冷えた檻の中で息をする




 針を刺すことに何の意図があるのか分からないが、よっぽどイルミの反感を買ってしまったらしい。それまでの無関心が一転して、執拗に目をつけられるようになってしまった。
 ゾルディック家の広大な敷地内のどこにいても、視線を感じる。しかもその視線が何ともおぞましくて……とにかく不気味だった。
 これまで誰に構われることなくのびのびと暮らしてきた私にとって、この状況はかなりストレスだった。
 このままじゃ、胃に穴が空く。一刻も早く、イルミの意識を逸らさないと。そう決意して、私は全力で気配を消すようになった。自分は空気なんだと言い聞かせて、まるで存在しない者のように振る舞う。そうすることでイルミの中の私の関心を少しでも減らしたかった。すべては私の平穏な日々を取り戻すために。

 そんな地味に孤独な生活を送って数年。ようやくイルミからの圧力も薄れたてきたという時だった。

 突然、シルバさんから召集がかかった。家の人間全員と、何故か私も。そこにイルミもいるという事実がとてつもなく足を重くさせる。
 行きたくない。物凄く。猛烈に。
 だけど、さすがにシルバさんからの呼びかけを無視する訳にはいかない。
 どうかイルミの気に障るようなことは起こらないでくれと願いながら、気配を絶ったまま談話室に足を運んだ。


 談話室には、既にゾルディック家の人間が揃っていた。全員が揃うなんていつぶりだろうか。迫力のある光景に圧倒されつつ、こそこそと部屋の隅の暗がりに身を置いた。私が入ってきたことは、シルバさんとゼノさんだけが気付いたようだった。
 ただの居候の分際で一番最後に来てしまった事を気まずく思いながらシルバさんに頭を下げる。そんな私に一瞥をくれて、シルバさんは口を開いた。

「そろそろキルに仕事をさせようと思う」

 その宣言に、場がどよめいた。
 主にキキョウさんの嬉しそうな奇声が響き渡っている。死角に立っているから見えないけど、イルミも喜んでるんじゃないだろうか。対してミルキは悔しそうに地団駄を踏んでいて、その振動がこちらにまで伝わってきた。相変わらずだなミルキ。
 そんな騒がしい周囲の真ん中で、キルアがきょとんとした顔で座り込んでいた。殺しのお仕事を任せるようになるのよ、キル。とキキョウさんが嬉しそうに話しかけているが、やはりよく分かってなさそうだった。

(まだ二歳になったばっかりなのに、もう暗殺の仕事をさせるのか…)

 きっと、この家ではこれが普通なんだろう。もうこのくらいのことでは驚かなくなっていた。世の中の常識はこの家では全く通用しない。ようやく走り回れるようになった幼い子供に暗殺の仕事をさせるのも、この家にとってはありきたりなことなんだろう。

「キルは飲み込みが早いからな。すぐに一人前になれる」

 そう言いながら、シルバさんはキルアの頭を撫でた。撫でられた本人はくすぐったそうに身をよじっている。
 シルバさんが言ったことに、私は心の内で大きく頷いていた。暗殺に関して素人の私から見ても、キルアは素晴らしい才能を持っているように思えた。きっと優秀な暗殺者になれるんだろう。
 誰もが同じ事を思っている中、割って入ったのはイルミだった。

「最初からキル一人で行かせる気? いくらなんでも無謀だろ」

 え、と思わず声を上げそうになって慌てて手で口を塞ぐ。
 まさかイルミがそんな事を言い出すなんて。まるでキルアの身を案じているみたいじゃないか。
 あんなに小さかったキルアに容赦なく針を刺そうとしたくせに、今回は無謀なのか。線引きがよく分からない。

「いや、しばらくは同行者をつける。まあ護衛みたいなものだな」
「そう。ならいいけど。ていうか誰がついていくの?」
「あぁ、それなんだが」

 そこでシルバさんは、何故かこちらに視線をよこした。

(え、なんかこっちを見てるような……?)

 シルバさんにつられて、他の人たちもこちらを見た。私の存在に気づいたイルミがピクッと眉を顰めたのが視界に入る。
 なんだか、猛烈に嫌な予感がする。

「ナマエ」
「は、はい」

 ここにいる全員の視線を受けながら、全身の肌を粟立てつつ、ぎこちなく返事をする。
 その先は怖いから言わないで!と思わず叫びたくなるが、そんな間も与えられず、とんでもない爆弾が投下された。

「暫くはナマエにキルアの同行をしてもらう」


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