隙間をどう埋めていいかわからない





軍に入隊して数年が経った。

今まで首都とは少し遠い場所での勤務で彼とは会うことがなくなってしまった。


彼が候補生時代にあった出来事は噂に聞いていた。

そんな彼が軍に入り、魔導院内で勤めているというのを聞いた。

そして私も今日から魔導院勤務となる。
だから彼に会えることを願いつつ、魔導院に向かう。


久しぶりの院内は昔と全く変わっていなくて、候補生時代を思い出した。


懐かしい記憶に浸りながら歩いていると、そこには見慣れた背中があった。

服装は違えどあれは間違いない。

彼だ、絶対にそうだ。


駆け足で彼に近づけばゆっくりと振り返る。



「…っ、クラサメくん!」


振り返った彼の顔にはあの整った綺麗な顔の半分を隠すようにして、マスクがつけられていた。

彼は一瞬目を見開き、そしてなんとも言えない切ない表情を見せる。


「ユリア…さん、どうしてここに」

「あ、本日付けで私も魔導院勤務になったんだ」

「そうですか」


抑揚のない話し方で無表情。

クラサメくんってこんなに無表情だったっけ、と思いながら彼の噂を思い出して胸がチクリと痛んだ。


「では、私は行きます。失礼します」


クルリと踵を返し歩き去ってしまうクラサメくんの背中を見て、私は動けなくなった。



彼の目にあったのは拒絶の色。

私とクラサメくんの間って、こんなに距離があったっけ。




「ユリアさんっ?!」


そんな懐かしい声に振り返ると、よくなついてくれていたエミナの姿があった。


「エミナ?なんか、成長しちゃってびっくりしちゃった」

「ユリアさんは相変わらず綺麗ですね」

「なに言ってるのよ」


冷たくなった心が少し温まってきたのがわかる。


エミナとお昼にランチの約束をして、私は軍令部に赴任の挨拶へと向かった。

しかし私の頭の中を占めているのはクラサメくんのことだった。




「エミナ、お待たせ」

「お疲れ様です、ユリアさん」


ご飯を食べながらたわいもない話をする。

そして突然真剣な表情をしたエミナは静かに言う。



「ユリアさん、クラサメくんに会いました?」

「うん、会ったよ」

「どう思いました?」


「全く笑わなくなっちゃったね。感情が欠落したみたい。…人と距離置こうとしてるね。自分と居たら傷つくぞ、って思いで遠ざけてるみたい」

「さすがユリアさんだなー」



クラサメくんのことしっかり見てるのは昔からユリアさんですもんね、と言いながらエミナはさらに小声で話を続けた。


「朱雀四天王事件のこと、ユリアさんは知ってますか」

「うん、一応ね。でも詳しくはよくわからないんだ」

「実はですね、」



朱雀四天王事件、クラサメくんは瀕死の状態だったが同じ四天王で恋人であったあの彼女に命を救われた。

そして四天王で生き残ったのはクラサメくんただ一人。


あの事件から彼は変わった。

マスクで顔を隠すように、感情も全て隠してしまった。



「だからユリアさん、お願いします」

「お願い…?」


「クラサメくんを暗闇の中から救ってください」



返事が出来なかった。

ただの先輩の私になにが出来る?
それに彼が一番辛かった時に私は側に居ることが出来なかった。


そんな私に彼を救うなんて出来るわけがない。

なにも知らない人間にとやかく言われることのほうが迷惑だろう。




エミナに話してくれたことにお礼を言い、職務に戻った。



それからエミナに言われたことを考えた。

とりあえず今の私に出来ることはクラサメくんと普通に話すこと。

そう思った私はクラサメくんの働いている部署の執務室へ向かった。


そこにはクラサメくんは休憩中のようで居なくて、他の士官が裏庭に向かったと教えてくれた。



裏庭に行くとそこにはあるお墓の前に佇むクラサメくんの姿。

声をかけることを遠慮してしまうほどの今にも消えてしまいそうなほどの寂しい背中で、なぜだか鼻の奥がツンとした。


気配を消すこともせずに駆け寄り、クラサメくんの寂しい背中に両手と横顔をぴったりとくっつける。

気配で私だと察知した彼は慌てることもせずになんですか、と尋ねた。



「ごめん…っ、ごめんね」


なぜだかわからないが謝罪の言葉を口にした途端に涙が溢れた。

私が泣いていることに気がついた彼はゆっくりと振り返った。


「どうして泣いてるんですか」

「ん…っ、ごめんね、私最低だ」

「………………」


「クラサメくんだけでも…っ、生きてて良かったと思ってる」

「………………」

「生きててくれてありがとう…っ」


なにも言わない彼。
やっと口を開いたと思えば、それは再び私を突き放す拒絶の言葉。



「風邪ひきますから早く中に戻ったほうが良いですよ。私は先に戻ります」


院内に戻るクラサメくんの後ろ姿に私は思ったことを叫ぶ。



「クラサメくんのせいなんかじゃない…っ!」



ピタリと止まる足。

しかし振り返ることもせずに院内に入っていってしまう。




あぁ、こんなにも彼と距離が出来てしまったのか。


ただ呆然と彼が去っていった方向を見つめ、再び静かに涙を流した。




















隙間をどう埋めていいかわからない

(自分の無力さが惜しい)



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結構時間が経ちました。

そして初めての夢主視点。
次のタイトル甘いんですけど、こんな展開で甘くなるのかw

次は今回のお話の後半部分のクラサメ視点からの展開となる予定です。

素敵なお題を活かせない駄目管理人をお許しくださいぃぃぃ


2012/1/28


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