触れようと伸ばした手を引っ込める





「おはよう、クラサメくん」

彼女は目を細めて微笑み、いつもと変わらない挨拶を俺にする。


「おはようございます、ユリアさん」

俺もいつもと変わらず彼女の前での俺で挨拶を返す。



「ねぇ、今日ちょっと時間ある?」

「なんですか?」

「時間があるか、って聞いてるの」


語尾を強くしながら尋ねる彼女。

きっと時間があると言わなければなにが目的かは言わないだろう。


「ありますよ、だからなんですか?」

「やったぁ!うんとね、クラサメくんをクリスタリウムデートへのお誘い」


「それデートというか本選びに付き合ってってことですよね?」

「バレた?」

「そんなの噂の彼氏さんに頼んだらどうですか」

「うーん。クラサメくんが選ぶ本のほうが面白いからさ、……だめ?」



少し首をかしげ尋ねる姿を見て俺が断れるわけがない。


「…わかりました」

「本当に?!ありがとう、クラサメくん!じゃぁ、放課後にクリスタリウムのいつもの席でね」



嬉しそうに小走りしていく彼女の姿を見て頬が弛んでいることに気がつく。


「…ズルいな」




自分も教室に戻り授業が始まる。

早く放課後にならないかと楽しみにしている自分が居て、授業がとても長く感じる。


昼休みにいたってはエミナやカヅサに機嫌がいいけどなにかあるの?、と尋ねられる。

そんなに俺は顔に出てるのか、と自傷気味に笑う。



待ちに待った放課後になりクリスタリウムに向かおうとすると、呼び止められる。


「クラサメくん、今いい?」


そこには俺の彼女という立場の女子候補生が居て、早くクリスタリウムに行きたい俺は用事があって時間がないから、と断る。

俺は一分一秒でも早くクリスタリウムに行きたいという思いで急いでクリスタリウムに向かった。



そこにはすでにいつもの席に座って窓の外を眺めているユリアの姿があった。


「ユリアさん、」


ハッとこちらを振り返って、クラサメの姿を確認したユリアはフワリと優しく微笑んだ。



荷物を彼女の隣に置き、彼女のためと自分で読む本を何冊か選び、また彼女の隣に戻り座る。


「ありがとう、クラサメくん」

「いえ、俺も本が読みたかったのでちょうど良かったですよ」


「クラサメくんはやっぱり優しいね」


心臓がドキンと大きな音を立てて動いたことに気がついた俺は、必死に心を落ち着かせた。



本を各自で読みはじめて沈黙が続く。

でもそれは嫌な沈黙ではなくて、心が落ち着く優しい沈黙だった。

ちょっと横目で彼女の顔を盗み見てみれば、とても綺麗な横顔で本を真剣に読んでいたものだから、慌てて視線を自分の本に戻す。



夕日が窓から差し込んでいてポカポカと暖かい。

幾分か本を読んでから再び彼女を見てみると、そこには本を読みながら頬杖をついてうたた寝をしていた。


気持ち良さそうに眠るユリア。

睫毛が長いな、なんて見ていると昨日の光景を思い出して息が詰まった。


彼女に触れたい

そんな衝動にかられたクラサメは彼女の頬に手を伸ばす。


しかしこの手は彼女が手に入らないからと、別の女性に触れている手である。

そんな汚れた手で彼女に触れることは許されない。


クラサメは彼女へと伸ばした手を引っ込めて強く握りしめた。



大きく深呼吸をして気持ちを落ち着けてから彼女を起こす。


「ユリアさん、疲れているなら早く帰ったほうがいいですよ」

「……んっ、あぁ、私寝ちゃってた?」

「風邪、ひいちゃいますよ」

「大丈夫よ。じゃぁ、そろそろ帰る?…あまり私と二人で居たらクラサメくんの彼女さんにも悪いもんね」




"クラサメくんの彼女"

その言葉に全身の血の気がひくのがわかる。


あぁ、彼女は知っているんだ。


何も言えずに居る俺に彼女はさらに言う。



「でも、もうちょっとクラサメくんの時間もらっちゃおうかな」

「え?」


「テラスに行かない?今日のお礼に飲み物奢らせてよ」



そんな彼女の言葉によりテラスに向かい、彼女にいくらお金を払うと言っても無視をされ結局彼女に飲み物を買ってもらってしまった。



テラスに行くとすでに夕日は落ちはじめており、少し肌寒い中で温かいコーヒーをすする。


「クラサメくんとこうしてゆっくり過ごせる時間もあと少ししかないんだね」

「………………」

「軍で待ってるね」

「はい、待っててください」



そうして彼女との時間はあっという間に過ぎていく。




それから彼女は候補生という立場を卒業して軍へ入隊した。

もちろんあの彼と共に。


俺は朱雀四天王として奮闘する日々が続いた。



候補生と軍人。

彼女と会うことはなくなった。
しかしなにをしていても、気を紛らわしても、彼女が心から消えることはなかった。




あの日、彼女を触れることが出来ずに引っ込めた手を握り締めながら。



















触れようと伸ばした手を引っ込める

(彼女があまりにも綺麗すぎたから)



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お題シリーズで2話目。

切ない系を目指しているのですが、上手く書けてますかね。

もっともっと文章力が欲しい!
こんなんしか書けない管理人をお許しください!!


2012/1/27


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