こんな幕開けはいらない




 シルバさんの宣言に、今度こそ場が騒然とした。

「……へ?」

 言われた事を理解する前に、ぶわ、と全身に悪寒が走った。見なくてもわかる。イルミの殺気だ。

(やばい。これは本気でやばい。やばすぎる!)

 脳のどこかで警鐘がガンガン鳴っている。しかし体は石のように固まったまま動かなかった。
 このまま黙っていたら取り返しのつかないことになる。断れ、断るんだ私!
 そう自分を奮い立たせて、カラカラになった喉を振り絞った。

「あの」
「なんでナマエが。こんな大事な時期に」

 掠れた私の声を遮って、イルミがシルバさんに反論する。よっぽど気に食わなかったんだろう。家族の前で珍しく殺気がむき出しになっていた。

 今回ばかりは、イルミの言う通りだと思う。
 大切な跡取り息子の仕事にただの居候の私がついていくなんて、どう考えてもおかしい。イルミが怒るのも無理はない。キルアに関しては我関せずを貫いているミルキでさえも、不可解そうに眉を顰めていた。
 なにより、キキョウさんだ。先ほどから黙りこくったまま、ゴーグルの黒いレンズに浮かぶ赤い点だけが四方八方に動き回っている。どういう感情の表れなのか詳しくは分からないけど、快く思っていないことは如実に伝わってきた。
 そんな思い思いの反応を見せるゾルディック家の人間に囲まれて、私はただただ震えるしかなかった。身が竦んで動けない。まるで、猛獣の群れに差し出された小動物になったかのようだ。
 こんな状態で反論したところで誰が取り合ってくれるのだろうか。そもそも私の意見を聞き入れてくれる余地が全く感じられない。

(どこか遠くへ逃げ出してしまいたい……)

 脳内が現実逃避を始めたところで、再びイルミの声が場を割いた。

「部外者のナマエに任せるなんてどうかしてる」

 吐き捨てるよう口早にそう言ったイルミに対して、シルバさんは鷹揚に口を開いた。

「まあ、まずは家族以外の人間に任せてみるのがいいかと思ってな。ナマエは気配を消すのも上手いし、邪魔にはならんだろう」
「説明になってない。ナマエは暗殺に関しては素人だろ。そんな人間にキルは任せられないし、そもそも家族以外の人間に任せようとすること自体がおかしい」
「そうか? 面白いと思うがな」

 面白いって!
 あまりの言いように絶句した。そんな気軽なノリで私の命を危険にさらしていることを分かっているのだろうか。
 シルバさんの軽い受け答えに、イルミのまわりの空気がどんどん冷えていくのが分かった。

「親父らしくないね。仕事は納期と品質が重要っていつも口酸っぱく言ってるのに」
「それは変わらんさ。何も仕事の指導をナマエに任せるわけじゃない。ほとんどのことは今まで通り俺やお前から学ばせるつもりだしな。まあ、ナマエはキルの送迎係みたいなものだ」
「送迎係だったらゴトーあたりに任せればいい。ナマエにさせるのは反対だよ」
「ダメな理由でもあるのか」
「あるだろ。ナマエはキルの教育の妨げになる」

 イライラとした口調を隠しもせず捲し立てる。イルミがシルバさんにここまで楯突くのは初めて見たかもしれない。その光景に冷や汗が止まらなかった。
 もしこの二人が戦闘をはじめたら一目散に逃げよう。巻き込まれたら私なんてひとたまりもない。
 そう決心したところで、シルバさんの低い声が広間に響き渡った。

「もう決めたことだ。覆すつもりはない」

 ぴしりと叱りつけるような迫力に、場が静まりかえる。
 イルミはまだ言い足りなさそうにしていたが、その一言で話は終わってしまった。

「ナマエには明日からしばらくの間キルについてもらう。基本的にはついていくだけでいい。仕事には一切手を貸す必要はないが万が一のことがあれば対応してもらえると助かる」
「は、はい……」

 どんどん話を進めていくシルバさんにしどろもどろで返事をする。今更「無理ですやれません!」なんて言える雰囲気じゃなかった。

「よし。それじゃあ、これからはナマエもキルの教育係の一員だな」

 教育係という単語に周囲の空気がより一層不穏なものになっていくのを感じた。もう、もうやめてくれ……。

 家長であるシルバさんの言うことは絶対だ。だけど、誰ひとりとして納得していないことは明白だった。
 崖っ淵でなんとか踏ん張っていたのを、面白半分で突き飛ばされたかのような絶望を感じる。

(終わった。本当に終わった)

 イルミに殺される未来しか予想できない。それかキキョウさんに抹殺されるか。本当に、シルバさんはなんて事をしてくれたんだ。
 万感の思いでシルバさんを見つめたが反応はない。私のことなど眼中にないのだろう。でも、これだけは言っておかなければならない。

「あの、私の命の保証は!」

 声はふるえてしまったけれど、今回はかすれずにちゃんと言えた。
 シルバさんは虚を突かれたように一瞬まばたく。そして顎に手を添え、考えるような素振りを見せたのち、口を開いた。「イルミ、ナマエのこと殺すなよ」と、一言だけ。からかい混じりの声で。

 お願いだからもっとちゃんと釘刺しといてくれよ!!


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