額に優しいキス






幾年ぶりかにあった彼女は昔と変わらず綺麗だった。







一人静かに自分のせいで命を落とした今は記憶のない彼女の墓前に佇んでいた。


自分が居なきゃ彼女は死ななかった。
自分と出会ってしまったせいで彼女は死んだ。
彼女と関係を持ってしまったから死んでしまった。

自分のせいで彼女は死んだ。


そんな想いが頭の中をグルグルと巡る。



もう自分と関わったせいで誰かを亡くしたくない。

そう思うからこそあの綺麗な彼女を遠ざけた。


彼女を殺した私には幸せになる権利はない。
そう全ての感情を殺すと決めたはずなのに、先ほど彼女を見た瞬間に胸が弾んでしまった。



「……変わらない、な」


そう呟くと自傷気味に笑った。



すると彼女の気配がした。

彼女は気配を消すつもりもないようで、駆け寄ってきたのがわかった。
しかし振り向かないでいると背中に軽い衝撃を感じ、優しい温もりに包まれる。


温かい、そんな感情を押し殺しながら冷静になんですか、と尋ねる。




「ごめん…っ、ごめんね」


ユリアの口から突然告げられた言葉は何に対してかわからない謝罪の言葉であった。

か細く震える声。
彼女は泣いているのか…?


そう疑問に思ったクラサメはゆっくりと振り返り、彼女の顔を覗き込む。

そこにはポロポロと静かに涙を流すユリアの姿があった。


彼女の泣き顔は初めて見た。

泣き顔も綺麗だと思った。




「どうして泣いてるんですか」

「ん…っ、ごめんね、私最低だ」

「………………」


「クラサメくんだけでも…っ、生きてて良かったと思ってる」

「………………」

「生きててくれてありがとう…っ」



なにを言い出すのかと思えば、こんな最低な自分に生きててくれて良かったと、ありがとうと彼女は泣いている。

こんな私のために、こんなに綺麗な彼女が泣いている。


言葉が出てこなかった。


沸き上がる感情を抑え込むことに必死で、このまま彼女と居ればこの感情を抑えることが出来なくなってしまいそうで怖かった。


早くこの場を去ろうと彼女に告げた言葉は少し冷たい言葉で、彼女を突き放そうとした。



「風邪ひきますから早く中に戻ったほうが良いですよ。私は先に戻ります」


クラサメはそう告げると院内へ足を進めた。

気持ちも少し落ち着けることもでき、あと少しで院内というところで彼女は叫ぶ。



「クラサメくんのせいなんかじゃない…っ!」



足が動かなくなった。

頭が真っ白になって、足の動かし方まで忘れたみたいだった。

手まで震えはじめたことに気がついたクラサメはなんとか足を動かし院内に入り扉を閉める。


扉を閉めた途端、全身の力が抜けて扉に背中を預けるようにしてその場に崩れ落ちた。

胸が苦しい。
瞼がじんわり熱くなった。



「私のせい、なんかじゃない…か」



重い楔で絡められていた心が、なんだか少し軽くなったような気がした。

気がしたんじゃない。


彼女の言葉で軽くなったんだ。




















それから彼女はクラサメの前に現れなくなった。
きっと彼女なりに気を遣っているんだと感じた。


だから彼女に会いに行く。



「ユリアさん、今いいですか」



彼女の執務室に入り彼女の座っている机の横に立ち、少しボーッとしている彼女にそう声をかけるとハッと振り向き勢いよく頷く。


この時間帯は候補生は授業中なのでテラスには人が居ないので、テラスに移動する。

彼女にあらかじめ買っておいた温かいコーヒーを渡し、二人で並んでベンチに座る。



沈黙を破ったのは彼女。



「ここ、懐かしいね」

「…そうですね」


毎日のように私を見つけては絡み、お昼ご飯だって一緒に食べることが多かった。

彼女が居た候補生時代は純粋にとても楽しい時間だった。



「ねぇ、クラサメくん」

「なんですか」



彼女はこちらを向いたので、目を合わせる。



「私は、そう簡単には死なないよ」


「………え」

「エミナもカヅサくんも私が死なせない。…もちろんクラサメくんも」

「………………」

「だからそんなに怯えないないで…」



――怯える…?

なにに怯えてると言うのだ。


彼女を失うこと?
大切な友人を失うこと?


そうか。
自分に関わった大切な人をもう失いたくはなくて距離を置き、感情を抑し殺した。

私は、大切な人の記憶を無くすことに怯えていたのか。


コーヒーの缶を握る手に力がこもる。


するとユリアはクラサメの手を両手で包むように握り締める。



「傷跡、見せてくれないかな?」



この醜い傷跡を見せて彼女は気持ち悪がらないだろうか。
そう思ったが、そんな馬鹿な考えは一瞬で消え去った。

彼女はそんな人間ではない。



「見ていい気分になるものじゃないですよ」

「うん、でもちゃんとクラサメくんの経験したこと全部を見たいんだ」

「……わかりました」



彼女の手を放して、コーヒーをベンチに置きマスクをゆっくりと外して彼女のほうに顔を向ける。


すると彼女は優しく微笑み、クラサメの顔を両手で挟みながら傷跡を撫でた。

彼女はまたポロポロと涙を流しながら静かに言う。



「痛かったね、辛かったね…」

「……たいしたことない傷でしたから」

「違うよ、傷のことじゃないよ。…クラサメくんの心がだよ」

「………………」


彼女は欲しい言葉をくれる。
凍った心が溶けていくのを感じた。



「クラサメくん、もう一人で背負っちゃダメよ。私もエミナもカヅサくんも居るから、ね」



綺麗な涙を流しながら目を細めて笑う彼女を見ていたら、封印したはずの彼女へのいとおしい気持ちが溢れてきた。



「ユリアさん、目瞑ってくだはい」

「ん、こう?」



素直に目を瞑る彼女の額に軽く唇を押しあてる。



「……!クラサメくんっ?!」


慌てて目を見開く彼女が可愛くて、少し口元が弛んだ。



「ありがとうございます」


「あ、やっと私の大好きな笑顔が見れた」




彼女は手に入らない。

だから今だけは彼女を独り占めにするのを許して欲しい。





















額に優しいキス

(それは甘く切ない溢れた感情)



------------------------

甘くなったでしょうか?

次でこのお題シリーズ最後となります。
このお題を見た瞬間に思いついたお話なんです。

おい、夢主の彼氏はどうしたんだよ!と思うお方は次話までお待ちくださいませ。
ちゃんと彼生きてますので!

このお題シリーズは更新がんばったー!←
果たしてこのシリーズに需要があるのかが不安で不安でたまらないw


2012/1/29


[ 40/44 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]