱くて、ほとんど私がやったようなものだったけれど、一応多々良に勝つことが出来た。



「やったー!十束さんに勝ったー!」


無邪気に喜ぶ八田くんは、喜びの興奮のあまりか隣に居た私に抱きついた。

しかしすぐに自分が何をしてしまったのかに気が付いた彼は、顔を真っ赤にしながら謝った。



「そんなに嬉しかった?良かったね、勝てて」


子犬のような八田くんが可愛らしくつい微笑んでしまった。

するとガタンっと机が音をたてた。

音の原因を見ると多々良が机を蹴っていた。
そんな普段からは想像がつかない姿に出雲さんも目を丸くして見ていた。



「あー、びっくりさせちゃってごめんごめん。立とうと思ったら足がぶつかっちゃったよー」


いつもと変わらない調子で喋る多々良。

出雲さんなんかも「びっくりするから気を付けぇ」と言って終わっていたが、私にはなんとなく多々良はわざとやったのではないかと思った。

トイレ、とその場を後にする多々良を追って私もトイレへと向かった。



トイレは先ほど居た場所からは視角になっており、少し窪んだ場所にある。

扉の隣に背中をつけて多々良を待てば、予想よりも早くトイレから出てきて、言葉に困ってしまった。


目が一瞬あったが、すぐにそらされてしまい、そのままその場をあとにしようとする多々良。
無視をされたというのが嫌で、何も考えずに多々良腕を掴んだ。


「な、なんで無視するの?」


「別に、無視なんかしてないよ」


笑顔を浮かべる多々良。

この笑顔は作り物だ。
彼とは高校の時からの付き合いなのだ。どれが作り笑いかなんて、わかってしまう。



「…っ、その笑いかた嫌い」



小さく呟くように言ったが、彼にははっきりと伝わったようで、彼の顔から笑顔が消える。

眉間に皺を寄せながら掴んでいた私の手をほどき、今度は彼が私の手を掴み、そのまま壁に押しやった。
そっと横を見れば反対の彼の手があり、壁と彼に挟まれる形になってしまった。


「た、多々良…っん」


「何するつもり?」そう告げようとしたが言葉は続かなかった。

唇には柔らかい感触。
視界には綺麗な多々良の金髪と整った顔が広がっていた。

最初は触れるだけのもの。
だが、次第に深さが増し口内に彼の舌が入り込み侵されていく。

息苦しくなり、逃げようとするが後ろは壁で逃げることは叶わない。
自由が利く手で彼の身体を押してもびくともせずに、そのまま彼の好きなようにされてしまった。


どのぐらいそうしていたのか、というぐらい口内を貪られていればそっと彼は唇を放した。

力が抜けずるずると地面に座り込んでしまえば、彼も同じように地面に座り込む。
そんな彼の表情を見ると、今にも泣きそうな表情をしていた。



「……ごめん」


頭を項垂れて謝罪する姿に心が痛む。
何故なら私は多々良にそういうことをされるのは嫌ではない。それに今の私たちからすればキスごとき、ではないか。



「だから、謝らなくていいってば。前も言ったでしょ?それに、キスぐらいで怒るならあの時にとっくに怒ってる」


あの時、それは私が大学生になったばかりの時に彼氏が出来、フラれてしまった時にあった出来事。

あの時という言葉にさらにばつが悪そうにする多々良。



「やめてよね、そうやって悪いことしたって思うの。私は後悔してないよ。多々良は後悔してるの?」



私の言葉に静かに頭を振る多々良。
そして一つ溜め息を吐くと、呟くように重い口を開いた。



「……あんまり、八田と仲良くしないでよ」


「え…?」

「だから、あんまり八田と仲良くしないで!名前は俺のでしょ?」



顔を真っ赤にしながら言う多々良を見つめてしまった。

別に私たちは付き合っているわけではない。
友達以上、恋人未満だ。

だけど、私は高校の頃から多々良のことが好きだった。だからそう言われて嫌なはずがない。



「えーっと、多々良さん…」

「なに?」

「それは、嫉妬ですか?」

「もう一回口、塞ぐよ」



照れ隠しのように軽く睨みながらそう告げる多々良を見て、こんな姿はきっと私しか見たことがないんだろうな、と少し優越感に浸る。

そんな考えは彼にバレバレだったのか、また溜め息を吐くとゆっくりと立ち上がってしまう。
慌てて私も立ち上がると、彼の腕を掴み自分の方に引き寄せる。

突然のことでバランスを崩した多々良は私の身体によつかかるような体勢になった。
私は精一杯背伸びをして彼の耳元で囁いた。



「大丈夫、私は多々良のだよ。だから、多々良も私ので居てね」



耳まで真っ赤にした多々良を見て、微笑んだ。

彼もつられて微笑んだ。






私たちはそんな―――




















曖昧な関係