さようなら、よろしくね
「クラサメ士ー官っ」
そんな声と共に背中に受ける軽い衝撃、そして腰に回される細い腕。
また彼女か、そう思いながら腰に回された腕を外しつつゆっくりと振り返れば想像通りの彼女で、よく飽きもせず毎日こうして私を見つけるなと半ば呆れつつも感心する。
「また君か、グラン」
そこに居るのは愛らしい笑顔を振り撒く少し小柄な1組の候補生が居た。
「クラサメ士官のいけずぅ〜!ユリアって呼んでくださいって何度も言っているじゃないですか…!」
ウィンクをしながらそう言う彼女を無視しながら、踵を返そうとすれば腕に抱きつかれる。
「グラン、放すんだ」
「嫌です」
「………………」
「名前で呼んでくださったら放してあげても良いですよーんだ」
少し眉間に皺を寄せて怪訝な顔を作りながら彼女の顔を見れば、そんな怪訝な顔も彼女には効かないようで、満面の笑みで微笑み返される。
「わかった、闘技場で練習に付き合ってやるから放せ」
「…………うーん」
「…飲み物付きだ」
「よっし、きたぁぁぁ!」
パッと腕を放されれば心なしか寂しい気がするのは気のせいに決まっている。
彼女と初めて出会ったのも闘技場で、私が士官として当番指導をしていた日に1組の候補生の彼女が来たことだった。
彼女の名前は聞いたことがあった。
成績優秀、戦闘技術も他の候補生に比べてずば抜けて高い。
文武両道、才色兼備な候補生が1組に居るという噂は兼ねてから士官同士の間で聞いていたのだ。
私は候補生の訓練をする時には手を抜いて行なっていた。
もちろん彼女の訓練をする際にも同じであった。
そんな彼女が言った一言。
「手加減しないでください」
「…手加減をしなくてはすぐに終わってしまう」
「氷剣の死神の力、味わってみたいんです。…駄目、ですか?」
真っ直ぐ私を見つめる強い瞳に惹かれた。
もちろん彼女はボロ負け。
しかし彼女は耐えた。
戦闘技術がずば抜けて高いという噂は本当であった。
それから彼女は私を見かけるたびにこうして話しかけ、そして今日のような関係になっていた。
「クラサメ士官、」
「なんだ」
放課後、彼女と闘技場で実戦訓練を行い、約束通り飲み物を買い彼女に渡しベンチに座っていれば、いつもとは違う真剣な表情で私を呼ぶ彼女にドキリとする。
「私、クラサメ士官のことが好きになってしまったみたいです」
前を見据え、凛とした表情をしている彼女。
横顔が夕日に染められ綺麗だった。
「…君はアギト候補生だろう」
「わかっています、ただ伝えておきたくて…。恋人になって欲しいとかそんなんじゃなくて、ただ気持ちだけ伝えたくて。…ごめんなさい」
少し俯く彼女。
顔を上げれば泣きそうなのを堪えて無理に笑っていた。
「そうだな、君が卒業してからなら色々と考えよう」
「え…っ、本当ですか?」
「あぁ」
「ありがとうございます!クラサメ士官、約束ですよ!忘れないでくださいね」
彼女の卒業予定は来年。
候補生と軍人という壁を許せない私はそんな曖昧な答えしか返せなかったのだ。
いつでも会えるだろう。
そんな生温い考えが私の中のどこかにあった。
卒業式。
ある程度年齢を重ねた候補生のために行われる、一種の区切りとなる儀式。
「クラサメ士ー官っ」
桜の花びら舞う中、いつものように呼ばれ腰に回される細い腕。
こちらもいつものように腕をほどき振り返れば綺麗な笑顔の彼女。
「卒業、おめでとう」
「ありがとうございます!」
「たしかグランは軍隊に入るんだったな。君との約束はしっかり覚えているぞ」
「はい、………あの…」
いつものように満面の笑みを見せてくれるのかと思えば、そこには苦渋の決断を迫られているかのような表情を見せる彼女。
「グラン…?」
「クラサメ士官、ごめんなさい!その約束は忘れてください」
「なぜ、だ」
「私、軍隊に入隊後すぐに朱雀と白虎の国境付近への潜入の任を預かっています。生きて帰ってこれる確率は………、低いです。だから忘れてください」
何も言えず黙っている私に、彼女は微笑みながら呟いた。
「さようなら、大好きでした」
遠ざかる彼女の背中を追うことが出来なかった。
その後、彼女が国境付近の任に向かったということを風の噂で聞いた。
毎日彼女を思い浮かべては彼女を思い出すことが出来れば生きていると安心する自分がいた。
そんな中、朱雀と白虎の関係が悪化した。
私も0組の隊長の任を請け、彼女のことを考える暇もなくなってしまっていた。
「クラサメ士官、」
聞き覚えのある優しい声。
振り返れば愛らしい微笑みを向ける少し大人の女性の顔つきになった彼女。
「帰って、きたんだな」
「はい、ただいまです」
「任務は終わったのか?」
「はい、本日付けで魔導院勤務の任を請けました。それで…、あの昔した約束をもう一度お願いしたいです、だなんて都合の良いことを言っちゃって良いです?」
「先を越されたな」
「え……?」
「君が居ない間も君のことを考えていた。君も軍人だ、もう私たちの間には壁はないだろう?」
瞳を涙で濡らす彼女の腕を引き自分の腕の中に閉じ込めれば、遠慮がちに顔を上げた。
「クラサメ士官、好きです。ずっとずっと昔から」
「あぁ、私も君が好きだ」
「クラサメ士官、私まだおかえりって言ってもらってませんよ」
「士官、は卒業しないか?」
「クラサメ…さん」
「おかえり、ユリア」
――さようなら、よろしくね
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「クラサメ士官」と呼びたくて書いてしまったー!
クラサメさんは0組の隊長に就く前は、士官として候補生の闘技場での演習とかに手伝っていれば良いな。
悲恋とみせかけてのハッピーエンドでした!
ありきたりでごめんなさい!
2012/3/4
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[mokuji]
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