剥き出しの激情




「ナマエ」

 最悪な家族会議が終わり、広間から飛び出してそそくさと逃げ出そうとした所を、後ろから呼び止められた。
 おそるおそるふり返れば、そこには禍々しいオーラを背負ったイルミが立っていた。

 ビリビリと体に突き刺さるような殺気に、すうっと手足の先が冷たくなっていく。あ、終わった。生き残るため、息を殺して過ごした数年間がまったくの無駄になったことを悟った。

「なんでしょうか……」
「忠告しておこうと思ってさ」

 淀みのない足取りで近付かれる。イルミとの距離が縮まるにつれて、冷や汗が全身から吹きだす。

「キルアの仕事の邪魔をするなって言いたいんでしょ」
「うんそう。ナマエは何するか分からないからね」
「何もしないってば! 邪魔をするつもりなんて更々ないし」
「信用できない。二年前に自分がした事、もう忘れた?」

 せいいっぱいの主張は、即座に切り捨てられた。それでも、と言葉を募る。分かり合えるとは到底思えないけど、このまま黙っていてはいけない気がした。

「イルミが納得いかないのも分かるよ。私だって正直どうして任されたのかさっぱり分からないし。でも頼まれたからにはちゃんと役目を果たすよ。それに」
「それに?」

 チラリと辺りを見回すと、執事の一人が柱の陰に立っているのが視界に入った。この家の執事は常にゾルディック家の人間の側に控えている。ここで私がイルミに何か仕掛ければ、即座に私を処分するだろう。彼らはそう教え込まれている。

「万が一、私が外でルール違反を犯したとしてもこの家の執事が見逃すはずないでしょう」

 きっとキルアの仕事にも何人か執事たちを尾けさせるんだろうし。そう零せば、イルミは感情の読めない表情で頷いた。

「まあそうか。母さんの目もあるし、少しでもおかしなことをすればすぐ殺られるだろうね」

 げ、と声がもれそうになった。そうだった。あのキキョウさんがキルアの仕事ぶりを見逃す筈がない。常時監視されることになるんだろう。キキョウさんに監視されるのは精神衛生上たいへんよろしくない。一気に憂鬱な気持ちが押し寄せて思わず項垂れた。

 そうしてほんの僅かに視線を逸らした瞬間、イルミが一気に距離を詰めてきた。

「でもさ」

 顔を上げると、差し迫る手が視界いっぱいに映り込む。咄嗟に逃げようとしたが、もう遅い。骨がきしむほどの強い力で顎を掴まれた。

「それでも気に入らないんだよね」

 強引に上を向かされ、影をまとう顔を近づけてくる。鼻先にふれそうなほど近くに迫った能面のような顔に、全身が凍りついた。

「何でよりにもよってナマエなのかな。虫唾が走る」
「……っ」
「ひとつ、良い事を教えてやろう」

 イルミは殊更ゆっくりと言葉を発した。じわじわと、捕らえた獲物を嬲るかのように。

「もしもキルに余計な事をすれば、オレはお前に針を刺すよ」
「針?」
「そう。オレから針を刺された人間は死ぬまで操り人形になるから。まあ本気で刺したらすぐ死んじゃうんだけど。キルを誑かすようならお前も同じ目に遭わせるよ」
「なっ……!」

 言われたことの恐ろしさよりも、驚きが勝った。
 ――針。操り人形。
 イルミから発せられた言葉によって、鮮烈に焼きついた光景が思い出される。

 二年前のあのとき。イルミは、あの針でキルアを操ろうとしていたのか。
 
 不可解だった行動の真意を知って、全身に震えが走る。なんて恐ろしい。なんて、歪んでいる。恐怖と同時に、御し難い感情が胸を迸り、思考能力を低下させるのが分かった。

「………なにそれ」

 そうか。私は怒っているのか。
 怒りに震える自分の声を聞いて、人ごとのようにそう思った。

「あのとき、針を刺そうとしてたのは、キルアを操るため……?」
「人聞き悪いなあ。キルのは教育のためだよ」

 腹の底から怒りが沸き上がる。堪えろ、とどこかで自分の理性が言うけれど、その忠告を聞ける余裕はなかった。

「そんなの、教育なんかじゃない。ただの支配だ」

 口を突いて出た言葉にイルミは眉を顰めた。不穏な空気が増していく。それでも引く気にはなれなかった。

 絶望の底に突き落とされた私は、既に死んだも同然の気持ちだった。やけくそとも言う。どうせこれ以上ないほど目をつけられてるんだ。だったら、我慢せずに言いたいことを言ってやる。

「キルアの成長を妨げてるのはイルミの方だ。キルアはあんたの人形じゃない!」


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