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これはまだ被験者イオンが生きていた頃の話しだ。

















「導師イオン様と調律師名前様が参られます。皆の者、頭をお下げくだされ」




そんな大詠師モースの一言で、その場にいた神託の盾騎士団や詠師らが頭を下げる。


神託の盾騎士団と言っても上層部の者たちやヴァンの息のかかった者たちしか居ない。

調律師というのはその名の通りで教団がもし何か間違った方向へ進んだ時にはそれを正すと言った役割を持つ人物である。


権力の強さで言えば導師と同等である。




そんなお偉い人物に拾われた僕は普段こそ馴れ馴れしくしてはいるが、こうした場面ではっきりとした立場の違いを目の当たりにする。






「皆々様、頭をお上げください」



頭上からそんな凛とした綺麗な声が響き、彼女に拾われたあの日もこの凛とした声に惹かれたなぁと頭に過る。


頭を上げれば、そこには真っ白なローブのフードを深く被っている名前の姿。

フードを深く被っているため口元しか顔は見えず、なんだか彼女が遠い人のように感じた。




「今年一年も我らローレライ教団は導師を支えるべく一団となり、預言を守るよう精進致しましょう」



そんな名前の言葉に隣に立っている導師イオンは優しく微笑みながら頷く。




「(…フン、なにが導師イオンだ)」



なんて心の中で毒づきながら、彼女と表の舞台に堂々と立つ導師を見て苛立ちを隠すことが出来なかった。


彼は被験者(オリジナル)だ。
そして自分はそのレプリカ。


これは変えることの出来ない事実。



被験者の言葉なんて耳に入らず、早く終われなんて考えていれば突然周りが騒ぎだす。

何事かと思って被験者を見れば、顔を青白くして今にも倒れそうな様子で咳こんでいた。






「…っ、導師!」



そんな被験者の身体を抱き抱えるように支える名前。

そしてそのまま奥に消えていく姿を僕は遠くから見ているだけだった。













「オリジナルが憎いか?」




背後からそう声をかけられ、自分がとても険しい表情をしていたことに気がつく。




「……何か用、ヴァン」


「そんなに敵視することはないではないか。名前様にお前には手を出すなと言われている。ご寵愛を受けていて良かったではないか。被験者に感謝するべきではないのか?」

「何が言いたいの」



「被験者イオンのレプリカであったから、名前様にご寵愛を頂けているのであろう?」


「…っ」

「被験者イオン様と名前様は幼い頃から共に居て、強い絆で結ばれている。被験者イオンが預言によって死んだ後、レプリカのお前には何が出来るかな」





何も言うことが出来なかった。


名前はとても優しい。
それも見返りを求めない優しさである。

まさに天使。光だ。



でもそんな優しく接してくれているのは、導師イオンのレプリカだからなのであろうか。







「シンク、私と共に預言に支配されている世界を壊さないか?」





唐突な発言に頭が追いつかない。



「預言によって大切なイオン様が死ねば、名前様は預言を恨むであろう。そして預言に支配された世界を壊したいと思うであろう。そんな時、お前が力を付けて預言に蝕まれた世界を壊せば名前様の中で空っぽのお前は本物になれるのではないだろうか」





甘美な言葉だった。

彼女の中でレプリカ(偽物)ではなく本物になれるなら。







「……わかったよ、あんたの元で強くなって計画に乗ってやるよ」




ニヤリと笑ったヴァンに気付かないふりをした。

全ては恨むべき預言のために。

























―――――――――――――――







「シンクー!」



教団内の長い廊下を歩いていれば、後ろから大きな声で名前を呼ばれ振り返る。


こんな風に僕の名前を呼ぶ人物は一人しか居ない。

振り返れば、長い漆黒の髪の毛を揺らしながら走る名前の姿。





「やっぱりシンクだった」




僕に追い付いた彼女は、先程の姿とはうってかわって真っ黒な神託の盾騎士団の服を着ていた。

顔をローブなんかでは隠して居ない。


彼女が顔を隠す時は調律師として動く時だけ。
普段は神託の盾騎士団に所属し、ヴァンの副官として動いている。

彼女は昔から剣術を誰かから学んでいたようで、剣術のレベルは高いと聞いたことがある。






「ね、シンク、私しっかり挨拶出来てたかしら?」


「…まぁまぁじゃない」

「うん、シンクが貶さないってことは良く出来てたってことか!」

「………………」





被験者イオンがあんなことになっていたのに、彼女は何も言わなかった。

それは僕に対して気を遣っているんだろう。


でも今日はそれが無性に苛立った。
だから思ってもいないことを口走ってしまっていた。






「もう僕に構わなくても良いよ。僕はヴァンにお世話になることにしたから。だから導師についててやりなよ」




思っていたより冷たい声が出たことに自分でも驚いた。






「…どういう、意味?」


「レプリカの僕なんて邪魔でしょ?大切な大切なイオンの傍に居てあげなよ。僕はヴァンの元で戦いかたを学ぶことにしたんだ」





パシン、と乾いた音が響いた。

その瞬間に付けていた仮面外れ、頬がじーんと痛みを帯びていることに気が付き、名前に叩かれたと気が付いた。





「レプリカの僕なんて…?僕なんてなんて言わないで!シンクはシンクでしょ?シンクはイオンと同じ姿形かもしれないけど、中身と記憶は全く違うものでしょ?自分を蔑むような言い方、絶対に私の前でしないで…っ」




彼女の顔を見ればまた涙を浮かべており、彼女は自分のために何度泣くのだろうなんて考えていた。

頬が痛いな、と思いながらも彼女が僕を被験者とは違うものだと考えてくれていることがなんだか嬉しかった。





「………名前、」


「あ、叩いてしまってごめんなさい。仮面、外れてしまったわね」



優しい手つきで仮面をつけ直した後に、そっと頬を撫でた。





「私はね、イオンのことが大切よ。でもそれと同じくらいシンクも大切。それはイオンは関係ないわ。ただの個人としてシンクが大切なの、それだけは覚えてて欲しいな」


「…うん」

「だからね、シンクが大切だからヴァン謡将の元で戦闘技術を学ぶなんて私は少し反対」

「………………」


「でも、シンクがそうするって決めたなら私は応援する。ただ約束して欲しい」


「何を?」





「絶対に無理はしないでね」












いつか彼女が預言を恨むことになった時、僕がその預言を壊してあげるよ。


それが彼女に名前を貰った空っぽの僕に出来ること。

唯一の恩返し。




















君に僕が出来る事