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寒さにかじかむ手に息を吹き掛け暖めようとするが、暖かいのは一瞬のことですぐに冷えきってしまう。

こんな寒い日に受験なんて最悪だ。と心の中で悪態を吐きながら目的地である高校に向かって足を進めるのであった。


この日の最悪なことはこれだけではなかった。

学校に着き自分の座席に座り辺りを見回す。
必死にノートや単語帳を見る者が多い中、隣に座る一人の少年だけは机にひれ伏して眠っているようだった。

余裕があって羨ましいとも思ったが、その少年の綺麗な金髪を見て諦めたのかと思い直した。


ちょっと強面の試験監督の先生が入って来ると同時に張りつめた空気が流れる。

そんな中でもまだ机にひれ伏している少年は起きあがらなかった。
ちょっと不味いよなと思い、起こしてあげようかと思ったが、なんとも話しかけずらい。
恐る恐る肩を軽く突っつき声をかけてみた。


「先生、来ましたよ」

「えっ?そんなに寝てた?」


かばっと起き上がると周囲の緊迫した様子を見て、状況を確認すると、にこりと優しく微笑み「ありがとう」と言われた。

あんな風に優しく微笑むんだ、それが彼、十束多々良の第一印象だった。
とは言っても、彼の名前を知ったのはまだまだ先の話なのだが。


そんな私の最悪な出来事というのは、テストが配られ、筆箱を開けた瞬間に起こった。

それはなんと消ゴムが無かったのだ。そういえば朝に使ったんだったと思いだし、冷や汗をかく。
間違えなければ良い話なのだが、そうとはいかないのが現実。

どうしたものかと慌てて周囲を見回すが、試験監督の先生は目を瞑ってしまっているし、このような状況で他人のことを気にする受験生は居ないわけで、ピンチなのには変わりがなかった。


消ゴムは諦め、間違わないように慎重に答えを書いていこうと心に決め、問題用紙と向き合った時、私の机の上に消ゴムが一つ転がった。

転がってきた先を見るとそこには先程の金髪の少年が優しい笑みを浮かべて、左手でもう1つ消ゴムを掲げていた。


そんな優しさに感動しながら、精一杯の感謝の気持ちを込めて頭を下げた。

問題用紙に視線を戻す彼を見て、この彼と一緒にこの学校に入れたらな、と考えてしまった。


テストは無事終了。

消ゴムを返そうと隣を見ればそこにはもうすでに姿がなかった。
慌てて教室を出て、玄関に行けば遠くに金髪の彼の姿があった。



「あ、あの…っ!」


精一杯の大きな声で彼の背中に呼び掛ければ、ゆっくりとした動きでこちらに振り返る。



「消ゴム、ありがとう!これ、」


手に消ゴムを持ち駆け寄ろうとしたら、優しく止められる。



「良いよ、ほら、起こしてくれたお礼だよ!もし返してくれるなら…、この学校に入学したら返してよ」



またふらりと優しく微笑んだ。

彼はよく優しく微笑む人だなと思った。
そして彼の微笑む表情を瞼に焼き付けた。

そんな彼は手を振りながら歩いていってしまった。



また会えることを祈って、肌寒い道のりを一人歩いた。

朝とは違い、心なしか暖かく感じた。それは多分心が暖かくなったからなのだろう。


「また、会いたいな…」



そんな呟きは寒空の下で消えていったのだった。










――――――――――――






桜が満開の季節。
寒さにも終わりを告げ、ぽかぽかと春の陽射しが暖かかった。


「いってきまーすっ」



元気よく家を飛び出す私は、晴れてあの学校の制服を纏うこととなった。


入学式、あの金髪の彼を探したが見当たらなかった。
あんな綺麗な金髪だったのだから、見つける自信があった。

まさか、と思ったがなんとなく彼が落ちているとは思えなかった。


そんなことを考えながら歩いていると、ベタな程の不良の少年たちにぶつかってしまう。



「ご、ごめんなさい!」


慌てて謝るが、彼らの機嫌は最悪だったようで、おもいっきり腕を掴まれてしまう。

掴まれた右腕が痛みで悲鳴をあげた。



「痛い…っ」


「おいおいおい、俺らの方が痛いんですけどー」

「まぁ、これから君に治してもらえれば良いんだけどね」



汚ならしく笑う姿にヘドが出た。
この状況をどのように乗り切るか頭をフル回転させた。

ここは人通りが少ない、たまに通る男子学生に助けを求めてみるが、見てみぬふりをして足早に通りすぎてしまう。


「ほら、あっち行こうぜ」

「や、やめてください…!」


自由が利く左手で腕を捕まえている男を殴って逃げようと心に決め、大きく手を振りかざした。


が、男に届くことはなかった。

何故なら振りかざした左腕をがっしりと掴まれたから。
でも右腕を掴まれてるような嫌な力ではなく、すごく優しい力で掴まれていた。

左腕を掴んでいる人物の方を向けば、そこには優しく微笑む金髪の彼の姿があった。



「あ…っ」


「ごめんね、待った?って、何、その人たち?友達、ではないよね?」



まるで待ち合わせでもしていたかのように声をかけ、私と不良たちの間に割って入る彼。

その時一瞬、私の耳に近付き囁くようにして言った。


「…よし、って言ったら後ろに全力で走るよ」


「え…っ」

「大丈夫、何とかなる」



静かに頷く私を見て、また微笑む彼。

まだ2回しか会ったこともなければ、何もしらないかれなのだけれどなぜだか安心感があった。



「ああん?てめぇ、何だよ」

「この子の彼氏だけど、何?ただぶつかっただけだよね」

「ただぶつかっただけだとぉ?」

「しかもちゃんと謝ってたじゃない」



途中から出てきた彼に苛立ったのか、彼を殴ろうとしたため私の右腕を掴んでいた手が外れた。



「……よし!」



殴ろうと振りかぶった一瞬を見計らって私と彼は手を繋ぎながら全力で走った。

後ろからは苛立った不良の声が響き怖くなり振り返ろうとすればすぐに手を引く彼に止められる。

どのくらいの間走っただろうか、気が付けば不良たちの声は聞こえず、静寂に包まれた住宅街に居た。
もちろん学校は反対方向だ。

でもなんだか安心したのか、足から力が抜け地面に座り込んでしまいそうになった。

しかしそれは彼によって支えられ地面に座り込むことはなかった。
すぐ近くに公園を見つけて、彼は私を支えるように公園に入り二人椅子に座った。



「いやー久しぶりに走ったー!」

「…私も……」


二人向き合うと自然に笑いあった。



「感動の再会のはずが衝撃的な再会になっちゃったね」

「本当にね、」

「改めまして、俺は十束多々良。君は?」

「私は名字名前だよ、今日もだけどあの時もありがとう」

「うん、名前ね!俺のことは多々良で良いし、今日のこともこの前のことも気にしないで!俺が勝手にでしゃばっただけだから」



そう言ってやっぱり優しく微笑んだ。
私もつられて微笑んだ。





これが十束多々良と私の出逢い。


忘れようとしても忘れられない、私の人生で大切な思い出。

彼はいつも優しく微笑んでいた。
思い返す彼の顔は笑顔だけ。






君に出逢えた―――









それは奇跡